第415話 ラウム到着に備えて
その日から二週間、俺たちは順調に旅程を消化していた。
途中で襲ってくるモンスターもいないことは無いが、俺が先制して接近を探知し、ミシェルちゃんが接近前に敵を射抜くというコンボによって、ほぼ撃退できていた。
おかげで旅行中に消費する予定だった保存食が、ほとんど減っていない有様である。
「
「ミシェルちゃん、食べるか喋るかどっちかにして?」
「もぐもぐ」
「そこで食べる方を選ぶの?」
「うん」
もぐもぐと昨夜襲撃してきた
彼女がその干し肉を始末し終えたタイミングを見計らって、俺は再び彼女に問う。
「それで、なにかな?」
「うん。もうすぐラウムなんだけど、一泊できないかなぁって思って」
「うーん……」
彼女のいいたいことは俺も理解できた。
ラウムには彼女の両親と親友がいる。頻繁にラウムに戻っている俺にとっては、それほど懐かしいわけでもないが、彼女はもう三年も顔を見ていない。
この機会に会いたいと思うのも、無理はない。
しかし聞くところによると、ラウムの内政の混乱はまだ収束できておらず、マクスウェルの監視外の貴族が力を欲してミシェルちゃんを狙わないとも限らない。
彼女が大手を振って街中に入るのは危険かもしれない。
「ちょっと街の外で待っててくれる? マクスウェルに聞いてくる」
「ニコル様、それでしたら、テムルさんに一言入れておきませんと」
「あ、そうだった。クラウド、警戒よろしく」
「おう、まかせろ」
一応雇われの身である。職場を離れるならば、雇い主に一声かけておくのは常識だろう。
俺は少し足を止め、二台目の荷馬車に近付いていく。
歩みを止めた俺に気付いたテムルさんが、こちらに気付いて話しかけてきた。
「ニコルさん、どうかなさいましたか?」
「いえ、この先のラウムでの話ですが、わたしとミシェルちゃんは少し事情がありまして」
「ふむ、では少し街の外でお待ちしておきますか? さいわい食料の備蓄もあまり減ってませんので、水の補給くらいで出立できます」
「いえ、その辺を相談したいので、少し持ち場を離れて先行したいのですが、いいですか?」
「ニコルさんの警戒がなくなるのは少し不安ですが……この辺りなら治安も維持されてますし、大丈夫でしょう」
「ありがとうございます。ではすぐに戻ってきますので、しばらくはよろしくお願いします」
少し渋ったようだが、許可をもらったので俺は
とはいえ、複雑な魔法陣を描く必要があるので、すぐに発動するわけではない。
これを戦闘中に発動できるマクスウェルがどれほど異常か、身に染みて理解できた。
歩きながらというのもあったのだが数分かけて術式を発動させ、俺はラウムのマクスウェルの屋敷へと転移する。
その直前、テムルさんの『転移魔法は羨ましいですね……』という声が聞こえた気がした。
確かに、彼のような歩くしかない旅商人にとって、この魔法は垂涎の的だろう。
一瞬で目の前の光景が変わり、見慣れたマクスウェルの屋敷のリビングに移動する。
ここは俺が魔法を学び続けた場所でもあり、最も馴染みのある場所の一つである。
それに転移魔法を覚えてからは、マクスウェルは屋敷の転移妨害をここだけ解除してくれていた。
屋敷の中で、ここだけが直接跳んでこれる場所となっている。
「おっと、なんじゃニコル嬢ちゃんか。久しぶりだな?」
俺が転移した先にはマクスウェルではなく、マテウスがいた。大雑把な造りの服にエプロンを身に着けハタキをかけている姿は、とても一流の剣士に見えない。
だがその動きにぎこちなさが無く、この数年で家政夫が板についたことを表現していた。
「マテウスも久しぶり。無駄に元気そうで残念」
「ひっでぇ挨拶だな。爺さんに用事か?」
「うん。いる?」
「いや、今は学院の執務室だ、多分?」
「じゃあ、そっちに行ってくる」
「あぃよ」
冒険者になって久しいため、曜日という感覚が抜け落ちていたらしい。
俺はマテウスに雑な挨拶を返した後、そのまま学院へと駆け出した。
銀髪をなびかせて通りを駆け抜け、学院の門をくぐる。
途中、すれ違う人の視線がやたらと突き刺さった気がしたが、ここは気にしないことにする。
どうせ以前変装したハウメアと見間違えた連中が、こちらを見ていたに違いない。
さすがに学院内では、部外者が目立つとまずいので、隠密のギフトを使って人目を避ける。
こっそりと足音を忍ばせながら、マクスウェルの理事長室に飛び込んでいった。
「うぉっと!? なんじゃ、レイドか」
「騒がせて悪いな、マクスウェル」
俺は予備の椅子を引っ張り出し、マクスウェルの向かいにどっかりと座る。
足を組んでミシェルちゃんの望みをマクスウェルに告げ、可能かどうか質問した。
マクスウェルはそんな俺の態度を、眉間にしわを寄せて眺めていた。
「ふむ、ラウムの街に入って大丈夫かどうか、のぅ?」
俺の話を聞いて、ヒゲに手をやって考え込んでいる。
しばらく黙考した後、絞り出すように答えを返す。
「数日なら、まあ良いじゃろ。いや、いまだ貴族どもを掌握できんワシが偉そうにいえた口ではないがの。彼女には申し訳ない限りじゃ」
「まあ、そうだな。どうしても手に負えない奴がいたら、俺が始末するよ」
「あまり手当たり次第に暗殺すると、逆に収拾がつかんようになるんじゃ」
「それもそうか……」
貴族といっても何もしていないわけではない。
その土地の管理に税収の代行、流通に関しても大きな働きを請け負っている。
そんな貴族が減れば、管理者がいなくなった土地は荒廃し、ひいては国の税収の減少を招く。
それは国の弱体化に繋がり、結果的に民衆の生活を脅かす。それを知るからこそ、マクスウェルは過剰な制裁に反対していた。
「困ったもんだな。まあいいさ。どうせ元々水の補給に立ち寄る程度だったわけだし、数日も逗留できるなら恩の字だ」
「ミシェル嬢には謝っておいてくれ」
「ああ、伝えとく」
「それと、コルティナのところに顔を出すのか?」
「そういえば最近は顔を出していなかったな」
レイドの姿で月に一回会っているせいか、ニコルの姿ではあまり顔を出していないことを思い出した。
あの人懐っこい彼女のことだ。放置していたことを愚痴られそうな気がする。
だが会わないわけにもいかないだろう。彼女はこの身体での恩人であり、一時とはいえ保護者でもあった。
しかしそれも、今すぐとはいかない。
「まあ、正式に街に入ってからだな。今は早く帰らないと。護衛任務中だから」
「そうか。それにしても……」
そこでマクスウェルは、俺の方を指さす。
「その足の組み方ははしたないから、やめておいた方がよいぞ?」
「ム……?」
言われて気付く。
膝の上に踵を乗せる足の組み方は股が大きく開いているため、女性としてはいささか慎みが無いと言わざるを得ない。
どうもマクスウェルの前では、男の仕草が自然と出てしまう。これはこの街に戻った時はレイドの姿をしていることが多いからなのだろう。
コルティナの前でもやらかさないように、注意しておかねばなるまい。
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