第356話 救出開始

 屋根の上で気配を消しながら、俺はおばさんたちを助け出す機会を探る。

 中にいる男は全部で三人。一見した立ち回りからすると、正面から俺が戦っても、余裕で勝てる程度の力量だ。

 しかし怪我をしたおじさんや、拘束されたおばさんが人質になっている以上、下手な手出しをしたら彼らの命が危ない。

 仕掛けるなら一気呵成に、かつ、おばさんたちの安全が完全に保証されるタイミングでないといけない。


「にしてもよぅ、こいつら生かしておく必要とかあるのか?」

「あん? ミシェルってガキを捕らえる人質なんだから、必要に決まっているだろ」

「でもよ。どうせならそいつを捕まえちまえばよかったんじゃねぇか?」

「いなかったんだから、仕方ねぇだろ。それにガキだからって甘く見るな。尖塔の上から市外を狙撃できるバケモノだぞ」


 そこまで聞いて、男の一人が唾を吐き捨てる。

 おばさんに近付いていくと、苛立たしそうにその身体を蹴りつけた。


「ぎゃっ!?」


 おばさんは悲鳴を上げて、おじさんのそばから蹴り飛ばされる。

 位置が離れてしまって、奇襲するには悪い状態になった。


「まったく、手間かけさせやがる!」

「やめとけ。そいつを殺しちまうと、そのガキの矢がこっちに向くことになるんだぞ」

「親の身柄を盾に服従させるのか。俺たちも落ちぶれたもんだ」

「仕方ねぇさ。俺たちの腕じゃ一旗揚げるのも難しい。ゴブリンどもが第二中隊に持っていかれたのも、実力が無いからだ」

「機会さえあれば、俺だってよぉ!」


 そこで男は、今度はおじさんを蹴りつける。

 怪我をしていたおじさんは受け身すら取れず、まともに蹴りを受け、血を吐いていた。

 だが意識はすでにないのか、悲鳴は漏れてこない。


 ここで俺は状況に付いて考えた。

 この状況で踏み込んでも、おばさんたちを危険に晒すだけだ。しかし、おじさんの容態はかなり悪そうに見える。

 コルティナかマクスウェルが駆けつけてくれるのを待つと言う手もあるが、その場合、容体が悪化する可能性もある。


「……一刻も早く治療するためには、俺が始末した方が早いか?」


 だがその場合、正体を隠さないと生け捕りにするのが難しくなる。

 ニコルのまま異常な戦闘力を発揮するのを見せてしまっては、不要な疑惑を持たれてしまいかねない。


「レイドに変化すれば問題ないが、服がなぁ」


 今の俺は学院の制服を着たままである。

 この姿でレイドに変化してはさすがに変態だ。まあ、いざとなったら、それどころではないだろうが。


「おばさんの意識があるのも問題か。それにしても――」


 俺は再び視線を下に向ける。そこでは男がもう一度おばさんを蹴りつけ、気絶させていたところだった。

 無体な真似を、といつもなら憤るところではあるが、今回に限って言えばありがたいとも言える。

 奴らは自ら目撃者の意識を断ち切ってくれたのだ。


「だからこそ、三下だったのかもしれないけどな」


 目撃者がいなくなったのなら、遠慮する必要はない。

 できるだけ音を忍ばせて俺は服を脱ぎ捨てて畳んでおく。

 そしてあまりの巻物スクロールを使用して、レイドへと姿を変えた。


 身体が溶けるような苦痛が全身を苛むが、歯を食いしばって悲鳴を堪える。

 この痛みも何度も経験したおかげで、かなり慣れてきている。それでもやはり、耐えきるのは難しかった。

 がりり、と拳を握りしめた拍子に屋根の木板を引っ掻いてしまい、その音が中にも伝わったようだ。


「うん、何の音だ?」

「どうかしたか?」

「いま屋根の上で何か……」

「鼠でも屋根に上ったんじゃねぇか? この森の中だぜ」

「一応確認してこい。ひょっとしたら娘がつけてきたのかもしれん」

「いくらなんでも、ガキにそこまでの追跡能力があるかね?」


 そんなことを言いながらも、ブラブラと扉へ向かう男。

 これはある意味、好機と言える。

 まだ痛みでフラフラする頭を堪え、俺は屋根の端へと移動する。武器である手甲を召喚したところで眼下の扉が開く。

 そして扉から出てきた男の頭上めがけて飛び降りざまに一撃を加えた。


「んぁ? けぴっ」


 肘を頭上に叩きつられ、男は悲鳴も上げず奇妙な声を漏らして崩れ落ちる。

 こいつらには黒幕が誰かを話してもらわねばならないため、殺してしまうわけにはいかない。

 不意に登場した俺に、残りの二人は状況が呑み込めず、呆然としていた。


「なっ……なんだ、この変態は!」

「変態ちゃうわ!?」


 思わず叫び返してしまったが、男たちの感想も無理はない。

 全裸に手甲だけ着けた男が屋根から飛び降りてきたら、誰しもたじろぐだろう。俺だってさすがに怯む。

 だが現状では相手の事情など知ったことではない。

 俺はたじろぐ男たちに向かって肉薄し、その腹に膝蹴りを見舞う。


 男が不意を突かれたのもあるだろうが、俺の加速も半端なものでは無かった。

 操糸を使った身体能力強化と、強化付与エンチャントの魔法。

 そして何より、それらの強化に耐えきれる肉体。


 これらが重なり合い、俺の身体はまさに目にも留まらぬ速度で小屋の中を駆け抜けたのだ。

 無論、こんな場所で不正に手を染めるような輩が、対応できるはずもない。

 一人はまともに膝蹴りを受け、受け身も取らず吹っ飛んでいく。

 そしてその男が壁に叩きつけられるより先に、俺はもう一人の首筋に手刀を打ち込んでいた。


「なっ、消え――」


 そう口にした直後に手刀を受け、気絶する男。

 誰一人起きている者がいなくなった小屋に、全裸でたたずむ俺。


「――服、着よ」


 そう呟くと、さっそく気絶させた男たちから、衣服を剥ぎ取り始めたのだった。

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