第515話 疑惑のメモ

 デンを従えてミシェルちゃんの泊まる宿に到着した俺たちは、いつものように受付の女性に話しかけた。

 しかし返ってきた答えは、まだ戻ってきていないという話だった。


「遅くても三日って聞いていたんだけど?」

「私もそう聞いていたんだけどねぇ。なんだかトラブルにでも巻き込まれてるんじゃないかと心配で」

「ミシェルちゃんの腕なら、大抵のトラブルは回避できるはずなんだけどな」

「そんなに腕利きなのかい? あ、そうそう」


 そこで何かを思い出したかのように、カウンターの下から折りたたまれたメモ用紙を取り出す。

 封すらされていないそれを見て、俺は怪しい気配を感じていた。


「これは?」

「なんだかニヤけた感じの男の子が持ってきたんだよ。銀髪眼帯の美少女に渡してくれって。あんたのことだろう?」

「それは、多分間違いないと思うけど」


 メモを受け取り、広げて中身を確認する。

 そこにはただ一言、『南三番倉庫』とだけ書かれていた。


「南、三番倉庫?」

「あの辺はあまり治安のよくない場所で、身元もよくわからない連中が出入りしてる。あんたみたいな可愛い子は、あまり近付かない方がいいよ」


 俺の声を聞きつけて、受付の女性がそう警告してくる。

 だが俺にとって、多少の危険は排除できる問題だ。それよりもミシェルちゃんたちが戻ってこない状況で、このメモが届いたことの方が気にかかる。

 背後で控えるデンに視線を流し、とっさに芝居を打つ。


「うん、気を付けるよ。デン?」

「え……あ、はい。わかりました、様子を見てまいりましょう」

「それじゃ、わたしは寮に戻っておくから」


 あえて目の前の女性に聞こえるように、俺はそう演技して見せた。デンも何のことか理解していない様子だったが、とっさにこちらの意を汲み、演技に乗ってくれる。

 おそらく、このメモはカインの動きに何らかの関係があるはず。ならばこの場面を誰かが監視していても、おかしくない。そう判断しての行動だ。

 もちろん、俺は寮に戻る気なんて、欠片もなかった。


「そっちの兄ちゃんが、かい? それはそれで心配なんだけどねぇ」

「まあ、彼は見かけがこうですからね。でも結構強いんですよ?」

「ほほぅ……お嬢さんの『良い人』なのかい?」

「勘弁してください、マジで。大事なことなのでもう一回、マジで勘弁して」


 俺とデンが一緒に居ると、よくこういう誤解をして来る人がいるが、本当に勘弁してもらいたい。俺は男と結ばれる気なんて、全くないのだから。

 げんなりした気分のまま、俺たちは宿を出た。

 向かう先は言うまでもなく、南の倉庫である。




 俺はまず、街の古着屋で動きやすい服に着替えることにした。

 これはなにが起こるかわからない場所に向かうのに、動きにくい、目立つ制服を着ていくことを避けるためだ。


 それから南の倉庫街へやってきた俺たちは、通りから見えない路地裏から、目的の倉庫の様子を窺っていた。

 今まで見たところ、数名の男たちがその倉庫に出入りしている。

 見たところ、揃って白い服を着ており、マスクを着けていたので、どうやら例の薬の製造所の可能性が高い。

 そう判断したのは、出てきた男の服に、黄色い粉が付着していたからである。

 それはファンガスの胞子と同じ色だった。


「なるほど、ここが薬の工場ってわけかな」

「その可能性は高そうです。探ってみますか?」

「もちろん。だけどデンは忍び足とかでき……ないよね」

「申し訳ありません、斥候技術は学んでおりません」


 元々文明的なことができないオーガなのだから、こうして執事の真似事ができるだけでも、デンの存在は驚異的だ。

 斥候技術まで求めるのは酷かもしれない。

 あの神様はいったいどういう教育を施したのか、ぜひ聞いてみたい。

 ちなみに、デンにそのことを尋ねると、目を虚ろにして『言うことを聞かないと拳で……』とつぶやいた後は黙り込んでしまったので、詳細は謎である。


「わかった。じゃあ偵察は俺だけで行ってくる」

「承知しました。お気をつけて」


 デンも自分が隠密行動できないことは理解している。そしてミシェルちゃんが戻ってこない現状、調査をする必要があることも。

 だからこそ、俺が先行することを異論なく見送ってくれた。

 

 俺は即座に隠密のギフトを使用し、気配を消す。

 そのまま物影に隠れるように、倉庫へと近付いていった。

 南三番倉庫は、正規の商人たちが使用するようなものではなく、ボロボロの物置のような建物だった。

 しかし二階建ての民家くらいの大きさはあり、結構大人数が入っても問題なさそうだ。


「しかし、倉庫なのに壁が木製ってなんだよ。ボロッボロじゃねぇか」


 木板を組み合わせた壁は結構腐食が進んでおり、ところどころ隙間ができている。

 薬の管理をするにはいささか適していない気がする。

 その隙間から中を覗き込むと、木箱が積まれた薄暗い空間を、白い服を着た男たちが往来している様子が見て取れた。


「薬はここで作っているわけじゃないのか。ならどこで……ん?」


 そこで俺は天井が低いことに気が付いた。暗くて気付かなかったが、どうやら二階があるらしい。

 よく観察すると、倉庫の一角が吹き抜けになっており、そこに板を吊るしたクレーンのようなものが設置されている。

 他に階段のようなものはないため、そのクレーンで二階へと行き来しているようだ。


「ふぅん……つまり二階で薬を作っているということか」


 糸を屋根の脇にある雨樋に引っ掛け、身体を引っ張り上げる。

 二階の壁にも隙間があると思ったのだが、よく見ると壁の隙間には粘土のようなものが詰められていて、しっかりと密閉されていた。


「チッ、さすがに隙間だらけの場所で調薬はしないか」


 しかし壁の向こうには、間違いなく人の気配はする。

 それどころか、木板の越えて、中の声が聞こえてきた。


「おい、まだ手を出してなかったのか?」

「あ、ボス。いやさすがにちょっと……」


 どこか粘りを感じさせる声は聞き間違いようがない。カインの奴だ。それにしても手を出すとはどういうことか?

 中の様子を知りたかったので、俺は壁に穴を開け、中の様子を探ることにした。

 影になっている場所を探し出し、穴を開けたことで日光が入ることを防ぐ。

 そうして覗き込んだ先には、縛り上げられたミシェルちゃんとクラウドの姿があったのだった。

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