第328話 戦後の街並み
ゴブリンどもは、その日のうちに大半が駆逐された。
ゴブリンロードの狂騒から解放された連中はその統率を失い、侵攻を続ける個体と逃亡する個体、そしてその場で逡巡する個体へと分断され、それぞれがそれぞれの足を引っ張り合い、反撃に出た冒険者たちに各個撃破されていったのだ。
完全に討伐することはさすがに叶わなかったが、それでもその八割近くが討ち取られ、残る二割も散り散りになって逃げ去っていった。
あの有様ではもはや組織だった侵略は不可能だろう。生き残ったゴブリンも、いずれ冒険者たちによって、討伐されていくはずだ。
生き残った俺たちも、すぐさま追走とはいかなかった。
後で知ったことだが、冒険者の四割は負傷しており、戦闘を継続できる状況ではなかったのだ。
死者も少数ながら出ており、ラウムの冒険者が受けた被害は思いのほか大きかった。特に市街地の巡回に当たっていた新人冒険者の方が大きな被害を出していた。
新人たちは後方に追いやられたことに不満を持ち、手柄を立てるべく侵入してきたゴブリンに無理な攻撃を仕掛け、反撃されたらしい。血気に逸る、と言うやつだ
そして何より、ミシェルちゃんの超砲撃。この衝撃で怪我をした冒険者がかなりでている。もっとも、これがなければ命がなかった可能性もあるので、彼女を悪く言う者はいなかった。
市民たちもすぐに日常に戻れるわけではない。
大通りに面した民家は玄関や窓が頑丈に塞がれており、元に戻すだけでも一苦労の有様になっている。
更に街の各所にはゴブリンの死骸が散乱して、これらの処分にも手が取られることだろう。
それでも、勝利という高揚は先の苦労を忘れさせるのに充分だった。
無事な冒険者たちが喝采を上げ、ゴブリン敗走の報を聞いた市民も大きく沸き上がった。
特に避難所に押し込められていたため、解放感が後押しした面もあるのだろう。
問題は山積しているのに翌日からは笑顔で復興を始めているところが、庶民の強いところと言えよう。
彼らを受け入れ、守ろうとしたヨーウィ侯爵邸も翌日から屋敷の片づけを始めていた。
レティーナもその手伝いをしており、しばらくはこちらに顔を出せそうにない状態だ。
俺とミシェルちゃん、ついでにフィニアも、そんな街中を巡回と言う名目で散策していた。
これはれっきとした冒険者ギルドの依頼であり、こういった非常事態における高揚の中ではトラブルも多くなるため、その見回りを衛士と協力して受け持って欲しいという仕事だった。
巡回士を示す腕章を身に着け街を見て回っているわけだが、やはり荒廃の跡は目につく。
特に処理しきれないゴブリンの死骸は各所に転がり、焼却に手間取っているありさまだった。
どうも、市街に入り込んだ数は百を超え、それを騎士団が主だって討伐したのはいいが、処分の限界量を超えてしまっているらしい。
死骸を焼こうにも、木材の大半は街路の封鎖や民家の窓を塞ぐのに使われており、それらの廃材を回収してからでないと薪が足りない状態の様だ。
更にクレーターのように抉れた石畳も散見できる。これはミシェルちゃんのサードアイの砲撃によるものだろう。
そんな市街を巡回しながら、俺は連行されている気分を味わっていた。
そして俺も、右手と左手をそれぞれに掴まれ、身動きが取れない。
「あの……離さない?」
「離したらニコルちゃんはすぐにどっか行っちゃうじゃない」
「そうですよ。ニコル様は目を離すとすぐヤンチャするんですから、これくらいでいいんです」
「フィニアまで……」
とは言え、実際こっそりとゴブリンロードの討伐に参加していたわけだから、言い訳のしようがない。
知られたらさらにお説教されそうな気配がするので、とても口にできないが。
「それより、私たちもお祝いの準備しておいた方がいいかもしれませんね」
「それどころじゃないんじゃないかな?」
フィニアが口にしたのは、我が家での祝勝会のことだろう。だがコルティナはこの数日は特に忙しく、自宅に戻れるかどうかもわからない。
ロードの奇襲に成功し、九倍の敵を撃退したことから、彼女の名声はさらに高まっていた。
しかしゴブリンを誘導し、騎士団と戦わせたこと。エルフの集落に勝手に使いを出し、援軍を要請したことが一部貴族の反感を買ったらしい。
特に市街にゴブリンの一部を引き入れ、騎士団を襲うように誘導したことが非難の的になっているらしい。その弁明に現在も東奔西走させられている。
なので俺たちは、いまだに祝勝会を開けていなかった。
「その時はその時です。帰ってきたときに備えて準備しておいても、悪くないでしょう?」
「そりゃそうだけどねぇ。でも食材もあまり出回ってないみたいだよ?」
街中の被害は人的なモノにとどまっていない。
日持ちしない食材などは避難させられている間に使用できなくなってしまっている。
そのため、店も開いてはいるが、その品数は通常よりも少なくなっているようだった。
「じゃあ、あの屋台のお料理を買っていこうよ! あれなら明日の朝でも大丈夫だよ」
ミシェルちゃんは串焼き屋台の焼き鳥に目を奪われていた。
生肉はこの三日もすれば傷むはずなのだが、串焼き屋は塩漬けやタレに漬けこむことで何とか日持ちさせていたらしい。
しかし今回に限っては彼女のアイデアは悪くない。屋台の料理は時間をおいても大丈夫なモノが多いし、何より今はお祝いムードで格安になっていた。
レティーナの状況も気になるところだったが、避難民を受け入れていたヨーウィ侯爵家では、その後始末の真っ最中。勝手を知らない俺たちが押しかけても、迷惑になるだけだ。
クラウドも孤児院の子供たちの世話で、今は手一杯らしい。巡回中にゴブリンを倒したということで、孤児院ではヒーロー扱いになったのだとか。
「ほら早く!」
ミシェルちゃんはの脳内では、屋台での買い食いはすでに決定しているらしく、俺の手を力いっぱい引っ張っていく。
無論反対側の俺の手を握るフィニアも、一緒に引っ張って行かれた。
「おじさん、焼き鳥ください!」
「あいよ、いくつだい?」
「そうですね、わたしたちとニコル様とコルティナ様の分で六本もあれば……」
「わたし、十本!」
「あいよぉ!」
串焼き屋の焼き鳥は、結構な量がある。
普通の女性では一本で充分に腹が満たされる大きさだ。二本もあれば、夕食のおかずには充分になる。
それを十本と言うのはさすがに多すぎやしないだろうか? 俺はあまり大食漢ではない。
「ミシェルちゃん、さすがに多すぎない? わたし、一本でも持て余しそう……」
「大丈夫。これはわたしが一人で食べるから」
「……………………そう」
まあ、彼女は今回はコルティナに次いで大活躍だったので、それくらいのエネルギー消費はしているのかもしれない。そういうことにしておこう。
俺なら二本で腹がパンパン、三本なら口からリバースも有り得る。
そんな心配をよそに、単独でゴブリン百匹以上を討伐した英傑にふさわしい健啖振りを、俺たちの目の前で発揮してくれたのだった。
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