第433話 神ってる治療
◇◆◇◆◇
フィニアはマリアの元に戻ると、ニコルの容体を告げ、彼女を安心させようとしていた。
「ニコル様はおやすみになられました。服も着替えさせ、汗も拭きましたので、しばらくは必要ないかと」
「そう……手間をかけたわね。ありがとう、フィニア」
「いえ、元は私の不手際ですから」
不審者を追うニコルを、一人で行かせたこと。それが今も彼女に罪の意識を覚えさせている。
同時に、クファルと名乗った少年に対し、これまでにないほどの憎悪を感じていた。
それは三十年生きてきて、初めて意識したといってもいい衝動だった。
そして同じように、クファルに対して激しい憎悪を抱く者が他にもいた。
「あの野郎、今度会ったらタダじゃおかねぇ」
「うん、今度会ったら有無を言わさずサードアイの刑なんだから!」
「それ、明確に『コロス』ってことよね?」
怒りを隠さないミシェルとクラウドに、トリシア女医が戦慄を隠せない。
問答無用で殺害宣言する二人と違って、彼女は命の危険が遠い場所にある一般人だ。
無邪気な口調だが殺意を漲らせる二人に、同意する者もいた。
「気持ちはわかるが、殺すのは俺が先だ。それよりニコルの目を治す方法を探さないと」
ライエルが頭を掻き乱しながら、提案する。
現状ではマリアの治癒魔法でニコルの目を癒すことはできない。
「今のニコルは、いうなれば怪我を負い続けている状態に近いわ。すでに負った傷を治すのとは意味が違う」
「眼球内に寄生したスライムの欠片を、どうにか排除しないと無理ってことか」
「問題はスライムの欠片というところね。普通なら核を破壊すれば、ただの粘液に変わるはずなのに、核すら持たない欠片が生き続けている」
コルティナの言葉に、マリアは顎先をつまむようにして考え込む。
「普通のスライムとは違うということね。寄生してる欠片も、核がないから仕留めることが難しいわ。摘出できないなら目を治せない」
「マクスウェルの魔法ならどうにかできないか?」
「難しいわね。あの爺さん、細かい調整とか苦手だったもの」
核のないスライムを根こそぎ吹き飛ばすことは、魔術を極めた彼なら可能だろう。
しかし敵は眼球内に巣食う小さな欠片である。
ほんのわずかな欠片を周囲に被害を与えることなく精密に撃ち抜くとなれば、それは人の限界を超えた領域といえるかもしれない。
「あの爺さんにできないとなると……」
その意味を悟り、別室は沈黙に包まれる。絶望の気配が漂い始めたころ、部屋の扉が勢いよく叩き開けられた。
「そんなあなたに! The 神・頼・み!」
扉を開けて入ってきたのは、白い少女だった。その後ろには、背の高い壮年の男もいる。
やたらハイテンションな少女の後頭部に手刀を叩き込んでから、男が落ち着いた声で語りかけてきた。
「そんな説明で理解できるか。いや、話を聞いてやってきた。力になれるかと思ってな」
ライエルはその男の顔に見覚えがあった。
三年前、ニコルの装備を担当してくれていた鍛冶師の男だった。
確かマクスウェルの知己と聞いている。
「あんたは確か……アストといったか」
「ああ、まあ、そんな感じだ」
「そんな感じ……? いや、それより、どうにかできるのか!?」
がっしりした手でアスト――ハスタールの肩を掴むライエル。
まるでそのまま、胸倉に手をかけ、引き寄せかねないほどの勢いだった。
「それは私の専門分野ではないな。こいつの役目だ」
ポンと目の前の少女の頭に手を乗せる。
白い少女は腰に手を当て、鼻息荒く胸を逸らせて見せた。
「おまかせください。たかがスライムもどきに眷属が害されたとあっては、神の沽券にかかわりますので!」
そういうとニコルの眠る部屋にズカズカと踏み込んでいく。
マリアとトリシア女医は、そのあとを慌てて追った。
騒動にもかかわらず、ニコルは目を覚ます気配はない。どうやらフィニアが退出した後に、また気絶してたようだった。
早くもベッドの脇に陣取った白い少女は、後ろを振り返りもせず、容体を訪ねてくる。
「状況は?」
「あ? えっと、眼球内に核のないスライムが寄生していて、回復魔法が掛けられないのよ。治す端から食べられちゃうから」
「しかも食べた分だけ成長しちゃうから、手の出しようがないの」
尋ねられたトリシア女医がしどろもどろに状況を知らせ、そのあとをマリアが継いだ。
それを聞いて白い少女は興味深そうにニコルの顔を覗き込んだ。
目に巻かれた包帯を外し、焼け爛れた傷跡を剥き出しにする。
「ほうほう。これがあれかぁ」
そう小さくつぶやき、パチンと小さく指を鳴らす。指先から小さく光が舞ったところを見ると、何かの魔法を使ったのかもしれない。
そしてクルリと振り返ると、マリアたちを部屋から押し出しにかかった。
「ほらほら、ここから先は秘密の治療の邪魔になるので、出てってください!」
「え、ちょ、ちょっと! 私は治癒魔法のスペシャリストで――」
「そんなの関係ありませーん」
全員を押し出そうとするが、小柄な彼女ではそれは叶わない。代わりにハスタールが全員を室外へと移動させた。
そして破戒神は自らの指の先を噛み切り、血を一滴、傷跡に垂らす。
いまだ意識を取り戻さぬ彼女の目に落ちた血液は、まるで染み込む様に傷跡に染み込んでいく。
「先ほどの
破戒神とニコルは血統的にも魂的にも繋がっている。
だからこそ彼女の血を受け、再生させることで、破戒神の持つ不死性を利用して眼球を再構成させたのだ。
これが他の血脈を持つものだったら、拒否反応を起こしていただろう。
「しかし、大丈夫なのか?」
唯一室内に残っていたハスタールが、不安げに尋ねる。
それに破戒神は自信満々で答えを返した。
「もちろんです。ですがひょっとしたら、わたしの魅了の力とか受け継いじゃうかもしれませんけど?」
「それはむしろ呪いだろう。仕方ない奴だな」
「でもほんの少しですよ。理性の戒めを破壊するほど強くは伝わらないはずです」
「ならこっちも念には念を、だ」
そういうとハスタールは懐から眼帯を取り出し、そこに魔法を刻み込んだ。
「こいつならその力を抑えるくらいはできるだろう」
「ですが、なぜ眼帯? わたしみたいに眼鏡でいいじゃないですか。それになぜ眼帯を持ち歩いてるんです?」
「……趣味だ」
風神ハスタール。
彼もまた、若者たちと接することによって、十四歳くらいの病をぶり返していたのだった。
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