第325話 学院へ帰還

 白いのの小型ドラゴンに乗せられ、俺たちは魔術学院の前まで運ばれた。

 俺たちを門前で降ろすと、再び白い神はドラゴンに跨る。唐突に現れたドラゴンの姿に、見張りに立っていた若手冒険者が腰を抜かしていたのはご愛敬だろう。


「なんだ、またどこかに行くのか?」

「ええ。ゆっくりしたいのはやまやまなのですが、私も忙しい身でして。この後やらなければならないことがあるのですよ」

「だったらゴブリンをそのドラゴンで焼き払ってくれれば、手っ取り早かったのに」

「神様もそれなりの慣例というものがありまして。直接手を出すのは好ましくないのですよ。だから彼女に手を下させたわけです」


 そう言えばゴブリンを殲滅したのは、あくまでミシェルちゃんだ。

 彼女の矢を届かせるための魔法とか敵を見分ける遠視とか、様々な協力はしてくれたが、彼女は直接手を下してはいない。


「そんなわけで、今回もわたしは名も告げず、クールに去るのであった。あでゅー」

「名前くらい知ってるよ! そもそもどこの言葉だよ!」


 俺のツッコミを待たず、駆け去っていく破戒神。

 通りの向こうに姿が消え、そして建物の向こうから巨大なドラゴンが飛び去って行く。

 それを見て、各所の冒険者が腰を抜かしたのは、また別の話だ。


 俺が魔術学院に戻ると、ざわりと周囲がざわめく気配がした。

 心なしか、特に男の視線がこちらに集中してる気配すらあった。


「なんだろ?」

「多分……ニコルちゃんの格好のせいじゃないかな?」

「え?」


 ミシェルちゃんの指摘で気付いたが、俺はまだずぶ濡れのままだった。

 そして服は濡れ濡れのスケスケである。

 ミシェルちゃんに肩を貸しているため、服が引っ張られ、横から押されて形を変える薄い胸がばっちり見えていた。


「う、うわぁ!?」

「きゃあ!」


 俺が慌てて胸を手で隠したため、ミシェルちゃんがそのまま地面に倒れ込んだ。

 膝を立てたまま、地面に顔をぺたりと付けた彼女の姿勢も、それはそれで扇情的ではある。

 しかし今はそれどころではなかった。


「み、ミシェルちゃん、マント貸して!」

「えー、わたし今手が動かせないし」

「わざとでしょ! いじわるしないで!?」

「ニコルちゃんはちょっと反省した方がいいかもぉ」

「したから! ちゃんと反省するから!」

「ほんとに?」

「ホント、ホント」

「じゃあ貸したげる」


 めでたくミシェルちゃんの許しを得て、マントを借りる。

 それを羽織ったところで、周囲の男どもから残念そうな溜め息が漏れた。


 胸の大きさではミシェルちゃんには到底かなわないが、全体的な身体の女性らしさという点では、俺の方が上らしい。

 腰の細さとか、手足のしなやかさとか、そういったものがミシェルちゃんはまだ子供っぽい。

 対して俺は歳に似合わぬ落ち着きを持ち、マクスウェルの教育で女性らしい所作を身に着け、それが女性らしい色気を発しているらしい。

 ちなみにレティーナは、ロリペド野郎御用達の魅力に満ち溢れていた。いやこれはどうでもいい。


 少し涙目な感じになりながら、周囲の男をきっと睨みつけてやる。

 すると男どもはなぜか顔を紅潮させながら――


「ありがとうございましたぁ!」


 と叫んで返しやがった。もうダメだ、この街。一回滅んだほうが良かったかも。

 俺が絶望に目の光を曇らせていると、そこに俺の癒し第二号ことフィニアがやってきた。


「ニコル様!」

「あ、フィニア。心配かけてゴメンね。うっかり川に落ちて、ちょっと手間取っちゃった」

「ご無事ならいいんです。でも連絡を優先していただければ、なお良かったかと」


 そう言うとずぶ濡れの俺をためらわずに抱きしめてくれる。

 細身とは言えふんわりした柔らかさに包まれ、戦闘でささくれだった俺の気持ちがほぐれていくのがわかる。

 落ち着いてきたついでに、俺は一つ妙なことに気付いた。


「そう言えばミシェルちゃん、なぜあんな場所にいたの?」

「あんな場所? ああ、尖塔の上?」

「うん、そこから矢が雨のように降ってきて驚いちゃった」

「あれは神様が連れて行ってくれたの。ニコルちゃんを探すなら、まず街の中を落ち着かせないといけないからって」

「なるほど、確かにあれじゃ、街を出歩けなかったかな。でも真っ先にゴブリンロ……あー、えっと街の外に向かって撃ってたよね?」

「神様がまずは大本を排除しないといけないからって」

「……すべて手の平の上か」


 あの白いのは、人のいいミシェルちゃんの心配をうまく利用して、ゴブリン掃討の固定砲台に仕立て上げたわけだ。

 確かに冒険者に守られた学院敷地内の、さらに尖塔の上となれば、ほとんど反撃の心配なく周囲を射撃できる。

 射程範囲や視界の問題は……あの神のことだ、奥の手になる魔法をいくつも抱えているに違いない。


 その上でさらにどこに向かったのか、気になるところではあるが、神の行動は俺には計り知れない。

 きっと俺の知らないところで、何かろくでもないことをしているのだろう。


「ニコル様、濡れたままでは風邪をひいてしまいます。早く着替えませんと」

「あ、そうだね」


 愛想よく答えてはみたが、実のところ行きの段階ですでにぐしょ濡れである。

 水から上がったところで魔術師が保温ウォームの魔法で水気を吹き飛ばしてくれたので実害はなかったが……さすが本職とあって、俺と違い失敗などはしなかった。

 いや、俺だって一応付与術師の本職になるのかもしれないが。


「あ、そっか。自分でやればよかったんだ」

「なにがです?」

「フィニアはミシェルちゃんを抱えてあげて。わたしは服を乾かすから」

「え、あ、はい」


 俺が何をやるのか、いまだ理解できずにいるらしいが、ともかく主人と敬う俺の指示には従ってくれた。

 俺はその後、保温ウォームの魔法を発動させて服全体を温める。

 あまり温度を上げるとクラウドみたいになってしまうので、温度は四十度くらいを設定しておいた。


保温ウォーム……お? おお!」

「ど、どうかなされたのですか?」


 発動したウォームは、失敗版と違って過不足なく服を一瞬で温めてくれた。

 問題はその温度が非常に心地よく、濡れた湿気がまるで歩きながらにして風呂に入っているかのような、不思議な感触を与えてくれる。


「これは……いいかもしれない」

「へ?」

「お風呂入ってるみたいな気分だよ」

「ああ、服の水がお湯になったのですね」


 ほこほことした感触に、自然と顔が紅潮し、表情が緩み、目が潤んでくる。

 それを見て男どもがまた前のめりになっていたのは、また別の話だった。

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