第416話 三年ぶりのラウム
マクスウェルと相談した後、了承の意を伝えるため、俺はテムルさんの元まで戻ってきた。
もっとも伝える相手はミシェルちゃんなので、テムルさんにはあいさつ程度しか交わしていない。
ミシェルちゃんに、街に戻ってもいい旨を告げると、彼女は御者台の上で飛び上がって喜んでいた。
「ホント!? やったぁ!」
「きゃ、危ないですよ、ミシェルちゃん!」
「あ、ゴメンなさーい」
急に飛び上がったせいで御者台が大きく揺れ、隣に座っていたフィニアが悲鳴を上げる。
俺はというと別の揺れていた物体に目を取られていた。これは男の
だがそれが他の男の目に触れるというのは、いい気分がしない。
俺は無言で同じ方向に視線を向けていたクラウドの脇に拳を打ち込んでおく。馬上にいるやつの脇腹は、俺の頭よりも高い位置にあるため、こぶしを入れるのに軽くジャンプしなければならない。
「ただし、テムルさんの用事が水の補給だけだから、長くても一泊だけしかできないよ?」
「うん、それだけでも充分だよ! そうだ、テムルさんにお礼を言わなきゃ」
「元々立ち寄る予定だったから、別にいいと思うけど……むしろマクスウェルにお礼をいってあげて」
彼女が立ち寄ることが前もってわかるとなると、それ相応に根回しや牽制が必要になるはずだ。
その労力を考えると、あの爺さんには結構無理を強いている気がする。
「うん、でもテムルさんのお仕事が無かったら、戻ってくることもなかったし」
「そっか、んじゃ行ってきていいよ。見張りはわたしがやっとくから」
「うん、ありがと!」
ピョンと弾むように御者台から飛び降り、後方へ駆け出していく。
フィニアがそれを見て、呆れたような目を向けつつも笑顔を浮かべていた。
ミシェルちゃんの言動は、少しわがままな面もあるが、それがまったく憎めないのだから、ズルいというか役得というか……
彼女の姿が二台目の馬車に近付き、声が届かないと判断してフィニアが俺に声をかけてきた。
「でも、いいのですか?」
「ん、なにが?」
「まだミシェルちゃんを狙う貴族は多いのでしょう?」
「そりゃ、もちろんね。射撃なんてギフトは強力に過ぎるし」
投射する攻撃全てに補正のかかる能力だ。投石から弓、果ては
その上、超絶の射程を持つ
例えマクスウェルの保護があったとしても、第二、第三のリッテンバーグが現れないとも限らない。
この三年で多少はほとぼりも冷めたが、それでもゴブリン襲来の時のインパクトは、いまだ強烈に残されているのだった。
「まあでも、それを踏まえたうえでマクスウェルがだいじょうぶだって言ってるんだから、いいんじゃないかな?」
「それに俺たちがついてるからな!」
「そうだね、クラウドも目を離さないように注意してね」
「まかせろ」
「ただしノゾキは厳禁」
「ま、まかせろ……」
まったく任せられそうにない。まあ、それも仕方ないか。ミシェルちゃんもこの三年で魅力的になっているから。
俺が溜息を吐いて肩を竦めていると、フィニアが前方を指さした。
「ニコル様、ラウムが見えてきましたよ!」
彼女にとっても、ラウムは久しぶりである。
月に一回は戻っている俺と違い、ミシェルちゃんやフィニアは用事が無い限りラウムに戻ることができない。
実際、この三年で一度も戻っていないため、彼女たちにとっては実に三年ぶりの帰省になる……いや、彼女たちの故郷は北の開拓村なのだが。
「あ、ニコル。俺も少し休みを貰っていいか?」
「ん……? ああ、うん。いいよ」
俺もミシェルちゃんもテムルさんの元を離れてしまうので、クラウドには残って欲しかったところだが、こいつも孤児院に顔を出したいだろう。
その気持ちを察して、俺は許可を出しておく。
フィニアには悪いが、テムルさんの護衛は彼女に任せるとしよう。
次第に大きくなってくるラウムの街。
特徴ある尖塔とその向こうに見える王城。
今では懐かしさすら感じるその風景に感動すら覚えながら、俺たちは街の門をくぐったのだった。
二週間と数日振りになるコルティナの家。
しかしニコルの姿では年に一回程度しか顔を出していない。この姿でコルティナに会うのは、実に久しぶりということになる。
その辺を留意しておかねば、ぼろを出してしまうかもしれない。
「コルティナ、ただいま」
馬車がラウムに到着したのは夕方過ぎ。すでにコルティナも帰宅しているはずなので、俺は挨拶に向かっていた。
ミシェルちゃんは、待ちきれないとばかりに自分の家に駆けだし、クラウドも孤児院へ向かっている。
フィニアは悪いが、テムルさんに同行して護衛をしてもらっていた。
マークたちもいるので大丈夫だと思うが、少し心配な面はある。
「あー、ニコルちゃんじゃない。久しぶり!」
「うん、一年振りくらいかな?」
「背、伸びたわね。もう私と変わらないくらいあるじゃない」
パタパタと軽い足音を立てて玄関にやってきたコルティナは、成長した俺の姿に驚きの声を上げる。
それもそのはずで、成長期の俺の身体はぐんぐんと伸びて、今ではコルティナと同じくらいの高さまで成長している。
前は見上げていた顔が自分と同じ視線になっているというのも、一種の感慨深さを味合わせてくれた。
「わたしも成長してるからね」
ふふん、とばかりに胸を張って見せる。その膨らみは、すでにコルティナを超えている。
コルティナは微妙に眉間にしわを寄せた表情になり、咳払い一つして、反撃してきた。
「それに胸も……これエリオットが見たら、また婚姻騒動が起きるわね」
「せっかく鎮火しているんだから、火種を投げ込むのはやめて」
「あはは、わかってるって」
快活に笑いながら、中へと
フィニアのいなくなったコルティナの家は、多少荒れた感じは出ているが、それも気になるというほどではない。
俺が月に一回訪れているおかげか、彼女もこまめに掃除をするようになったようだ。
彼女もそういう面では成長しているようだった。
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