第516話 執行確定
ミシェルちゃんたちは執拗なくらいにきつく縛り上げられており、どうやら自力で抜け出すことは無理そうだった。
彼女の周りには三人の男がおり、その三人に対面するようにカインが立ちはだかっている。
対してクラウドは顔面に青痣が浮いており、暴行を受けたことが見て取れた。二人とも意識はないようで、ぐったりとしている。
「あの野郎……」
仲間を傷付けられた。それだけで俺の頭に血が上るのを感じる。
しかしここで殴り込むほど、俺も短絡的ではない。だがその俺の我慢を振り切るようなことを、カインは口にした。
「らしくもない。女と見ればすぐに手を出すお前らが珍しい」
「いやあ、さすがに六英雄に関わる人間には手を出せないっすよ」
「ふん、関係者といってもしょせんは平民。いくらでも湧いてくる雑草のような連中だ。ゴミも同然だろうに」
その発言だけでも万死に値する。マクスウェルの手回しが終われば、奴は必ず俺の手で殺す。そう心に決めた。
だがカインの発言はそこで止まらなかった。
「クスリは与えているんだろうな?」
「え、ええ。あ、いや……」
「はっきりしないな?」
「はい、与えました!」
その言葉を聞いて、俺は危うく自重を忘れるところだった。
まさかあの薬をクラウドとミシェルちゃんに与えたのか? だとすれば一刻も早く解毒する必要がある。
「ならいい。クスリが効いている間は、逃げ出すことはできないからな。平民はしぶといから、油断はするな」
「はい、わかりました!」
「まったく、こっちは部下が下手踏んだってのに、これ以上の面倒は御免だぞ」
「大丈夫です、逃がしたりしませんって」
直立不動で返事をする三人。それを見届けた後、カインはその場から立ち去って行った。
おそらくは一階の様子を見に向かったのだろう。
それからしばらくして、三人は揃って大きく息を吐く。
「しかし、本当に大丈夫なんだろうな?」
「しかたないだろう。クスリを与えないと俺たちが裏切ったのがバレちまう。だからこのガキも大人しく飲んでくれたわけだし」
「そりゃ、そうなんだが……」
「いいか? こいつがクスリを飲んだってことは、俺たちを信頼したってことだ。それを裏切ったら……」
「確実に六英雄が敵に回る、か。ボスは何で理解しねぇんだろうな」
「できねーんだろうよ。貴族だけの世界で生きてきて、平民や下級貴族はクスリ漬けにして、金を毟り取るような奴だぞ」
男の一人が唾を吐き捨て、床を蹴る。
どうやらミシェルちゃんを見張っている男たちは、すでに離反しているようだった。
「俺たちをゴミとしか見ないボスと、信頼してこんなクスリを飲んだこいつら。どっちにつくかは自明の理ってもんだ」
「だけどよ、バレたら確実に始末されるぜ?」
「それなんだよなぁ……はやくニコルってのがこねぇかな? 早くこの街離れてぇぜ」
どうやら連中は、俺がミシェルちゃんを救いに来るのを待っているようだ。
だとすれば、ミシェルちゃんたちの当面の安全は確保されたとみていい。
しかし薬を飲まされている以上、のんびりもしていられない。
完全に密封されている二階から、どうやって彼女を助け出すか。それが問題になる。
それに、ここまであからさまに行動を起こしてきたということは、学院に残してきたフィニアとレティーナたちの安全も気にかかる。
まず『部下が下手を踏んだ』という発言も問題だ。ひょっとするとレティーナに手を出して反撃でもされたのかもしれない。
「なんにせよ、連中が動き出しているのなら、これ以上待つのはまずいな」
本当ならマクスウェルが手回しを終えてから行動を起こしたかったが、これ以上の待つのは致命傷になりかねない。
特に、薬を飲んだミシェルちゃんたちが心配だ。
「一度、デンと合流してから、動くとするか」
デンなら俺がレイドであることも、ハスタール神から聞いている。
それにミシェルちゃんたちの意識も無くなっている。
ならば、多少の無茶をしても、正体がバレる相手はいない。遠慮はいらないだろう。
一度デンと合流し、今後どうするべきかを検討することにした。
行動の指針としては二つある。
一つはこのまま突入し、ミシェルちゃんとクラウドを助けること。
もう一つは一度寮に戻って、レティーナとフィニアの安否を確認することだ。
「というわけで、どっちがいいと思う?」
先の会話から、カインがレティーナたちにちょっかい出したのは、ほぼ確定だ。
こちらの安全もできるだけ早く確保しておきたい。
しかしミシェルちゃんたちも、一刻を争う状況だ。
見張りが裏切っているとはいえ、カインに強く出れるような立場ではない。もしカインが面白半分にミシェルちゃんを
連中としても、命は惜しいし、ミシェルちゃんも類稀な美少女である。喜んでその命に従うはず。
正直言うと、どっちも一刻を争う。自分の身体が二つ欲しいくらいだった。
「そうですね。ここはカインを優先して捕らえましょう」
「レティーナたちの方は大丈夫かな?」
「首魁がこちらにいる以上、少なくとも命は取らないかと。特にレティーナ様は、建前とは言えカインの婚約者ですので」
それを聞いて、一旦は安心する。
確かにカインの婚約者で命の補償はされている。それどころか、部下が勝手に手を出したら、奴が烈火のごとく怒り狂うのは目に見えている。だから貞操の危機もあるまい。
だとすれば、残る問題はフィニアの方だ。
「フィニアはどうなる?」
「そこはレティーナ様の機転に期待するしかないかと。レティーナ様が実行犯を押さえてくれるなら、無体な真似は出来ますまい」
「こっちを優先する理由は?」
「まずミシェル様たちは一刻を争う状況。そしてその命はカインの命令一つで決まります。そのカインが、今この場にいる。見張りを抱き込んだとはいえ、危機的状況は変わりません。ならこちらを優先し、カインを捕縛、もしくは始末するのが彼女たちの安全を確保するには一番かと」
「やっぱりそうか……」
的確に状況を指摘するデンに、俺は呆れたような気分になった。
賢いだろう? これ、オーガなんだぜ。という気分だ。
幸いなことに、倉庫の出口は一つだけ。窓もないので逃げられる心配はない。抜け道がない限りは。
そしてこんなボロ倉庫に抜け道を作る手間は、考えるだけでも無駄だ。
そもそもこの領地において、レメクの姓は絶対的な力を持つ。
たとえ官憲に踏み込まれたとしても、彼だけは無罪放免されるはずなのだから。
だから逃げることは考えていないはず。
「よし、なら正面から押し込むとするか……デンが」
「私ですか?」
「俺はその騒動の間に、天井からミシェルちゃんを救出する。せいぜい目立ってくれ」
「なるほど、承知いたしました」
もちろん天井には屋上に出る出入り口など存在しない。
しかし木板と粘土で固めただけの壁は、やろうと思えば好きなように破れる。筋力を強化すれば、俺の力でも、その程度は
そこから救出すれば、問題はない。
デンの方も、見かけと違い実質オーガである。
そこいらの民間人に傷付けられるようなドジは踏むまい。
こうして俺たちは、ミシェルちゃん救出のために動き出したのだった。
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