第599話 追及
戦闘が終わってこちらを振り返り、俺を見るライエルとマリアの目には、信じられないものを見た驚愕がありありと浮かんでいた。
それもそのはずであり、他の人間ならばそういう技術を使うこともあると考えるかもしれないが、この二人に関して言えば、前世の俺の技術を目の前で見続けていた。
ライエルとマリアの二人だけは、俺の技術を見間違うはずがない。
「嘘、レイドの……でも、ニコル……あなた……」
「本当に、レイド、なのか……?」
状況も忘れ、茫然とつぶやく二人。しかしそれは、相対している魔神にとっては致命的な隙である。
無論、この隙を逃すはずもなく、容赦なく斬り付けていた。
しかしそれを弾き返したのは、ようやく追いついたガドルスの大盾と戦斧だった。
双方の魔神の剣撃を盾と戦斧で弾き返し、続いてライエルとマリアを叱咤する。
「ライエル! マリア! 今はそれより目の前のこいつらを何とかせい!」
「あ、ああ!」
「そうね……ニコル、話はあとで」
「……うん」
気が重いことだが、この状況では話さないわけにはいかないだろう。
そしてそれは、決して先の話ではない。
この場にライエルとマリア、ガドルス、そして俺まで揃ったのだから、魔神の五体程度、どうにでもなる。
ガドルスが二匹を受け持ち、ライエルが二匹、俺が糸を飛ばして残る一匹の動きを妨害する。
ガドルスは盾と戦斧を使い、巧みに敵の攻撃を封じ込めていた。
ライエルは魔神すら上回る一撃を魔神の剣身に叩き込み、体勢を崩して反撃している。
俺もマリアの前に出て、体内に操糸の力を纏わせ、正面切って魔神と斬り結ぶ。
山道の途中であるこの場では、糸を掛ける場所も多いため、俺の力を存分に発揮できる。
こちらに踏み出す魔神の足に糸を掛け、剣撃の隙間をすり抜けて魔神の脇を駆け抜け、背後に回る。
そのまま大きく糸を引くことで魔神の体勢を崩し、地に這わせた。
「グルゥ!?」
転ばされたことで苛立ったのか、呻くような声を漏らす魔神。少女と侮って糸を無視したのが、運の尽きだ。
体内に操糸を纏わせた俺は、見かけとは裏腹にライエルに負けぬ剛力を発揮できる。
そしてこれは、逃すことのできないチャンスである。起き上がるためにはどうしても片手を地につけねばならない。
俺なら転がる遠心力を使って起き上がることも可能だが、巨体の魔神ではそんな曲芸じみた真似はできない。
そして地に手を付けるということは、双剣の一本を封じられ、俺に背を向けるということでもある。
それを嫌って魔神は転がったままこちらに剣を振る。俺はそれをかいくぐって、足元に斬り付けた。
本来の筋力なら皮すら斬り裂けなかっただろうが、今の俺の一撃はライエルすら超える。
ざくざくと皮膚と肉を斬り裂き、魔神は苦痛の悲鳴を上げた。
「グギャウ!?」
自身の皮膚の厚さを信じて転がったままの反撃を選んだのだろうが、それが完全に裏目に出ている。
魔神はもんどり打って俺から距離を取ろうとするが、引き倒した時に足に絡めた糸を近くの大木に絡めておいたので、それがかなわない。
逃げようとしてもそれが叶わず、反撃しても身体強化した俺を捉えることはできない。
倒れたまま一方的に切り刻まれ、その魔神は反撃の糸口すら掴めずに息絶えた。
そして俺が周囲に視線を向けた時、ライエルが自身の敵を切り倒し、ガドルスのもとに駆け寄るところだった。
俺が一体倒す間に奴は二体を仕留めていた。力では追いついたと思っていたが、剣の戦いにおいては、やはり奴にはまだまだ及ばないか。
その事実が、少しばかり歯痒い。
残る二体の魔神も、ガドルスとライエル、そして俺の参戦であっさりと倒されたのだった。
魔神討伐の後、村人たちは混乱しながらも村に戻ってきた。
いきなり避難を強制され、そして数時間後には戻ってくるように指示されたのだから、混乱するのも無理はない。
普通辺境に位置する開拓村では、そういう危険な状況に際し、避難をさせられることも珍しくはない。
しかし他の村なら頻繁にあることなのだが、ライエルという戦力が常駐しているこの村にとっては、珍しい事態だった。
ぶつくさ文句を言う村人たちを引き戻し、衛兵たちに柵の強化を指示した後、俺たちはライエルの屋敷に戻ってきた。
そして俺は、泣きそうな顔のマリアと、帰ってくるなり真実を告げられ驚愕するコルティナを前に座らされていた。
待たされている場所は食堂で、俺とガドルスが並んで座っている前に、マリアとコルティナが陣取っていた。
ガドルスもその空気には耐えられず、口数の少ない彼が、さらに口数が少なくなっている。
「あー、その、コルティナや……いや、なんでもない」
ガドルスが俺を取り成そうと、コルティナに声を掛けるが、そのコルティナに睨まれて言葉が続かない。
俺に至っては、重い空気に言葉すら発することができなかった。
唯一の幸運は、空気を読んだ家政婦がフィーナを別の部屋に退避させてくれたことだった。
そんな時間を半時間ほど耐え抜き、ついにライエルが帰宅してきた。
食事も風呂も入らず、そのまま俺たちが陣取る食堂に入ってくる。
マリアの横の席に腰を掛けたライエルは、じろりと俺を一瞥し、重々しく口を開いた。
「で、レイドで、間違いないんだな?」
「……ああ」
ライエルは途切れ途切れ、強調するように俺に問い詰めてきた。それは否定して欲しいという想いがにじみ出ているようにも感じられた。
しかしこの状況で否定しても、意味は全くない。
口先だけの否定は、事実にあっさりと駆逐される。俺がその場しのぎで否定しても、俺が糸を使い、レイドと同じように戦ったという事実は変わらない。
嘘であることはライエルたちにも見抜かれることとなり、余計に状況を悪化させるだろう。
何より、コルティナが納得しない。
「なんで! どうして――」
コルティナは俺の答えにテーブルを叩いて立ち上がり、そして言葉をなくす。
涙を浮かべ、どんな感情を浮かべていいのかわからないという風情で、力なく再び席に腰を落とした。
「本当にレイドなの? 呪いとか、いつもの変装とか、そういうのじゃなくて?」
「マリア、悪いが本当なんだ。俺は――」
「嘘よ……待ってて、ニコル。私がその呪いを解いてあげるから」
「いや、違うから……」
マリアは俺の状況を何らかの呪いと考えることで、現実を否定しようとしていた。
実際に俺に向けて、高位の解呪魔法を続けざまにかけてくる。
実際俺の身体には破戒神の呪いともいうべき魅了の目があるが、それはマリアの魔法では解除できない。
しかし俺の身体は
「解けない……なんで……」
「そりゃ、生まれた時からこの身体だったし」
「レイド、あなた私たちを騙していた……?」
「いや、そんなつもりは……でも、言えるわけないだろ!」
俺はコルティナと同じように立ち上がって主張した。こっちだって泣きそうな気分になってくる。
「俺だって、お前たちが幸せそうに暮らしているのを見て、言い出せなかったんだ。『実はお前の娘はレイドだったんだ』なんて、お前たちが俺の立場だったら口に出せたか?」
「それは……」
「私は……無理ね」
俺の主張に、マリアとコルティナは口をつぐんだ。
「じゃあ、俺の娘は……ニコルは存在しなかったって言うのか?」
「そうは言わない。俺はレイドという前世を持っているが、同時にニコルでもある。間違いなく、お前の娘でもあるんだよ。それは、間違いない」
「そうか……」
「俺は……お前に反発はしてたけど、今ではお前のことをちゃんと父親だと認識してる。それだけは信じてくれ。マリアも同じだ」
「わかった。レイド――」
そこでライエルは厳しい視線を俺に向けてきた。
その視線を受けて、俺は許されないかもしれないと覚悟を決める。
「なんだ?」
「表へ出ろ。勝負だ」
「はぁ!?」
ライエルはそういうと、裏庭に向けて歩き出したのだった。
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