第327話 クラウドvsマイキー
困惑の表情のまま、地下の訓練場に拉致されたクラウドと、妙にやる気のあるマイキー。
ひょっとして俺の前でいい格好を見せたいとか、そんなことを思っているのかもしれない。
その二人を取り囲むように、首都と温泉町、双方の冒険者が野次馬と化している。
「マイキー、首都のへなちょこ冒険者なんてやっちまえ!」
「なんだと、俺たちはへなちょこなんかじゃねぇぞ! でもクラウドをぶちのめすのは許可する!」
「ハーレム野郎に鉄槌を!」
「鉄槌を!」
「モテ野郎に粛清を!」
「粛清を!」
こういう時だけ一致団結して唱和する首都の冒険者たち。その異様な雰囲気に、集落の冒険者たちは一瞬にして気圧されてしまう。
それにしても、いつ見てもクラウドへの敵愾心は高いな。やはり半魔人族への確執は根深いようだ。
「クラウド、実は友達いないの?」
「うるさいよ! いねぇよ、実際!」
「まぁ、半魔人族だからね。しかたないよ」
「問題なのはそこじゃない!」
半ば涙目になりながらクラウドは愛用の盾と模擬剣を構える。
対峙するマイキーも一メートルちょっとの長さの模擬槍を構えていた。
森が主戦場となるマイキーは剣よりも槍の方が使い勝手がいいのだろう。
「そう言えばクラウドって、槍を使う相手って初めてかもしれないなぁ」
「えっ、そうなの? クラウドくん、頑張れ!」
俺の横でミシェルちゃんが必死に声を張り上げる。
口元に手をやり、声を広げようとする仕草は、よく見かける物ではある。
よく見かける物ではあるのだがその腕に挟まれる肉の塊が、すでに尋常じゃない。
「将来はマリアクラスに迫るか……」
「ほら、ニコルちゃんも」
「この展開、前にも見た。もーどうでもいいし?」
ミシェルちゃんの声援を受け、なぜかクラウドではなく、観客の冒険者がエキサイトする。
「なに? あいつ、あっちの白い子と付き合っていたんじゃないのか?」
「あの胸……将来有望すぎるでしょう?」
「つまり二股ってことか? 許せん」
事情を知らない温泉町の冒険者は、こうしてなし崩しにクラウドの敵に回ってしまった。
だが当のクラウドはもはや慣れたもので、またかと言わんばかりの仕草で肩を落としている。
問題なのは対戦相手のマイキーの方だった。
「お前、あっちの子まで――!」
「違うし」
「許せん。モテ男死すべし、慈悲はない」
「お前もかよ!?」
こうして首都の冒険者たちのダメさ加減は感染していく。
そこへ、さも俺は無関係でございと言わんばかりの態度で、ぞんざいにマテウスが開始の合図を告げた。
この騒動、お前が元凶だからな? 俺は忘れていないぞ。
「では、はじめ!」
「死ねやぁ!」
「これは試合だろぉ!?」
突き出される槍――無論訓練用の物だが――それを大盾で受け止める。
反撃に剣を突き出そうとするクラウドだが、マイキーはそれより早く一歩踏み出した。
槍は盾で止められており、それなのにマイキーは一歩踏み出す。この結果、相対的に槍は一歩分、マイキーの方へ引き寄せられたことになる。
踏み込むことによって、間合いを詰めつつ槍の引き戻しを同時に行ったというわけだ。
一瞬早く再度槍を突き出すマイキー。クラウドはこれを身を捩って避けた。
「へぇ……意外にやるじゃん」
「うわわ、クラウドくんがピンチだ!」
「いや、あれくらいなら避けれるよ。パパの特訓受けてるわけだし」
現にクラウドの上半身は大きく仰け反っているが、下半身は崩れていない。まだまだ余裕があるという証だろう。
だが槍の面倒くささには気付いたはずだ。槍は持ち手の位置で間合いを自在に変えられる武器でもある。
そして総じて剣よりも射程が長い。
もし戦いの素人に何か一つ武器を持たせろと言われたら、俺なら槍を選ぶ。それくらい簡単に扱え、殺傷力があり、そして奥が深い武器である。
クラウドは身体を捻った勢いを殺さず、その場で一回転して、盾を水平に振り回した。
盾と言っても金属製である。それを横にして殴られたら、洒落にならないダメージを受けるだろう。
マイキーはとっさに槍を盾にしてこの攻撃を受け止め――そして反対側から剣の攻撃を受けた。
剣と盾で疑似的な二刀流を再現して見せたのか。クラウドもなかなか成長しているようだった。
だが剣の攻撃はかなり軽い。必殺の勢いを持つには至っていないせいで、マイキーにかろうじて避けられてしまう。
だがマイキーもただでは済まなかった。
クラウドと違い、完全に体制を崩し、地面を転がる羽目に陥る。
そこへ追撃の蹴りを放つクラウド。マイキーはこれをまともに受けてしまった。
「ぐっ……げほっ、この、やるな!」
「降参するなら今のうちだぞ」
「ほざけ!」
どうやらマイキーも歳のわりにかなり腕が立つようだが、連日実戦と鍛錬を繰り返しているクラウドには敵わないようだ。
攻撃手段が槍しかないマイキーと違い、クラウドは剣以外にも盾や蹴りを利用して状況を有利に持っていく。
その攻撃のバリエーションの豊富さは、これまでの経験によるものが大きい。一対一の状況ならば、クラウドも相応の実力を発揮する。
次第にマイキーは押されはじめ、野次馬のすぐ前、つまり後がない状況に追い込まれてしまう。
後ろに逃げ場はないと察するや、マイキーは猛然と突進を仕掛けていった。
それをクラウドが予想していないはずもない。あいつの役割は防御役。常に攻撃を受けることを念頭に置いて戦っているのだ。
この攻撃を想定していないはずもなかった。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
「思い切りはいいが――甘い!」
マイキーの最後のあがきを盾を使って受け流し、すれ違いざまに足を引っかけて地面に転ばす。
そして倒れたマイキーが身体を起こそうとした喉元に、クラウドは剣を突き付けていた。
「勝負あり、だ。今回は坊やの勝ちだな」
「……くそ!」
そこでマテウスが判定を下す。
地面を叩いて悔しがるマイキー。大衆の面前で敗北する屈辱はわからないでもない。
俺は彼のそばに行って肩を叩いてやる。
「そう落ち込まない。これは練習だから、何度負けてもいいの。次があるんだから」
「ニコル、でもよ……」
「クラウドなんて、実戦で負けっぱなしなんだよ?」
「うるさいよ!?」
クラウド、俺がいい感じに話をまとめようとしているのに、茶々を入れるな。
「むしろ今生きている方が不思議なくらい」
「それは自分でも思うけどさぁ……」
「マイキーは今力不足を知った。そして生きている。ならこれからも精進すればいい。それだけ」
「あ、ああ……そうだな」
立ち上がり、クラウドに向かって右手を差し出すマイキー。
握手を求められていると知り、それに応えるクラウド。
「俺の負けだ。それと、突っかかって悪かったな」
「まあ、気持ちもわからなくもないけどな。あれ、外面だけはいいから」
「そうか? 中身も最高じゃないか。今回は醜態を晒したけど、今度しっかりとお前に勝ってから、もう一度出直してみるよ」
「あー、まあ、がんばれ?」
「がんばるな。あきらめろ」
なんだか男二人で友情を確認しているようだが、マイキーよ、諦めてくれ。俺は男に興味はないんだ。
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