第412話 ミーティング
ガドルスから依頼の話を聞いたのは俺とミシェルちゃんだけなので、念のためフィニアとクラウドにも話を通しておかねばならない。
仕事の話なのでいつも集まる食堂では話ができない。そこで俺の部屋に全員集まってもらって、そこで今回の依頼について相談することにした。
「というわけで、テムルさんがフォルネウス聖樹国に向かうっていう話なんで、その護衛をしないかって依頼が来てる」
「フォルネウス……かなり遠いですね」
俺の一声を聞いて、フィニアは地図を取り出しつつ、まず大きな懸念を述べた。
フォルネウス聖樹国までは、ここから一か月はかかる距離だ。
その首都ベリトまでを往復するとなれば二か月、余裕を見ても三か月弱はかかる旅路となる。
俺たちはここまで、そんな長旅をしたことが無いので、慎重なフィニアはまずそこを心配したのだろう。
「うん、かなりの長旅になる。これは初めての経験になるね。でも今後を考えるとやっておいた方がいいかもしれない」
「今後、ですか?」
「そう。わたしたちも冒険者をやっているわけだから、遠征することはもちろんあるでしょ? でも長距離移動の経験が無いというのはどうにも片手落ちになるし」
「その土地しか仕事できねーってのは、依頼人に対する印象も悪くなるよな」
俺の言葉にクラウドも乗ってくる。奴も今回の遠征には賛成の様だ。とりあえず、今の段階では……
「保存食などは、はっきり言って持っていけるかどうか不安ですね」
「現地での狩りが重要になってくるね。それと途中の町での補給。それに合わせた旅の計画も重要」
「今まで以上に慎重に計画を立てないと、行き倒れる……というわけですね」
「そうだね」
もちろん、俺なら獲物さえ見つければどうにでもして、仕留めてしまえる。
ミシェルちゃんもいれば、道中の食事はほぼ困らないだろう。彼女の弓の腕は、今では最高速度のヴァルチャーですら軽々と射抜いてしまえる。
こことベリトの間には、ラウムの森林地帯と国境付近の山岳地帯、そしてその向こうの草原を抜ける必要があるが、どこも獲物の豊富な地域である。
食料を獲ることに困るような環境じゃない。
「問題は水……ですね」
「フィニアが
「馬車を購入しますか? それなら水樽を乗せることができますけど」
「うーん……?」
テムルさんも一応馬車を持っている。しかしそこには交易のための商品を積むことになるだろう。
俺たちの馬車を持つのも、悪いことじゃない。むしろ、今までもっていなかった方がおかしいかもしれない。それくらいの経験を積んできている。
「たしかに、そろそろ自分たちで使用する馬車を持ってもいい頃合いかな?」
「最近は収入も安定してますからね」
「なら俺も自分用の馬が欲しい!」
「クラウドのくせに生意気な」
「なんでだよぉ!?」
しかしクラウドの主張も、理は通っている。
重装備のクラウドは、長旅で一番疲労する役回りでもある。そして彼が戦場に駆け付けることで、仲間の安全性も大きく跳ね上がる。
その機動力を補うために、クラウドが馬に乗るのは悪いアイデアではない。
「そうだね、でも一理あるか……よし、ここは奮発して二頭立ての馬車を一つと馬を一頭購入しよう」
「やった!」
馬付きで二頭立ての馬車を買い、クラウド用にもう一頭。
馬が三頭なら一頭が怪我を負ったとしても、予備になるから安全性も増す。
もちろん生き物を買う以上、その維持費は必要になってくるわけだが、四階位になった今の俺たちの稼ぎなら充分に賄える。
「それよりクラウドとフィニアは、もっと別の方向に注意を向けないといけないね」
「別の?」
「そう。フォルネウス聖樹国は世界樹教の総本山。つまり半魔人差別が最も激しい」
「あ……」
「そんな場所に向かうんだから、その頭の角を隠す工夫とかも必要になってくるよ」
「……そっか。最近はそんな目で見られてなかったから、気付かなかったよ」
「多分、イヤな目にも遭うと思う。それでもこの依頼、受ける?」
俺の言葉に、クラウドは深く俯き、ぶつぶつとつぶやいている。
おそらく過去の経験から、受ける虐待を想像しているのだろう。
しかししばらくして顔を上げた彼の眼には、決然とした光が宿っていた。
「行くよ。別に行かなくてもいい依頼なのかもしれないけど、そういうのも経験の内だ。それに、そんな悪い人たちばかりじゃないって、ラウムやストラールで学んだし」
「つらい目に遭うかもしれないのに?」
「前もって知っておいた方が、あとで唐突に差別されるより心構えができる……そう考えて俺たちに仕事を振ったんだろ? ガドルス師匠は」
「そんな感じだったね」
どうやらクラウドは、ガドルスの思惑も見抜いていたようだ。
「あの、私も注意しないとというのは?」
「フィニアはエルフだから、クラウドみたいな問題にはならない。でも問題はその短剣だよ」
フィニアの腰に差された短剣は
問題はそのキーワードだ。
フォルネウス聖樹国はかつてナベリウスという名前の国だった。
その時代に世界樹をへし折ったのが、あの白いの――破戒神ユーリ。当時世界を震撼させた魔王を倒すためとはいえ、信仰の中枢たる世界樹を折られ、ナベリウスは混乱の坩堝と化した。
そのまま国体を維持することができなくなり、フォルネウス聖樹国に姿を変えている。
フィニアの持つ短剣の振動機能を起動させるキーワードは、『破戒神を崇めよ』。それは破戒神自ら作った魔道具の証明でもある。
これを起動しないと、非力なフィニアではまともな殺傷力を発揮できない。
少なくとも革鎧で武装した程度でも、身を守ることはできるくらいに。
「つまり、そんな物を持ち込んで、人に知られてしまったら……」
「うわぁ、クラウド君よりひどい目に遭いそうです」
「だよね? だから気を付けようね?」
「はい……」
悄然とうなだれ、肯定するフィニア。どうやら全員、今回の依頼には反対しないようだった。
こうして俺たちは、フォルネウス聖樹国へ向かうことになったのだ。
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