第417話 増えた同行者
俺を食堂まで招き入れると、コルティナはさっそく食事を振る舞ってくれた。
と言っても彼女の手作りではなく、露店などで買った惣菜を盛り直した程度の物だ。
彼女は今独り暮らしだし、学院に勤めている勤め人でもある。
夕食を手作りする時間的余裕が無くても、仕方ないといえる。
「出来合いで悪いわね。最近はこんなのばっかりよ」
「フィニアがいたら手を加えてもらえたのにね。今は護衛についてもらってるから」
「護衛? 交易商人の護衛かしら?」
「うん。テムルさんがフォルネウス聖樹国へ行くっていうから」
「フォルネウス! それは遠いわね」
ストラールからここまで二週間、そしてここからさらに二週間ほどかけて首都のベリトに到着する。
最近は街道が整備されているが、昔はラウムからベリトの間だけで一か月かかっていた。街道のおかげで、今では二週間程度に短縮されている。
一直線に繋がれた街道は、しかし、見晴らしがよくなるという利点と同時に難点にもなっていた。
見晴らしのいい街道は、盗賊にとってもモンスターにとっても、格好の餌場となるからである。
都市部の近辺は安全が確保されているが、それがずっと続くわけではない。もしそうなら護衛なんて必要なくなる。
上空から襲い掛かる
ここからが本当の冒険となるといっても、過言ではない。
「そっかぁ……んー」
「どうかしたの?」
俺の行き先を聞き、顎先に指を当てて悩むコルティナ。これは彼女独特の考える仕草だ。
だが今の会話のどこに悩む要素があったのか、俺には理解できなかった。
「いやぁ、そういえば私ってば結構休みが溜まってたなぁって。ここいらで一発長い休みを取ってもいいかもって思って?」
「え、それって……」
「うん、私も一緒に行こうかなとか、考えてる」
「へぅ!?」
コルティナの唐突な申し出に、俺は驚きを隠せなかった。
「レイドが来るまで、またひと月くらい空くわけだし、それくらいならサボっちゃってもいいかなって」
「教師の発言じゃないよ!」
「だって心配じゃない。二週間の長旅は久しぶりなんでしょ?」
コルティナのいう通り、俺たちはあまり遠出をしていない。
二週間という旅はこれで三度目。いや、一度目のラウムへの旅路は守られる側だったので、実質二度目といっていい。
もっとも俺に関しては、何度も経験があるので、それほど心配はしていない。
問題はフィニアやクラウド、ミシェルちゃんはそうではない。俺もそういう意味ではコルティナと同様の心配は抱えている。
「そりゃまあ、コルティナが来てくれるのは嬉しいかも?」
「でしょでしょ?」
「でも、本当にいいの?」
「いいのいいの。いい加減、マクスウェルへの義理も果たしただろうし、ここいらで長期休みをもらっても悪くないでしょ」
「そーかなぁ?」
コルティナは俺から離れている間に、どうやら過保護に目覚めてしまったようだ。
元々彼女の勤務は、心のリハビリめいたところもあったことだし、自分のために自由に行動してもいい頃合いではある。
それを俺が勝手に決めていいかは別だが、一緒だと何かと助かることに間違いはない。
俺は同行してくれる感謝を、素直に彼女に告げる。こういった素直さも、転生してから学んだことだ。
「まあ、コルティナが来てくれるなら、わたしもありがたいけど」
「じゃあ決定ね! さっそくマクスウェルと話をつけてくるわ」
そういうとリスのように惣菜を口に詰め込み、頬を膨らませて咀嚼する。
その姿はとても四十年以上を生きてきた女性とは思えない、子供のような仕草だ。彼女はいつまでも若々しさを保ったままだ。そう思うのは、俺のひいき目だろうか?
「ごちそうさま。じゃあ行ってくるわね!」
「行ってらっしゃい。でも落ち着いてね?」
「あ、ニコルちゃんはこっそりどっか行っちゃダメだからね? 私が帰ってくるまでちゃんと待ってること」
「ホスト役がいなくなるとか、もうメチャクチャなんだけど?」
「気にしない気にしない」
からからと笑いながら、玄関に向かって駆けだしていく。
相変わらず落ち着きのない彼女の様子に、俺は安堵しつつも苦笑を禁じ得なかったのである。
翌日、水の補給を終えたテムルさんと合流するべく、街門前の広場へと俺は向かっていた。
せっかくのラウムなのでレティーナとも会いたかったところだが、向こうも貴族でしかも寮住まいらしい。そういうわけで外出もままならないため、今回は再会は断念することになった。
いろいろ挨拶したい人も多かったが、今回は諦めて出発の待ち合わせ場所にやってきた。
隣には一夜にして旅支度を整えたコルティナと……
「なぜいる?」
「いーじゃない、今さら一人増えたって変わらないでしょ?」
「アンタの体力じゃ足手まといだっていったんだけどね。どうしてもって聞かなくって」
コルティナが頭を抱えながら言い訳してくる。
彼女がこうも困惑することは珍しい。それもそのはずで彼女の隣には、トリシア女医がついてきていたのだから。
「病気を治してもらったのは感謝するけど……本当に大丈夫?」
かつてノールド山を登った時、彼女はダウン寸前にまで疲労していた。
インドア派を自認する彼女が、今回の長旅についていけるとは思えない。
しかしそんな俺やコルティナの心配をよそに、気安く手を振って俺の懸念を否定した。
「大丈夫よ。それに今回は馬車もあるんでしょ? 私はずっとそれに乗っておくから」
「トリシア……あなた、完全に物見遊山気分ね?」
「私もアンタ同様、長らく休みとってなかったのよね。ここいらで消化してもいい頃なのよ」
「マクスウェルは承知したんでしょうね?」
「朝一で押しかけて承認させたわよ?」
あのマクスウェルを相手に主導権を握るとは、実は意外と侮れないんじゃないか、この女?
俺は半眼になりつつも、肩を落として同行を認めた。さいわい、食料や水は存分に備蓄がある。
多少同行者が増えたところで問題はあるまい。
広場ではすでに出立の準備を整えたテムルさんとフィニアがいた。
ミシェルちゃんやクラウド、マークたちも準備を終えて待機している。
どうやら俺たちが最後だったようだ。
「遅れて申し訳ありません、テムルさん」
「いえいえ。それよりそちらの方はひょっとして……?」
「ええ、コルティナも一緒に行きたいと申しまして。大丈夫でしょうか?」
「やはりコルティナ様! いやお変わりないようで、なによりです。同行していただけるのでしたら、望外の喜びですよ」
コルティナとテムルさんは面識がある。快く承知してくれたようで、何よりだった。
もっとも、コルティナの同行を拒否できる商人なんて、この街にはいないのだろうけど。
こうして二人同行者を増やし、俺たちはラウムを出立した。
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