第111話 お宝の性能
フィニアは買ったばかりのハンカチで、果汁塗れになった俺の顔を拭いてくれる。
ビルさんはそんな俺に全く注意を払わず、次のアイテムを鑑定していた。
そういうところは実に商人らしい。儲けのネタになるアイテムが目の前に転がっていて、周囲が見えなくなっているのだろう。
「こちらは装着者の周辺に幻覚を配置するマジックアイテムですな……おや、どうしました?」
「いえ……」
「ちょっとニコル様がむせてしまわれまして」
「ははは、この果汁はとろみがありますからな! 慣れないと喉に絡むでしょう」
軽く受け流して、指輪を指差す。
「こちらは魔力を流す事で、周囲に使用者の望む幻覚を設置する事ができます。おそらく姿を隠すための物でしょうか」
なるほど、あの連中はトレントから種を盗むためにアイテムを用意していた。
トレントと戦闘になった時に備え、彼等が苦手な火を発生させる巻物を用意し、その強靭な外皮を斬り裂ける短剣を用意し、監視を欺ける指輪を準備していたという訳だ。
「ですがこれは……非常に高価な品です。この指輪など白金貨一枚は下りますまい」
「白金貨!?」
白金貨一枚は金貨百枚分。金貨一枚は銀貨百枚分。
観光客用の割高な宿が一泊銀貨五枚という事を考えれば、その高さが知れる。
「こちらの短剣も金貨五十枚は堅い」
「ご、五十枚ですか……」
ちょっとした家族が一年暮らせる額だ。そんなアイテムと知って、フィニアは驚愕していた。
まさか俺が持ち出した(という事にしている)アイテムが、それほど高額だとは思わなかったようだ。
だが俺の持つカタナだって、市場に流せば金貨二十枚は堅い代物だったりする。それを考えれば、驚くほどの事は……いや、驚くか。
「どうでしょう、ニコルさん。このアイテムを私に売ってくださいませんか? まだ幼いあなたにこんな申し出をするのはフェアじゃないですが、それでもぜひご検討いただきたい」
真剣な目でビルさんは俺に商談を持ちかけてきた。
彼にしてみれば、降って湧いた儲け話だ。飛びついて来て当然の反応。だが、これを受ける訳にはいかない。
言い訳的にも、実利的にも、だ。
非力な俺としたら、この短剣は非常に欲しいアイテムであり、幻覚を生み出すアイテムも使い道が多そうだ。
それにこのアイテムは俺が『ライエルの私物を持ち出した』事にしているアイテムであり、俺個人が勝手に処分するのは外聞が悪い。
「悪いけどこれはパパの物だから……勝手に売れない」
「そう……でしたか。いや、考えてみれば当然ですな。これほどの品を子供が――いや、失礼」
「ううん、その考えは間違ってないし」
普通は間違いじゃない。あいにく俺が普通じゃなかっただけだ。
それにしてもあの連中、やたらいい品を持ってやがったな。これを処分すれば、盗みを働く必要もないんじゃないか?
それとも、まだ他に黒幕がいるのか……?
「ではお父様と交渉させてもらえないでしょうか?」
「それはむずかしい。パパはここに居ないし」
「ニコル様のお父上は北部三国連合の寒村にお住まいです。こちらまで来るの……あれ?」
フィニアが首を傾げたのも、まぁわかる。
本来ならばその距離は商売を諦めさせるに足る物がある。しかしライエルとマリアは、毎日のようにラウムまで押しかけてきていた。
なんて迷惑な英雄たちだ。このままライエルとビルさんが顔を合わせたら、俺の嘘が発覚してしまうじゃないか。
「と、とにかく、性能はわかった。他になにか無ければ、わたしはこれで」
「ニコル様、もうよろしいのですか? 果実水まだ残ってますよ」
「ン、もうお腹いっぱい」
やばい状況にならないうちに、ここは早々に退散しようと思う。
別に彼が俺の正体に辿り着く可能性はないだろうが、フィニアが毎晩のようにライエルが訪れる事を漏らせば、まず間違いなく嘘がバレる。
そしてそこから『どうやって入手したのか?』に到れば、俺まで辿り着くのは簡単だ。
なにせレイドが転生済みという情報を、あいつ等は既に持っている。
「では残りは水筒に移してお持ち帰りください。これは酒で割って飲んでもおいしいですよ」
旅行用の大きめの水袋を取り出し、ビルさんが果実水を移し替えてくれる。
これはこれで、ミシェルちゃんやコルティナにいい土産ができたというモノだ。
さすが商人。気配りが行き届いている。
「ありがとう。感謝」
「いえいえ。こちらこそ、珍しい物をお見せいただけました。この調子ならラウムにはまだ隠れたお宝が潜んでいそうですな」
「冒険者の出入りが激しい所は、そういうの多そうだね」
「いや、まったく! 実に聡明なお嬢さんだ」
冒険者が持ち込むのはモンスターの素材ばかりではない。
受け継いだ名器名品や、遺跡からの発掘品なども多数存在する。無論、それらすべてに価値があると限った話ではないが、その中にはこういった目を
その事実にビルさんは気付いたのだ。今後彼は多数の冒険者とも交流を持つようになるだろう。
固く握手を交わしてから、俺とフィニアは宿を辞した。
お土産も手に入った事だし、アイテムの鑑定もできた。実に良い事尽くめである。
この短剣ならば俺の戦闘力はさらに上昇するだろうし、指輪に込められた幻覚魔法があれば、今後は顔を隠すのが楽になる。
地味に面倒だった変装から解放されるのだから、まったくもってありがたい。
スキップを踏みかねないほど上機嫌で、俺は夜の通りを戻る。
フィニアもいつになく軽い足取りでついてきた。そうだ、彼女には改めて礼を言わねばなるまい。
フィニアが料金を立て替えてくれなければ、俺は鑑定する事ができなかったのだから。
「そだ。フィニア、お金ありがとね? あとで絶対返すから」
「気にしなくてもいいですよ。私が持っていても使うあてなんてありませんし」
「それでも、お金はきちんとしないとね」
事によったら人間関係にすら影響するものだ。なし崩しで済ましてよい物ではない。
借りたものは、必ず返す。これは俺の前世からの信条である。金も、仇も、恩も、必ず返すようにしている。
「大丈夫、わたしも狩りで稼いでいるから、お家に帰ったらそれくらいはあるんだよ?」
「本当によろしいのですか?」
「よろしいも何も、元はフィニアの物だから」
彼女はエルフだ。その寿命は桁外れに長い。
今は必要なくとも、俺やマリア、ライエルが寿命で死んだ後も生き続ける。
今が良ければいいというのは、暢気なエルフらしい考えだが……その時の為には、今から貯蓄の概念を学んでおいても、間違いではないだろう。
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