第108話 夜の観光地
昼前に首都を出て、一時間の行軍で俺はへばった。
その後、ビルさんの馬車に乗せてもらい、二時間でこの温泉街までやって来ている。
更に宿に入って荷物を解き、温泉でグダグダ一時間。部屋に戻って寛いで夕食を取って――
「それでもまだこの時間である」
「寝るには少し早いわよねぇ」
「少し町を見て回りますか?」
俺の言葉にコルティナが追従し、フィニアが提案した。
時刻にしても、まだ夜の七時前で日が落ちたばかり。眠るにはさすがにまだ早い――と思っていた。
「見て回りたいけど……」
俺はチラリと先程まで寝そべっていた布団を見やる。
その上ではミシェルちゃんとレティーナの二人が積み重なる様にして寝入っていた。
いつもは俺よりも遥かにタフな二人だが、今日ばかりはテンションを上げて暴れすぎた。
子供特有の寝込みの速さで、いつの間にか俺の背中に乗ったまま眠っていたのである。
そこからなんとか脱出して、今に至る。
「まぁ、この子達を放置するのも問題よね。いいわ、私が見ておいてあげるから、フィニア達は見学していらっしゃい」
「え、いいのでしょうか……?」
「いーの、いーの! 私はしょっちゅう来てる……ってわけでもないけど、まぁ初めてじゃないんだし。あなたはここ初めてなんでしょ?」
「はい。村からはあまり出た事がありませんので」
「なら好きに見て回りなさい。それも勉強の一つよ」
「それでは……ニコル様、一緒に行きます?」
「もちろん」
フィニアも大人になったとはいえ、箱入りではある。
こういう娯楽街ではどんなトラブルに巻き込まれるか、わかったものではない。
ここは俺がしっかりと見守ってやらねば、人攫い……はいないだろうが、酔っ払いに絡まれたり、ナンパされたりする可能性は充分にある。
事実、フィニアはエルフという事を抜きにしても、かなりの美少女なのだ。
「フィニアはわたしがちゃんと守るから、安心して」
「ハイハイ、ニコルちゃんの方が心配だけどねぇ」
「なんで!?」
俺は至極一般的な子供である。心配されるほどヤンチャをした覚えは……多々あるな。
ぴたりと反論を止めた俺を見て、コルティナはニヤリと笑った。
「心当たり、あるわよね?」
「すっごく」
「大人しくしてあげてね?」
「慎重に検討しつつ、前向きに善処したい所存」
「大人みたいな言い訳しない」
笑いながらぽこんと頭を叩かれ、俺はフィニアと二人で町へ繰り出す事になったのだ。
夜の町は娯楽街らしく、喧騒に包まれていた。
エルフ達の集落とは言え、エルフだけがいるわけではない。そもそも観光地でもある以上、他の種族も数多く見受けられる。
普通の街なら商店が閉まり始め、通りは暗くなる物なのだが、この界隈は酒場も多いため、まだ開いている店も多い。
というか酒場の数が通常よりも多い。そして土産物屋もまだ開いている。
「にぎやかな町ですね、ニコル様」
「そうだね」
ワクワクした足取りを隠さずに、土産物屋を覗いて行く。
そんなフィニアを見ながら、俺もチラチラと周辺に視線を飛ばしていた。
フィニアと違って、俺は目的をもって周囲を観察している。指輪と短剣を鑑定してもらうため、ビルさんを捜していたのだ。
そんな歩き方をしていたので、フィニアが前方……というか後ろ向きに歩いた拍子に誰かとぶつかってもしまっても、仕方ない。
ドンと勢いよくぶつかり、相手が地面に転がる。
小柄なフィニアに突き飛ばされるくらいなので、相手も相当小柄な体躯をしていた。というか、子供だった。
「あ、ごめんなさい!」
「いってーな! どこ見てるんだよ」
「本当にゴメンね。ちょっとよそ見してたのよ」
相手が子供と知って、フィニアも少しフランクな言葉使いになる。警戒心が少し解けたのだろう。
相手は俺より少し年上、破戒神の見た目と大して変わらないくらいの男の子だった。
少々汚れた服を着た、ヤンチャそうな少年だ。
彼は起き上がると尻もちをついて汚れたズボンを叩いてから、こちらをキッと睨み付ける。
「ホント気を付けてくれよな!」
「うん、ごめんね。ちょっと浮かれてたの」
「ウチのドジっ子がぶつかっちゃってごめんね?」
「ニコル様、それはちょっとヒドイ」
俺の言い様にフィニアは不満そうだったが、迷惑をかけたのは間違いなくこちらである。
素直に謝り、フィニアには反省してもらう必要がある。少しだけ。
少年は俺達を見て少し顔を赤くしたが、鼻を鳴らして何も言わずに駆け去って行った。
まぁフィニアは元より、俺も外見はかなり整っているらしいし、顔を赤らめるくらいは大目に見てやろう。
「もうフィニア、ちょっと浮かれ過ぎだよ?」
「うぅ、申し訳ないです。自重します」
「少し注意しつつ浮かれるなら、よし」
「それって、すごく難しいですよ?」
珍しくぷくっと頬を膨らませるフィニアを見て、こちらが吹き出してしまった。
少々ドジを踏んでしまったけど、彼女が楽しそうなら問題ない。地面を転がされた彼には悪いが、俺はこの笑顔の方を優先する。
「あ、ほら。このハンカチとかフィニアに似合いそう」
俺は話を逸らすべく、店先に飾られていたハンカチを指差す。
そこには白地の生地に、縁に四葉のクローバーが刺繡されたハンカチが掛けられていた。
値段も手頃で、俺のお小遣いでも買えそうな位だ……お小遣いをもらう身なのが、少し悲しい。
「可愛いですね。それじゃこれを人数分――」
なぜかみんなの分まで買おうとしたフィニアを俺は慌てて制する。
これではまるで、俺がおねだりしたようではないか。
「ちがうちがう。みんなで買うお土産じゃなくて……えっと、これはわたしがフィニアに買ってあげるの!」
「え、でも……」
「大丈夫、こう見えても私は結構お金持ち」
コルティナから月々のお小遣いをもらっている身でありながら、ミシェルちゃんとの狩りで結構な儲けを出している。
いつもの兎や野鳥だけでなく、先日は山羊まで討伐した。
これらの皮や余った肉を土産として持ち帰るだけでなく、近所の肉屋などに売却した分で儲けを出している。
その結果俺達は年相応の子供よりも小銭持ちになっていた。
「じゃあ、私もニコル様にプレゼントしますね?」
「へ?」
「ほら、こっちの三日月の刺繍の入った物はニコル様にぴったりですよ」
「えーと……」
この場合、俺だけプレゼントを押し付けるのは失礼かもしれない。お互いに贈り合った方が気後れもすまい。
「うん、じゃあプレゼント交換ね」
「はい!」
俺達はそれぞれの商品を手に取り、奥にあるカウンターへと向かった。
すると二人いる会計係の前に、別の男が立って話し込んでいた。
どうやら客ではない様で、商品は手にしていない――が、その姿に見覚えがあった。
「あれ、ビルさん?」
そこには昼間に世話になった行商人、ビルがいたのだった。
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