第38話 苦闘
まずは様子見に大上段からの斬撃。
無論、俺の筋力では一刀両断とは行かない。それでもL字に屈曲した刃を頭部に受ければ、深手を負うことは間違いない。
その一撃を男は盾であっさりと受け止めてみせる。
腰を落とした、どっしりとしたストロングスタイル。防御重視のカウンター戦法。
恐らくは、それが彼の戦い方。
こちらの攻撃をしっかりと受け止めた後、反撃に足元を狙ってくる。
俺はそれをジャンプして躱したが、更に着地を狙った突きを放ってきた。むしろこちらこそが本命なのだろう。
相手の攻撃を受け止め、躱し、斬り結ぶ。
男が防御に秀でたスタイルとこちらの非力も相まって、戦況が拮抗していく。
俺の攻撃も操糸によるフェイントもすでに男に見切られていて、なかなか不意を突く事も出来ない。
それはこちらにとって、不利な状況でもあった。
いくら訓練を積んでいると言っても、しょせん今の俺は幼い身体だ。
元々持久力には難がある。持久戦を強いられてはこちらの身が持たない。
下手をすれば、俺を探しに来たフィニアを巻き込む可能性すらある。
今回の戦いは、いかに早く相手を無力化するかがポイントになるのだ。
それなのに相手は防御主体。積極性が無いなら、距離を取って逃げてやろうかと考えてしまうのだが、視界によぎる木材の陰が俺の足を止めさせる。
ここで逃げては、あの中にいるという子供の命が無い。
「どうした、もう疲れたのか? 勢いがなくなって来たぞ!」
「まったく、イヤらしいったらありゃしない!」
こちらの事情を察しているのか、ことさら挑発してくる男。
ここで挑発に乗って、ペースを崩すと相手の思惑に嵌まる。
状況を打開すべく、糸を放って足を掬おうと狙ってもヒョイとそれを躱される。
やはりこちらの能力は把握されている。おそらくは先の二名を捨て駒にこちらの能力を計っていたのだろう。
「そっちこそ、子供相手に随分と慎重じゃないか」
「装備を整えた事か? 貴様が衛士を呼んだ可能性も考えて、念を入れただけなんだがな。どうやらそうしてないようで一安心だ」
「今度から先に呼ぶようにしておくよ!」
まさに男の言う通りではあるのだが、時間が無かったのだから仕方ない。
男の攻撃を
だが男もその程度で体勢を崩すほど甘くはなかった。低く落とした腰は地面を滑るように動き体勢を立て直す。
こちらが足を止めた瞬間を狙って、小刻みな突きを放ってきた。
「クッソ、しつこい!」
「それが自慢でな」
まったく油断を見せない男に、俺は舌を巻く。
決して大きな攻撃は仕掛けず、防御主体でこちらを疲れさせに掛かる。
これほど堅実な戦いをする戦士は、そうは見かけない。
「そこまでの技量があって、なぜ人攫いなんかしてるんだ!」
「そりゃ、金になるからだよ。エルフは美形が多いからな。生贄以外にも使い道は多い」
「ゲス野郎が――」
「お前もエルフじゃねぇがとびっきりだ。良い値を付けてもらえるだろうぜ!」
妙にこちらの手足を狙ってくると思ったら、まだ俺を商品にする気でいやがる。
仲間を二人倒されたと言うのに、なんて余裕だ。
だがその余裕も、根拠のない事じゃない。現に俺の膝はそろそろ揺れ始めている。
いよいよスタミナが危ないのかもしれない。
そこへさらに事態を混乱させることが起こった。
「ニコルちゃん!?」
「ミシェルちゃん? なぜここに!」
唐突にミシェルちゃんがこの貯木所に乗り込んできたのだ。
手には自前の狩猟弓を持って矢筒を背負っているが、いつもの革鎧は着ていない。
おそらくは気休め程度の護身装備だ。
「一度家に戻ってから、ニコルちゃんを探しに……これは?」
「人攫い! 衛士に知らせて来て!」
「う、うん!」
「おおっと、逃げたらこのガキの命はないぞ」
「えっ!?」
男の言葉にミシェルちゃんが足を止める。
余裕を見せる男と、切羽詰まった俺。その状況を見れば、彼女が足を止めてしまうのも、わからなくはない。
しかしここで彼女が留まってしまうと、それはそれで困る。
ここは衛士を呼びに行ってもらって、向こうの時間を区切ってしまう方が楽になる。
だが男も、その状況は察していた。
唐突に横倒しになった馬車に近付き、手にした剣を一閃する。
すると荷台から転がり落ちた材木の一つが二つに割れ、中から昏睡した少女が一人転がり出てきた。
尖った耳からして見るからにエルフ。しかも金糸のように艶やかな髪をロールさせた、美少女――いや、美幼女だ。
「そっちのガキを殺すのは手間取るだろうが、コイツにトドメを刺してトンズラするくらいなら、いつでもできるんだぜ」
「そんな――」
「ヤメろ!」
マズイ、人質は完全に向こうに掌握されている。
俺が逃げても彼女が逃げても、男の顔を見た事のある人質の少女は助からないだろう。
つまるところ、コイツを倒さないと死者なしでは切り抜けられないという事か。
「なら、倒すまでだ。ミシェルちゃん、やるよ!」
「う、うん」
俺の叱咤激励を受けてミシェルちゃんも弓を構えて牽制を始める。
だが彼女の弓勢をもってしても、男の防御を貫く事はできなかった。
飛来する矢は
鋼鉄製の盾は、おそらく俺が
それでも一打当たるだけで形勢は変わってしまうので、できるなら掛けておきたいのだが……
「朱の一、群青の……」
「させるか!」
「クッ――!」
構えた盾の陰から牽制され、やむなく呪文を中断し回避する。せっかく練り上げた魔力が霧散し、宙に消えていく。
男は常にミシェルちゃんを正面にとらえるように移動し、そして昏睡している少女から離れようとしない。
その位置取りをキープする限り、俺は逃げ出す事ができない。
馬車に積まれていた材木は四本。そのすべてに攫われた子が詰められているのだとしたら、あいつの人質のストックは四人と言う事になる。
そもそも俺に彼女を見捨てると言う選択肢はない。
子供を見捨てたりしたら、勇者を目指す俺の矜持が砕け散ってしまうからだ。
ミシェルちゃんとの共闘が始まったとはいえ、状況は改善しない。
俺の身体が急速に疲弊していったからだ。
剣速は元より、回避すらギリギリになっていく。
息が乱れ、視界が暗くなる。もはや限界は――近い。
歯を食いしばって攻防を維持するが、突破口が見つからない。
こういう時、コルティナならば最適な位置取りや策を授けてくれるのだが――
そして、ついに限界は訪れた。
俺ができると認識していた回避。そのテンポが一瞬、ほんの僅かなタイミングのずれが発生する。
それだけで男の剣を躱し損ねた。
左の二の腕を男の剣先が掠め、血が飛沫く。
「くうっ!」
「ニコルちゃん!?」
本来ならばかすり傷程度だ。だが、出血は疲労を加速させるし、痛みは集中を妨げる。
せめて少女が目を覚ましてくれれば、状況が変化するのに。
「ま、だ……まだぁ!」
自分を奮い起こすべく、俺は声を張り上げ、男に斬りかかる。
それは絶望的な攻防の開始だった。
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