第39話 白き助勢

  ◇◆◇◆◇



 目の前で親友が怪我を負った。

 見知らぬ少女とは言え、それを見捨てられないほどやさしい子である事は、ミシェルも承知している。

 だからこそ彼女も、その場にとどまり、無頼漢と戦う道を選んだのだ。

 だが、しょせんは大人と子供。体力の違いはいかんともしがたい。


「なんとかしなきゃ……わたしが――ちゃんと当てなきゃ!」


 歯を食いしばって矢をつがえるが、その力も徐々に不足していく。幼い彼女に合わせた小さめの狩猟弓とはいえ、それを引く体力がまだ備わっていないのだ。

 そもそも矢筒に残る矢の数が心許ない。


「あと、三本……どうしよう」


 敵に有効なダメージを与えるのは、ミシェルの役目だ。

 その役割が果たせない事に、彼女はかつてない苛立ちを感じていた。

 しかしがむしゃらに撃ち込んでも、男の盾が攻撃を防いでしまう。

 焦りだけが募っていき、その狙いが荒くなるのを自覚する。このままではニコルに当たってしまうかもしれない。


「どうしよう……どうにかしなきゃ!」

「力が欲しいかー?」


 そこへ気楽な、底抜けに明るい声が掛けられる。

 まるで歌うように響く幼さを残した美声。だがそれを覆い隠して余りある愛嬌と親しみを感じさせる。


 彼女が振り向くと、そこに一人の少女がいた。

 年の頃なら彼女よりも少し上くらいだろう。

 だが圧倒的に目を引くのはその白さ。輝くような銀髪と抜けるような白い肌。

 手に持った弓も、あつらえた様に白銀に輝いている。


「あの、誰?」

「わたしゃ神様だよー。ところでミシェルちゃんや。力が欲しくないです?」

「え? えっと……」

「早くしないと、あの子が危ないかも、ですよ?」

「ほ、欲しいです!」


 あまりにも怪しい存在だが、ニコルを助けるために力を貸してくれると言うならば、悪魔にだって魂を売ってもいい。

 この時、ミシェルは心の底からそう思っていた。


「では、これを君に貸してあげるです」


 少女は手に持った巨大な弓をミシェルに差し出す。

 それを恐る恐る手にしたミシェルだが、その表情はすぐに絶望に染まった。

 弦が硬過ぎて、まったく引けない。


「これじゃダメだよ、わたしじゃ使えない」

「だからわたしがここに居るんですよ。力を貸してあげます。特例ですよ?」


 そう言った直後、ミシェルにかつてないほどの力が満ち溢れた。

 これはマリアが掛けた強化の魔法と同じ、いやそれなど足元にも及ばないほど強い身体強化の魔法だった。


「それなら引けるでしょう? ただし威力が半端ないですから決して外さないように。後、普通の矢じゃ弾け飛んじゃいますんで、こちらの矢を使ってください」

「え?」


 矢が弾けると言う意味が分からなかったが、とにかくこれだけ巨大な弓なら専用の矢もあるのだろう。

 そう考えて、疑うことなくミシェルは矢を受け取った。

 渡された矢は鋼鉄製で、鏃が螺旋状に削られていた。


「その弓はサードアイという名がついてます。大事に使ってくださいね?」

「う、うん」


 掛けられた魔法がいつ切れるか分からない。

 ミシェルはすぐさま、鋼鉄の矢を白銀の大弓サードアイに番え、構える。

 巨大な弓は彼女の身長に匹敵するほど――いや、それ以上に巨大だ。

 水晶版に白い物質を挟み込んだ合成弓で、しかも弦は銀糸――ではなく聖銀ミスリルを糸状に紡いだ物を使用していた。

 こんな弓、引けなくて当たり前である。


 しかし、強化された筋力は鋼の如き弦を易々と引き絞る。

 水晶板に白い物質を挟み込んだ合成弓が軋みを上げてたわんだ。


「全力で引いちゃうと、衝撃波であの子もミシェルちゃんも巻き添えになっちゃいます。程々で」

「は、はい!」


 少女の言葉に、反射的に返事をする。

 確かにそれ程の力を、この弓からは感じ取れた。

 それが誤射したらと思うと、緊張で狙いが定まらない。


「大丈夫、適当な強さでもあの盾くらいなら、紙のように引き裂けますよ。だから落ち着いて」


 そっと背中に手を当てて、こちらの緊張をほぐしてくれる。

 その感触に身体の疲れすら消え去った気がした。

 ふっと肩の重さが消えた気分すらして、ミシェルは再度狙いを付ける。

 

 今度はぴたりと狙いが定まった。

 それどころか二人がどのように動くかすら、予測できる気がする。


「それが射撃のギフトの効果です。自分の力を信じて」


 囁く少女。

 その言葉に押されるように、ミシェルは矢を解き放ったのだった。



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