第413話 同行者の選定
翌日、俺たちはテムルに依頼を受領したことを告げるため、面会を求めていた。
彼は旅商人なので、拠点となる商店は持っていない。
その代わり、宿の一室を拠点として利用しているようだ。俺たちが通されたのはストラールでも有数の高級宿の一室だった。
「お久しぶりです、テムルさん」
宿の従業員に部屋に案内され、室内に入った俺はまず定型文な挨拶を彼に送る。
だがテムルはまったく反応せず、ポカンと口を開けたまま硬直していた。
「あの……テムルさん?」
「あ、え、いや……ひょっとしてニコルさんですか?」
「はい。三年振りですね」
「いや、驚きました。まったく見違えましたよ!」
テムルとはラウムにいた時は何度か顔を合わせていたが、ストラールに来てからは初めて会う。三年の月日は、俺の外見を大きく進化させるに値した時間だ。
彼がこうなってしまうのも、無理はないだろう。
再起動した彼はパンと手を打って自身の感動を表現していた。
「三年前も美少女でしたが、今はもう国が傾きかねないほどの美女っぷりですね」
「……わりとよく言われるんですけど、本人にそんな気はないので」
「ハハハ、いやいや。今のあなたなら、エリオット王の王妃になっても納得です」
「その話は無かったことになっているので!」
かつて変装したハウメアという姿。今の俺はその姿に限りなく近い。
エリオットを一撃で陥落せしめたその姿に育った俺は、周囲から求婚や交際の申し込みが絶えず、非常に迷惑している。
フィニアは変わらず可憐な美少女なまま。ミシェルちゃんも腰回りの子供っぽさが抜け、ナイスバディに育っている。
俺たちはこの街で有名な冒険者になったわけだが、この外見の美麗さが一枚噛んでいることは否定できない。
そしてクラウドもすらりと背の高い美青年に育っているため、美男美女のパーティとなり果てていた。
「ガドルスから聞きました。フォルネウスへの護衛の件、受けたいと思います」
「おお、引き受けてもらえますか!」
「はい。つきましては報酬の方は――」
俺はテムルに報酬を高めに吹っ掛けてみた。別に悪意があったわけではなく、ここから値引き交渉に入ることを想定しての提案だ。
しかし彼はそれをほとんど行わず、ほぼこちらの言い値を出すと言い出していた。
「え、いいんですか?」
「もちろん。相場的には確かにやや高いですが、これほどの美男美女に囲まれての旅なんて、そうできるもんじゃありません。その分も込みで考えると、安いくらいですよ」
「いいのかなぁ? なんか悪い気がしてきた」
「ハハハ、相変わらず変な所で人が良いですね」
「むぅ……」
生前の俺はあまりそういう面を見せなかったが、元々は正義感はそれなりに強い方だった。
なにかと噛み合わせが悪く、暗殺者として大成してしまったが、さすがに面と向かって人が良いと言われると違和感が強い。
なんだか背筋に虫が入り込んだようなむず痒さを感じる。もぞもぞと身じろぎして姿勢を正していたら、テムルは別の話題を持ち出してきた。
「それと、今回は荷馬車が二台になるので、あなた方だけだと手が足りないかもしれません。そこでもうひと組、冒険者を雇おうと思っているのですが……」
言葉を切った俺の隙をついて、テムルがそう口にした。
俺たちが聞いていたのは彼の護衛だけだったので、この話は初耳だ。
「それは、どこの冒険者かわかりますか? わたしたちは見た目がこれですので、トラブルになるような人じゃないといいんですけど」
「いえ、そちらはまだ決まっていません」
確かにテムルが言うように、馬車二台を守るなら俺たちだけでは手に余るかもしれない。
そこで一台につき冒険者をひと組つけるという考えも、まあわかる。
だが俺たちは、見た目的にかなり派手だ。
一か月にも及ぶ旅の間、ひたすら声を掛けられ続けるという事態になっては、さすがに気が滅入る。ひょっとすると、不埒な真似に及ぼうとする輩もいるかもしれない。
俺はそれを懸念し、テムルに苦言を呈していた。
「いや、確かにニコルさんの心配もわかります。私としても、あなた方にうつつを抜かして護衛をおろそかになってしまうのは困りますし。そうですね……ならあなた方が同行してもいいという冒険者はいませんか?」
「わたしたちに選択権をくれるんですか?」
「問題はあなた方ですからね。それにニコルさんなら、下手な冒険者を雇うより信頼できる人を選んでくれそうですし」
「そういってくれるのは光栄ですけど」
確かにテムルとしてはギルドや、その関連の宿から推薦される冒険者を雇えばそれでいい話だ。問題が起こっているのは、俺たちが『目立ち過ぎる』という点である。
ならば同行者を俺たちが選ぶというのは、一番問題が起きにくい手段かもしれない。
とはいえ、そんな手段をホイホイ提示するテムルも、たいがい大人物である。自分や荷物の安全を、他者の判断に委ねようというのだから。
「そうですね……この町で一番信頼できるのはガドルスですけど……」
「ガドルス様に護衛してもらえるのなら先ほどの倍額出しても構いませんとも!」
「いや、さすがにそれは無理。宿の仕事もあるし」
「それは残念です」
本気で肩を落とすテムルだが、ちょっと考えれば無理とわかるだろうに。
いや、これは俺が変にガドルスにコネを持っているからこそ、先走ったというのもあるか?
「そうですね、さすがにガドルスは無理ですが、マークという冒険者がいます。彼とその仲間なら、わたしたちにあまり言い寄る心配はないかと」
マークたちも俺たちと同じように切磋琢磨し、今では一般的な冒険者と言われる三階位まで成長していた。
それに歳がクラウドに近いということもあって、何度か一緒に組むこともあった。
その影響か、俺たちの美貌にも耐性を持っていて、あまり言い寄るような素振りを見せなくなっていた。
最初の頃、フィニアにドギマギしていたのが懐かしいくらいだ。
「ほほう、ニコルさんのおすすめとなると、注目株ですね。いいでしょう、その方たちに指名を出してみます」
「本当にいいんですか、わたしの独断で相方を決めて」
「構いませんとも。あの小さな少女たちが今やいっぱしのレディ、いや冒険者として独り立ちしているのを見ると、私も感慨深いものがあります。その推薦となれば、信頼しないわけにはいきませんとも」
「……そうですか、ありがとうございます。信頼してくれて」
「いえいえ。それはこの旅が終わってから仰ってください。それで、他に何かご意見はありますか?」
テムルは、にこやかな笑みを俺たちに向ける。その顔は孫を見る好々爺といった風情があった。
なら、俺としてはその好感度に便乗させてもらうとしよう。
「そうですね。わたしたちもそろそろ足が欲しいと思っていたので、二頭立ての馬車を一台用立ててくれませんか? それとクラウドの馬も欲しいです」
「馬三頭に、馬車一台になりますね。結構な出費になりそうですが?」
「それくらいの蓄えはあります。無理にとは言いませんけど」
「いえ、知人の牧場主に話を聞いてみましょう。馬車の方は何とかなると思います」
「ありがとうございます。予算としては――」
馬車の価格も、高過ぎない……むしろ安過ぎるほどの値段で話をまとめてもらった。
こうして俺たちは、テムルの依頼を受けることになったのである。
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