第414話 出発

 それからしばらくして、テムルさんとストラールの街を出る日がやってきた。

 往復二か月という長旅は初めてなので、かなりの荷物になっているが、馬車のおかげで身軽なままだ。

 出発までにそれぞれが御者の訓練を積んでおり、普通に街道を進ませる程度なら、みんなこなせるようになっている。


「ニコル、今日からまたお願いするよ」

「マークも久しぶり。また大きくなった?」

「さすがにこの歳になって背は伸びないって」


 マークともこの三年で何度も組んだことがあるので、気心が知れている。

 そして俺たちの美貌にも慣れているため、言い寄ってくる心配もない。

 俺としては非常に組みやすい相手と言える。


「私どもで二台、ニコルさんのところで一台という大所帯ですが大丈夫ですかね?」

「車列の前後を守ればいいので、そこは大丈夫だと思いますよ」


 俺たちの馬車の分だけ、隊列が伸びたのをテムルさんは危惧していた。

 それをフィニアがなだめながら、出発の準備をしている。

 先頭を俺たちの馬車が、その後ろにテムルさんの乗る馬車。そして最後尾はもう一台の交易品を乗せた馬車。

 俺たちの馬車には幌もついているため、風雨を凌ぐこともできる。

 そしてマークたちの荷物も、一緒に詰め込んでいた。


「やっぱ馬車があるってのは便利だなぁ」


 ジョンとトニーが荷物を積み込みながら、そんなことをぼやいている。

 いまだ三階位にいる彼らは、馬車を持つほどの余裕はない。そこで俺たちの馬車に載せてやることにしたのだ。


「俺たちも馬車欲しいよな」

「その前に四階位だろ。やっと生活に余裕を作れるようになったけど、馬はまだ早い」


 ぼやくジョンをトニーが窘めている。

 ここで無駄な出費をしてしまうと、せっかくできた生活の余裕がなくなってしまうからだ。

 三階位となると一般的な冒険者として見做される力量だが、それだけにモンスター討伐などで装備などの消耗も大きい。

 ベテランや腕利きとみなされる四階位になるまでは、割のいい仕事も回ってこないため、生活はまだまだ余裕はないだろう。


「それじゃ、先行するわたしたちの馬車の御者はフィニア。横にはミシェルちゃんが乗っていて。わたしは徒歩。クラウドは騎乗、足並みを揃えて?」

「了解」

「マークたちは最後尾を警戒していて。わたしやミシェルちゃんが見落とすとは思えないけど、後ろから奇襲を受ける可能性もあるから」

「わかった、まかせとけ」

「テムルさんは真ん中を行って、馬車で身を守ることを優先してくださいね。それじゃ出発!」


 俺の号令と共に、フィニアが馬車を動かす。

 その馬車に続いて二台の荷馬車が続き、最後尾をマークたちがついてきた。

 門番に出立を告げ、進路を南へ取る。

 フォルネウス聖樹国はここから東側にある国だが、ストラールからは街道が繋がっていない。

 一度ラウムのそばまで戻ってから東に進路を取らないといけなかった。


「わたしが転移門ポータルゲートを使えたら便利だったんだけど」

「ニコル様はまだ二人しか転移テレポートさせられませんから、無理はできませんよ」

「そうそう。それに一度行けば、すぐに戻れるなんて羨ましいよ」

「それは確かに便利だけどね」


 その気になれば、俺だけストラール、いや北部の村にだって戻ることだってできる。現に、冒険がない日は毎日行っていた。

 だがその隙にフィニアたちが襲われる危険もあるため、そう簡単にはいかないだろう。

 いずれ成長して、自在に転移魔法を使いこなせるようになれば、そういう『楽な旅』をすることができるようになるはずだ。


 ストラールを出てからはしばらく田園地帯が続くため、見晴らしはいい。

 治安も確保されているため、警戒の必要性も低い。天気もいいので、実にゆったりした気分で馬車を進めている。


「いい天気だね。なんだか眠くなってきたよ」

「じゃあ、ミシェルちゃんが歩く?」

「え、やだ」

「このわがまま娘め!」

「ニコルちゃんも馬車に乗ればいいじゃない。荷台はまだ空いてるよ?」

「それじゃ警戒にならないでしょ」


 さっそく緊張感をなくすミシェルちゃんを叱りつつも、俺も欠伸を噛み殺していた。


「ん?」


 そこで俺は小さく声を漏らした。

 上空に一羽の鳥が飛んでいるのを発見したからだ。

 地上から見ると小さな点のようだが、その高さと大きさからみると、結構大きな鳥に見える。


「んー、多分荒鷲ヴァルチャーかな?」

「そのようですね」

「え、どこどこ?」


 俺の推測をフィニアが肯定し、ミシェルちゃんがきょろきょろと視線を巡らせる。

 そしてクラウドは大きく肩を落としていた。


「ヴァルチャーかぁ、鳥は盾役の意味が薄いんだよな」

「敵は空飛んでるから、仕方ないね」

「それじゃテムルさんたちを守れないじゃないか」


 クラウドにしては、なかなかうがった意見である。

 空を飛んでくるモンスターに対して、隊列というモノはあまり意味をなさない。俺たちはあくまで地を行く者である以上、上空という死角は常に存在する。

 それを警戒するのが俺たち斥候役の役目でもある。

 幸い今の俺たちは、ミシェルちゃんという強力な対空砲台が存在するので、先制攻撃してもらうことにしよう。


「ミシェルちゃん、あれが襲ってきたら面倒だから、先手を取って倒しちゃって」

「うん、わかった。今日は焼き鳥だね!」

「いや、そうではなく……赤丹あかにの一、群青の一、山吹の三、彼の者をさらなる極みへ――超強化オーバーブースト


 ここからヴァルチャーを射るにはさすがに距離が遠すぎる。

 そこで白銀の大弓サードアイを使用する必要があるため、強化魔法の中でも最高位の超強化オーバーブーストをミシェルちゃんに掛ける。

 この魔法は転移テレポートほどではないが、かなり高度な魔法のため、俺の魔力消費も結構大きい。

 それでも依頼人を危険に晒すよりはマシなので、惜しむことなく使用しておいた。

 ちなみにミシェルちゃんの腕にある魔法のバングルに付与された魔法でも使用することは可能だが、こちらは肉体的な負担が大きいため、極力使用しないことにしている。


「それじゃ、いっくよー!」


 勢いよく白銀の大弓サードアイを引っ張り出し、引き絞る。

 鋼鉄の矢も補充して予備は荷台に積み込んでいるため、そう惜しくはない。

 そして放たれた矢は狙い過たず上空のヴァルチャーを貫いていった。


 その日の夜は、ミシェルちゃんのリクエスト通り、焼き鳥ということになった。

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