第357話 昔の身体能力

 男たちを全員全裸に剥ぎ取り、その手足をミスリル糸で縛り上げていく。

 この糸で縛られていることで、コルティナには誰がこれを行ったか一目でわかるはずだ。

 それと、男の身包みを剥いでいてわかったことだが、やはりこいつらは正規兵の服を着ていた。

 騎士服ではないので、おそらくはどこかの騎士に連なる従卒かなにかだろう。


「となると、やはりどっかの貴族が黒幕になるか。マクスウェルも大変だ」


 三人とも身包みを剥いでおいたのは、一人だけだと不公平感がしただけである。

 服を剥ぎ取っている最中で、小さな布袋ががシャリと重々しい音を立てて落ちた。

 袋を開けてみると、中には金貨が数枚詰まっていた。


「せいぜい役人の月収程度か。それでこんな泥をかぶるとは、ドジを踏んだな」


 金貨は三枚もあれば、平均的家族が一か月暮らせる程度の価値はある。

 それが軽く見積もっても十枚は入っている。

 それだけの金で未来を棒に振るとは、なんとも度し難い話だ。


「もう少し金を積んで正規に交渉でもしにくれば、まだ救いもあったろうに」


 もっともまだ子供のミシェルちゃんでは、金の価値を量り切れずに断ることは明白だろうが。

 更に袋の底には小さな紙片も入っていた。


「ん、これは……念書か?」


 その紙片にはミシェルちゃんの身柄を確保すれば、さらに倍の金と騎士の身分を約束する旨が明記されていた。

 そしてその念書を書いたのは――


「リッテンバーグ。またこいつか」


 コルティナの援軍要請に横やりを入れた貴族。

 マクスウェルと同じく元王族に連なる貴族で、侯爵としてはヨーウィ侯爵よりも上位に位置する。

 その血統の良さゆえに、あちこちに口を出しては事態を混迷に導いている。


「もはや害悪だな。ティナの足を引っ張ったことも許せん」


 コルティナに対する嫌がらせも許せないが、ミシェルちゃんに直接害を与えに来たことも、もはや看過できない。

 おばさんたちを確保しようとしたのは、おそらく仮にミシェルちゃんを配下に入れても、裏切りを恐れたため、保険を用意したかった側面もあるのだろう。


「リッテンバーグの屋敷は確か……王城の隣に隣接する場所にあったな」


 ぐしゃりと紙片を握り潰してその場に投げ捨てる。

 この紙もこいつらの悪事の証拠として没収されるべきだ。

 しかしそれだけでは――足りない。


「血統ゆえに、こいつは大した罰を受けるわけじゃない」


 王家に連なる大貴族が、一般市民にちょっかい出したところで、大した罪に問われない可能性がある。

 むしろその可能性の方が高い。

 マクスウェルが牽制を入れるだろうが、しょせん王族を離れ、貴族のしがらみとも離れた老人だ。

 六英雄と呼ばれるだけに発言力はあるが、一国家の重鎮に対し過剰な干渉は、やはりできない。


「ならば――」


 こういう連中に容赦なく手を下してきたのが、前世の俺だ。

 こいつにも俺の恐ろしさを味わってもらうとしよう。





 小屋はそのままではいつ見つかるかわからないので、屋根の上で狼煙を上げて目印をつけておいた。

 ミシェルちゃんから連絡を受けたマクスウェルが目にしたら、駆け付けてくれるだろう。

 おじさんにも俺が軽治癒キュアライトを掛けておき、応急処置をしておいた。

 これで命の危険は無くなったはずである。


 屋根の上に残してきた制服を回収し、俺はマクスウェルの元へ駆け戻っていた。

 俺が現れれるということは、ニコルが消えるということでもある。

 そのつじつまを合わせてもらうためには、あの爺さんの力が必要だ。


 強化付与エンチャントと操糸の強化で風のように森の中を駆け抜ける。

 首都に向かって一直線に突っ走り、高い街壁に糸を飛ばして一息によじ登っていく。


「……これは、ありえんだろ?」


 できるとは思っていたが、ここまで易々とこなせるとは思わなかった。

 先ほど森を駆け抜けた速度も、尋常じゃない。

 ニコルの非力な身体を扱うことに慣れてしまって、強靭な前世の身体を強化するとその性能の高さに驚かされる。

 前世の身体は非力だと思っていたが、今世のそれに比べると、やはり比べるべくもない。


 元々非力だが敏捷な体質だったが、それが強化によってさらにトンデモ無い領域にまで昇華されている。

 十メートルを超える街壁を一瞬で登りきるなど、前世の俺でもできなかったことだ。


「これ、ひょっとしたら糸なしでも登れたんじゃないか?」


 今着けている手甲には、壁登りのための鈎爪が取り付けられている。

 これがあれば糸がなくとも、身体を支えることができるだろう。

 それに今の敏捷性……一瞬でも足場を得ることができれば、そのまま次の跳躍に移ることができる。

 それを繰り返せば、この壁程度なら飛び越えることができそうだった。


「これ、俺の身体、扱いきれるのか?」


 この身体と能力ならば、ライエルすら手玉に取れるような気がする。

 確かに奴は頭抜けたタフネスを誇るが、それも苦にしないほどの速度が出せている気がする。

 今なら……と考えたところで思考を切り替える。


「っと、今はそれどころじゃないな」


 今度は糸を壁に掛けて一気に飛び降りていく。

 もちろんそのまま着地したら、俺の身体でもダメージを受けてしまう。

 そこで糸を使って着地寸前に減速して、事なきを得た。


 幸いその場面を目撃された様子はない。というか、人目がないことを確認してから行動している。

 続いて跳躍して民家の壁を一蹴りし、反対側の民家の屋根に登る。

 そのまま屋根伝いに、マクスウェルの屋敷に向かって移動を始めていた。


 その速度は明らかに前世の俺よりも早い。

 いや、人間の領域を超えているかもしれない。

 日中だというのに、俺の姿を視認できた通行人すらいない。

 さらに屋根から屋根へ飛び移る際も、十メートルを超える距離を苦もなく飛び移っていける。


「この能力……夜までには慣れておかねばいけないな」


 今からなら深夜を明け方の前くらいまでは変化ポリモルフが持つはずだ。

 それだけあれば、屋敷に忍び込んでリッテンバーグに制裁を加える程度の余裕は充分にある。


 進化した自身の能力に、俺は知らず凶悪な笑みを口元に浮かべていた。

 この力をまずは、身の程知らずな貴族にぶつけてやるとしよう。

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