第355話 目標発見
おそらく敵はミシェルちゃんの両親を拉致して、街を出ていることだろう。
この首都は周囲をしっかりとした石壁で囲まれているため、街を出るためには門を通る必要がある。
つまり衛士の目に留まらないはずがない。
俺は最寄りの門に駆け付け、そこで門番をしていた衛士に声を掛けた。
「おじさん!」
「おや、ニコルちゃんか。今日は冒険には出ないのかい?」
「それよりここを荷車が通らなかった?」
「そりゃいくらでも通ってるさ。ここは首都だし、復興資材が大量に流入しているからね」
言われて俺も気が付いた。
今も門に並ぶ馬車の群れは、いつもより多いくらいだった。
ゴブリンの襲撃で町は大きなダメージを受け、その復興のための木材や石材が大量に運び込まれている。
この状態で一台の荷車が通ったとしても、目立ちはしないはずだ。
「じゃあ……妙な荷物を積んだのは?」
そこで俺は質問を変えてみる。
荷車は珍しくないだろうが、拉致した連中はおばさんたちを運び出そうとしていたはず。
無論、縛り上げた人や怪我をした人を積んだ荷車なんて目立って仕方ないだろうから、多少の偽装はしていたはず。
それを聞き出したかった。
「妙な荷物ねぇ……そうだな、大量の藁を積んだ荷車なら一台通ったけどね。藁なんて運び出してどうするつもりだって笑ってたんだ」
藁は土に混ぜて発酵させれば肥料になる。だから農民ならばそれは別に珍しい事ではない。
しかしこのラウム周辺ではそれほど大規模な畑は存在しない。
周囲を森に囲まれたこの街は、穀物を育てるのには向いていないからだ。
食料の一部はほぼ輸入に頼っており、特に麦や米と言ったものはほぼ百パーセント輸入品になる。
そんなこの街で藁を用意するのは、ある意味難しい。
しかもそれを大量に積み込み、運び出すとなると、目につくのは無理もない。
だが藁は視線を妨げるし、空気も通る。
大量に積んでも重さはそれほどなく、圧死する危険性も少ない。
中に人を隠して門を通り抜けるには、最適な荷物と言える。
「それ! その荷車、どっちにむかった?」
「ん? 確か南の街道へ進んでいったけど――」
「それはいつ?」
「いまから一時間ほど前かなぁ」
「ありがとう!」
この街は東西に門がある。そしてそこから南北へ街道が分かれ、各地へ向かうようになっていた。
ここは東門で、このまままっすぐ行くと聖樹国フォルネウスへと向かう道に出る。フォルネウスは世界樹教の総本山がある国であり、大陸最大の国でもある。
その途中で南北に分かれるが、そちらはやはり宗教の総本山に比べて人通りは少なくなる。
人目を避けて道を逸れるには、こちらの方が簡単だろう。
俺は門番に礼を告げ、街の外へ飛び出していった。
門番は、一人で町の外に出るのは危険だと、止めようとしていた様だが、今はそれどころではない。
街道を数十メートル進んだところで南北に分かれる道に出る。ここから街の門までは視界に入っているので、それで門番も行き先を知ることができたのだろう。
視線を下げて痕跡を探そうとするが、さすがに人通りが少ないと言っても皆無ではない。
すでに何台かの馬車が通り過ぎたらしく、轍の跡を調べるのは難しい状況だった。
「さすがに跡を追うのは無理か」
もっとも手が無いわけではない。
街道上の痕跡を追うのは無理でも、街道脇の痕跡を発見することはできる。
街道を逸れて森に入ったのなら、その跡が必ず残されているはずだ。
しかも相手は重装をした兵士ばかり。ミシェルちゃんの家で痕跡を消さなかったところを見ると、そういった作業に向いてない連中なのだろう。
ならば今回も、痕跡を消すような慎重さは発揮していないはず。
案の定、門番の視界から外れてしばらくした辺りで、街道脇の木の枝が不自然に折れている場所を発見した。
その地面を調べてみると、生い茂った草の下に、しっかりと轍の跡が残されている。
「潰れた草の汁がまだ乾いていない。通ったのはそんなに前じゃないな」
車輪に押し潰された草は、まだ乾ききっていなかった。
抉れた土も乾燥していないため、標的がここを通ったのは、それほど前じゃないとわかる。
あとはこの痕跡を見失わないように進んでいけば、追いつく可能性は高い。
街道脇はさすがに静かに道を外れたようだが、それ以降は全く痕跡を隠そうとはしていなかった。
俺は地面に顔を寄せるまでもなくその痕跡を見つけ出し、ほとんど駆け足に近い速度で後を追うことができていた。
しばらく森の中を彷徨ったのち、進行方向に小さな小屋を発見する。
どうやら猟師が風雨を凌ぐために使う小屋らしく、外からでも雨さえ防げればいいという程度の粗末な造りが見て取れる。
その小屋のそばには荷車が一台停められており、そばには藁が無造作に放置されていた。
運ぶ以上は大事な荷物のはずの藁を、用済みとばかりに放置している様子に、俺はこの荷車が標的であると確信する。
周囲に人の姿はなかったため、気配を消しつつ荷車に近寄っていく。
調べてみたところ、間違いなくミシェルちゃんの家で使用していたものに間違いない。
荷台には小さく血痕も残されていた。
「怪我、あまり深くないようだから安心した、かな?」
もし致命傷に近い傷を受けていたのなら、荷台に血溜まりに近い出血跡が残されていたはずである。
少量の血しか残っていなかったことで、俺はひとまず息を吐き出し安堵していた。
だからと言って、これからも安全とは限らないのだが。
荷車の高さを利用して、俺は小屋の屋根によじ登った。
小屋には窓も存在したが、落とし窓の形式だったため、開くとこちらの存在がバレかねない。
それに小屋の規模も小さいため、窓を開く行為ですら目立ってしまう可能性もあった。
隙間から差し込む光量の差で気付かれてしまう。
そこで作りの粗雑さに期待して、屋根から隙間を探すことにしたのだ。
幸い俺の身体は小さく軽いので、よじ登る行為できしむ音を立てずに済んだ。
板屋根はそこかしこに木の節が残されており、そこが抜けて穴が開いている場所も、数か所あった。
俺は静かにそこから中の様子を探る。
「まったく、まさか俺たちがこんな仕事をするとはな」
中からそんな声が聞こえてくる。
薄暗い室内はランタンによって照らし出されていたため、人相を確認することは問題なくできた。
小屋の隅に転がされていたおじさんの姿。そしておばさんも縛られて転がされている。
おじさんは口から血を流しており、ときおり咳をするたびに血を吐いている。
ひょっとしたら内臓をどこか傷めているのかもしれない。だとすれば早く治療する必要がある。
「言うなよ。どうせ俺らじゃあ出世は無理なんだからよ。こういう汚れで小銭を稼がにゃ、やっていけねぇ」
「せめて防衛戦に参加できてりゃなぁ。外回りの第二中隊の連中、今じゃ人気者なんだぜ?」
「その代わり、俺らは安全だったじゃねぇか」
「ゴブリン程度なら、屁でもねぇよ」
小屋の中には他に三人の男の姿がある。
俺に見覚えはないが、会話の内容からすると、活躍の場を逃した騎士崩れらしい。
なんにしても、救出目標が確認できただけで、まずは良しとしよう。
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