第110話 短剣の真実

 ビルさんに案内され、宿泊している宿に向かった。

 彼が泊まっていたのは、俺達が宿泊している様な観光客向けの宿ではなく、商人や冒険者が利用する、本当の意味で旅籠のような宿だった。

 サービスを受け、寛ぎ楽しむための物ではなく、本当の意味で泊まるだけの宿。

 大きな厩があるので、馬車ごと泊まる事ができるところが気に入っているのだろうか?

 しかしそれでも最低限のサービスは存在するのか、ビルさんは受付で約束の果実水を注文して、自室へと案内してくれた。


 そこはそれなりに金を持っている商人とは思えないほど、質素な部屋だった。

 彼は大きな馬車を持ち、そこに商品を積み込むだけの財力を持っている。

 それも盗賊に襲われた際の対処まで考えなければならないほどの財。それがベッドとテーブル、それに水差ししかないような部屋に泊まるとは思いもよらなかった。


「さて、それでは宿の者が来る前に片付けてしまいましょうか」

「あ、はい」


 彼に促されるまま、俺は短剣と指輪をテーブルの上に並べた。

 明らかに魔力を持っているであろう、力溢れる存在感を放っている。

 ただその『力』が良い物なのか、悪い物なのか、全くわかっていない。

 もし呪われた品で、それを説明している最中に宿の人が来たりしたら、どんな誤解を受けるか考えるに恐ろしい。

 ビルさんは俺の出したアイテムをしばし眺め、その内包する魔力の強さに呆れたように溜息を吐いた。


「これはなんとも……素晴らしい品ですな」

「でも、その込められた魔法の内容がわからなくて」

「それは仕方ないでしょう。鑑定は私共商人の食い扶持の一つでもありますからな」


 微笑みながら、懐から虫メガネ状のレンズを取り出し、アイテムをしげしげと観察し始める。

 全体を隈なく観察し、やがて懐から白紙の巻物を取り出し、そこにレンズをかざした。

 するとレンズから日光を集めた時のような光点が紙に落ち、その表面を焦がしていく。

 焦げ跡はやがて紙の上に文字を浮かび上がらせていく。


 その文字は俺は元より、フィニアにも読み取る事はできない。

 だがビルさんはそれを読む事ができた。


「なんと……」

「わかった?」

「はい。この短剣はキーワードを唱える事で微細に振動する魔法が込められているようですな」

「振動?」


 確か以前、マクスウェルから聞いた覚えがある。

 小さく激しく振動させる事で、刃物の切れ味を増す事ができるのだとか?

 正確には切れ味が増すのではなく、接触面の結合が崩壊してなんたらかんたら……振動によるノコギリのような効果がうんたらかんたら。

 まあ、具体的に言うと俺も理解していない。


「はい、揺れる事でどういう効果があるのかわかりませんが」

「それは聞いた事がある。切れ味が増すんだって。すっごく」

「ほほぅ、そうなのですか?」

「うん」


 感心したように顎を撫でるビルさん。その目は品定めする商人の物になっている。

 そこへ扉が勢いよくノックされた。どうやら待ちかねていた果実水の到着のようだ。

 中に入ってきた宿の人は盆の上に水差しを載せていた。そこに果実水を満たしているのだろう。そして人数分のカップも。

 テーブルの上に水差しとカップを置き、何も言わずに退室していった。従業員の教育が行き届いている。


「ここは商売の取引も行う事がありますからね。無愛想と思わないでやってください」

「ン、了解」


 こっそり気配を探ってみたところ、ドアの外で聞き耳を立てている様子もない。

 これなら安心して話をする事ができる。


「とりあえず一口どうぞ。喉が渇いたでしょう」


 ビルさんはカップに果実水を注ぎ、フィニアと俺に配ってくれた。

 中には白く濁った少しとろみのある果汁が満たされており、若草のような爽やかな香りを放っている。

 さっそく口にしてみたそれは、甘酸っぱく、それでいて微かに青臭いような風味を持っていた。

 この近辺はエルフ達の本拠地とも言える場所で、野菜や果物の味は首都でも有名だ。実際に味わってみて、その評判の正しさを実感した。


「おいしい」

「これは……クセがありますけど、濃厚な味ですね」

「なんの、それはまだまだ上澄みですよ? 溜まっている下の方になればなるほど味が濃くなるので、おかわりする事をオススメします」


 ビルさんがそう勧めてくれたので、俺は最初の一杯を飲み干していく。

 前世から甘いものは好物だったので、この振る舞いは実にありがたい。


「それで、キーワードって? んく」


 休みなく喉を鳴らしながら、俺は本題に戻った。

 切れ味を増す魔法が仕込まれているとはわかったが、そのキーワードがわからないと話にならない。

 それにしても、彼の言う通りで、この果実水は美味い。

 ビルさんの言う通り、二杯目になると底に沈殿した果実成分がより濃厚になり、ねっとりとした甘みを感じさせる。

 飲めば飲むほど濃く、甘くなる果実水。これはクセになる。


「ええ、まずこの短剣、その振動に耐えるために頑強タフネスの魔法が仕組まれています。なので刃が劣化しておらず、このままでも打ち上がったばかりのように鋭いのですが、キーワードを唱える事で鉄すら紙のように切り裂けるようになるはず」

「ふむふむ」

「そのキーワードですが……『破戒神を讃えよ』ですな」

「ぶっふぅぅぅぅぅぅぅ!?」

「きゃあ! ニコル様、どうされたんですか?」


 あの白いの謹製じゃないか!

 確かに世間では邪神扱いされてるだけに、滅多に口にしないセリフではある。起動用のキーワードとしては最適かもしれない。

 そりゃ千年前から伝説が残っている神だから、作ったアイテムがそこら辺に流れててもおかしくないが……全くひどい話である。

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