第109話 鑑定料
一人の会計係の人が先にこちらに気付き、話しかけてきた。
「いらっしゃいませ、お会計ですか?」
「あ、えっと。はい、これを」
フィニアが再会に驚きつつも、商品を差し出す。俺もそれに習い、別々に会計を済ませてもらった。
そこでようやくビルさんがこちらに気付いて振り返った。
「おや、あなた方は……確かフィニアさんでしたか」
「はい。お久しぶり、ではないですね。まさかこんなに早く再会するなんて」
「本当に。まだ数時間しか経ってませんね」
にこやかに笑いながら、こちらに右手を差し出してくる。握手は商人の挨拶であり、商談を決めた時の締めの行為でもある。
これは友好を現すための物だろう。フィニアも笑顔を浮かべたままその手を握り返した。
「あれはお土産ですか?」
「ええ、記念に。ニコル様と交換するんです」
「はは、実に仲睦まじくてよろしいですな!」
「ビルさんはお仕事?」
俺は如何にも無邪気そうに首を傾げて訪ねてみた。
こんな場所でこれほど短時間に再会するのは、俺が求めていた事とは言え都合が良すぎると思ったからだ。
そんな俺を疑う素振りも見せず、ビルさんは答えてくれる。
「ええ、私の仕事は買い付けでしたからね。こちらの土産物を首都でも売ろうかと」
「このハンカチもしっかりした造りをしてますからね」
「わかりますか! 縁取りもしっかりしてますし、刺繍のセンスもいい。これなら首都でも充分に商品になる」
「それなら、もう少し値段を上乗せすればよかったですね」
ビルさんと話していた男が、冗談交じりにそんな事を言ってきた。
どうやら俺が会計係の片割れと思っていた男は、ビルさんの交渉相手だったようだ。
「それは困ります。仕入れ値が上がっては大損害だ!」
「ハハハ、冗談ですよ。今後もご贔屓に」
「それはもちろん。ですから値上げは勘弁願いますよ?」
「大丈夫ですよ、原材料が高騰しない限りは」
この調子だと、俺達と出会う前から付き合いのある店だったか。どうやらお手頃すぎる価格に疑心暗鬼に陥っていたようである。
それならそれで、俺は元の目的を果たせばいい。
「そうだ、ビルさん。これ、なにかわかりますか?」
俺は懐から指輪と短剣を取り出してビルさんに見せる。
短剣は護身用という名目で持ち出してきたものだ。カタナと違って小さく取り回しやすいので、町中ではこちらの方が優秀な場面も多い。
「ほほう……これは魔法が込められた道具ですな。詳しくは鑑定してみないと」
「うん。でも何が込められているか、わからないから」
「フム……その、申し上げにくいのですが……」
「ん?」
俺の意図を察したのか、申し訳なさそうにビルさんは告げてきた。
その声は人のいいオジサンの物ではなく、商人としての言葉だった。
「アイテムの鑑定となれば、無料というわけには行きません。いくら知り合いでも、それは商売の範疇に入りますので」
「あ、そうか」
アイテムの鑑定というのは意外と需要が多い。
昔の魔法などは今の魔法とシステム自体が違うのので、鑑定しないとどんな効果があるのか推測すらできない。
そして、そういうアイテムが遺跡などに行くと結構ボロボロ出てくるのだ。
それを見極めるため、鑑定には金をとっている場合が多い。
顔見知りというだけで、無料でサービスしていい物じゃない。
「うん、わかった。いくらかな?」
「一品で銀貨五十枚。結構お高いと思いますが……」
宿に十泊できる値段である。だがマジックアイテムの価値となれば、それを遥かに超える価値を持つものも多い。
この価格も決して無茶な設定ではない。しかし、さすがに俺もこの金額は持ち歩いていない。
「むぅ、たりない……」
足りない、という訳ではない。こっそり例の人攫いから俺は金を毟り取っている。
その程度の蓄えは、隠し持っている。しかしそれを旅行先まで持ち歩いているはずもない。
「ニコル様、ここは私が」
「でも……」
銀貨五十枚は結構な額である。こちらの町に来てコルティナからは給金を受け取っているフィニアだが、それでも厳しい額のはずだ。
無論彼女は最初断ろうとしたのだが、押しの強いコルティナ相手では断り切れなかったのだ。
「大丈夫ですよ。私も使う当てがございませんから」
「そう? じゃあお願い。後で絶対返すから」
「はい」
「絶対の絶対だよ?」
「そんなに念を押さなくっても……」
フィニアが腰元の巾着から金貨を1枚取り出し、ビルさんに渡す。
それを受け取り、ビルさんは懐に仕舞った。
「確かに受け取りました。それでは……場所はここでよろしいですかな?」
ここはみやげ物屋の店先だ。誰が聞いていてもおかしくない。
だが俺は、このアイテムの内容を知らない。人攫いの連中が持っていたアイテムなので、知られるとヤバい代物の可能性もある。
ならば第三者はいない場所の方がいいだろう。
「ここだと、すこし」
「では、私の宿がこの近くにありますので、そちらで」
「いいの?」
「果実水くらいならご馳走しますよ」
商人としての顔を引っ込め、にこやかにそう告げてきた。
「私も美しいお嬢さん方とお茶をするのは楽しみですからね!」
この言葉ばかりは彼の本音だと、俺でもわかった。
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