第432話 レイドの言い分

 俺をベッドに寝かせた後、フィニアは一度部屋を出ていった。

 これは心配したマリアが乱入してこないように、釘を刺しに行ったのだろう。もっとも俺はすでに元の身体に戻っているので問題はないのだが、ここからの話題がデリケートだ。できるなら落ち着いた状態で話がしたい。

 数分して戻ってきた彼女はベッドの脇に椅子を置き、そこに腰掛ける。俺は音と気配で、その動きを悟っていた。

 そして何をいうでもなく押し黙る。何か言いたそうな気配はしていたが、今の俺にその表情を見ることは叶わない。


「えっと……」


 俺も居心地悪そうに身じろぎしたが、今はあいにくその場を立つこともできない。

 身体を蝕む熱病は、すでに自力で起き上がることすら妨げていた。先の騒動が余計に体力を削ったようだ

 フィニアも俺の言葉に反応せず、黙々と次の言葉を待っていた。

 その気持ちは俺もわかる。彼女にとって待ち焦がれていた最愛の人が、仕えていた少女だと知ってしまったのだから、内心は荒れ狂っているはずだ。

 怒り、戸惑い、ひょっとしたら屈辱もあるかもしれない。

 それでも俺の釈明を聞くまで、激情を漏らさないところは、素晴らしい自制心と言えた。


「その、実は……」


 この期に及んで、もはや隠し通すことは不可能だろう。

 それにフィニアに対して、これ以上ごまかすのはあまりににも無様だ。いや無礼とすら言える。

 最初からだましていた。その事実は変わらない以上、バレてしまったのなら潔く説明すべきだ。


 覚悟を決め、俺は彼女に経験した一部始終を、語って聞かせた。

 白い神によって転生したこと。女として、娘として生まれてしまったがために、正体を話せなくなってしまったこと。それから起きた様々な事件を解決してきたこと。

 それがマクスウェルやガドルスにもバレており、正体を隠すために協力してもらったことまで。


 すべて語り終えたとき、フィニアの嗚咽の声が聞こえてきた。

 なぜ泣くのか、その感情は俺にはわからない。いや、彼女にだってわからないのかもしれない。

 だがこれで、フィニアは本当の意味で『俺』と再会できたのだろう。


「そういうわけで、黙っててゴメン。今更名乗り出ることもできなくて、そのままズルズル来てしまった」

「そう……だったんですか。レイド様……」


 おそらくはヒドイと口にしようとしたのだろう。俺がしてきたことは、そう罵られたとしてもおかしくない。その覚悟はできている。場合によっては張り手の二、三発もあると思っていた。

 彼女は大きく息を吸い込み、思い切った口調で俺に批判の言葉を向ける。


「お気持ちはわからないでもないですけど、それでも私にはいって欲しかったです。本当ならもっと泣いて、喚いて、私の想いを伝えたかった。そうしてくれなかった貴方に、暴力を振るって感情をぶつけていたかもしれません。でも、今のレイド様……いえ、ニコル様はそんなことをしたら死んでしまいかねないですから」

「うん、ごめん」


 これに関しては、返す言葉もない。

 そしてフィニアは、さらに俺の急所を抉ってきた。


「それで、コルティナ様には?」

「いえるはずない!」


 彼女の言葉に、俺は思わず激しい口調で返した。

 コルティナには悪いと思っているが、ここまで騙してきてのうのうと『実は俺でした』なんて、口にできようはずがない。

 フィニアにはバレてしまったが、この嘘は自分から明かすつもりはない。生涯に渡って。


「それじゃ、コルティナ様がかわいそうです!」

「それもわかっている。でも、わかっているからこそ、余計に話せない。フィニアにだって、話すつもりはなかった」

「……レイド様は、残酷です」


 悲しくそう声を上げ、腕を上げる気配が伝わってきた。

 殴られる。そう気付いたが、俺は避けようとは思わなかった。これは彼女の正当な権利だ。

 しかしフィニアは、甘んじて罰を受けようとした俺の頬を優しく撫でるように叩くにとどめていた。

 痛みなどあろうはずもない、微かに触れる程度の接触。


「今は弱ってますから、これで許してさしあげます。でも……」

「うん。いいたいことはたくさんあると思う。殴られてもしかたないと思うし、場合によっては刺されてもおかしくない。でも、やっぱりいえなかったんだ」


 触れた手を下ろさず、そのまま俺の頬を優しく撫でる。

 火照った体にその手の冷たい感触が心地よく、俺は思わずその手に自分の頬を押し付けるように動く。

 だがフィニアはそのまま俺の頬に手を添え、固定する。

 そして口元に柔らかな感触が掠めていった。一瞬遅れて、花のような彼女の香り。


「……え」

「今までだましてくれた仕返しです。といっても今更ですけど」


 そういわれて、ようやく彼女にキスされたことを悟る。

 もちろん、俺も今まで何度も彼女と唇を交わしてきたことがある。だが今思い返すと、彼女からしてくれたのは初めてかもしれない。


「今はとにかくお休みください。元気になったら、もう一度話をしてもらいますから」

「報復の本番は、その時にってこと?」

「ええ、覚悟してください」


 いたずらっぽく、クスリと含み笑いを漏らす気配がした。

 完全に許してもらえたわけではないだろうが、彼女に嫌われたわけではないと知って、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 こんな状況で、長年騙されてきたにもかかわらず、自分の感情を置いて俺の身を案じてくれている。


「ほんと、俺にはもったいないくらいだ……」

「あら、ニコル様。『俺』だなんて、はしたないですよ」

「いいの、中身はレイドなんだから!」


 フィニアの指摘に不貞腐れ、頬を膨らませて反論する。

 その仕草を見て、彼女はついに声を漏らして笑っていた。


「その仕草でレイド様だなんて、本当に信じられませんよ」

「おのれぇ、いつかカッコいいところを見せてやるんだからな」

「それも元気になってからですね」


 そういうと俺の身体に掛けた毛布を整え直し、フィニアは席を立った。


「マリア様が心配そうにしてましたから、容体を伝えてきます。ニコル様も安静にしてくださいね」

「うん。どのみちこの状態じゃ、まともに動けない」


 フィニアとの会話で少し気が紛れていたが、目の痛みは依然と続いている。

 身体の熱もいまだ収まらず、体調としては最悪だ。

 変化ポリモルフが封じられた状態でこれでは、まともに動くことは不可能だろう。

 ましてや、ライエルやコルティナの目を盗んで逃げだすなど、もってのほかだ。


 とりあえずフィニアについては、ひと段落付いたとまではいわないが、猶予はもらったとみていい。

 あとはこの身体を治すだけなのだが、それはマリアに任せるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る