第358話 許可
時間はすでに夕刻に差し掛かろうかという頃合いだ。
この時間ならば雑務を抱えるマクスウェルは、学院に残っている可能性が高い。
ミシェルちゃんの報告を受け、爺さんがどう動くかが不安要素ではあるが、コルティナほどフットワークが軽くはないだろう。
同じ六英雄でも、コルティナは権力を持たない平民であり、マクスウェルはかつての国の重鎮だ。その立場の違いは大きい。
俺が学院に到着すると、案の定コルティナが数名の教員を連れて、学院を飛び出していくところだった。
教員は衛士ではないが、戦力にはなる。それを期待して連れて行ったに違いない。
人さえいれば、彼女の能力は存分に発揮できる。
対するマクスウェルは、執務室に座って書類を捌きながら指示を飛ばしていた。
とにかくコルティナを先行させることで時間を稼ぎ、自身は本隊を率いて事を収めるつもりなのだ。
「とにかく、どこかの貴族が動いている可能性がある。コルティナが時間を稼いでいる間に、ヨーウィ侯爵と城に連絡を。それからホールトン商会にも人を。あそこもミシェル嬢とは関係があるからな」
「はい、わかりました!」
「ニコルも発見次第、護衛をつけるのじゃぞ」
「了解です!」
マクスウェルの指示を受け、数名の職員が執務室を飛び出していく。
その隙を見て、俺は窓からマクスウェルの背後に忍び寄った。
「よぅ、忙しそうだな」
「ぬぉっ!? な、なんじゃレイドか……脅かすでないわ」
「人目につくと色々あると思って隠れてきたのに、ご挨拶じゃないか」
「どうしたんじゃ、そんな恰好で?」
マクスウェルが指摘するのも無理はない。
俺の今の格好というと、かつての男の姿にこの国の兵士が着る正規兵の制服である。少々足元が短く感じるが、そこは誤差の範囲だろう。
これは男の服がなかったから仕方ないと言えるのだが、俺をよく知るマクスウェルからすれば、違和感のある格好だ。
特に、イリーガルな俺と正規兵の服という取り合わせが、まずありえない。
「さっきの様子だと、すでに連絡は来ているんだろう? ミシェルちゃんの事件だよ」
「む――まさか、おぬしがもう?」
「ああ。実行犯は街を出て南に行ったところにある猟師小屋に潜伏していた。犯人は気絶させた後、縛り上げて転がしてある。全裸で」
「それは何とも酷いな。それにしても、敵に容赦せんお主が生かしておくとは珍しい」
「その方がお前も都合がいいと思ったんだよ。それと……許可をもらいにな」
「許可じゃと?」
興味深そうにこちらを見やるマクスウェルに、俺は執務机の正面に回ってそこの椅子に座り込む。
そして経験した一件を説明して見せた。
「両親を盾にして配下に加えるというのか。そんな真似をしても忠誠など得られんじゃろうに」
「そうだな、いつ後ろから狙われてもおかしくない。だがそれを実行したということは……」
「裏切りを防ぐ、何らかの手立てがあるということかの?」
「おそらくは奴隷なんかに使う例の『首輪』でも使う気だったのかもしれないな」
「隷属の首輪か。ご禁制じゃなぁ……それがリッテンバーグの屋敷から出れば、言い逃れはできんじゃろう」
「だろうな。だが今回のことに至っては、それが発見されるまで放置するつもりはないぞ」
「ぬ――?」
俺の言葉を聞き、マクスウェルは俺が何をしようとしているか、悟ったらしい。
リッテンバーグの粛清。つまり、暗殺者レイドが再び活動するということだ。
「まあ、わしの意向をこうまで無視されて、しかも市民に害を加えたというのなら、わからんでもないが……」
「それも俺の仲間を、だ。見逃せるはずもないだろう?」
「うぬぅ……ワシとしては正規の手段で事を収めたかったのじゃが」
「爺さんの立場ならそう考えるだろうよ。だからこうして許可を取りに来たんだ」
半ば公的な立場を持つマクスウェルなら、できる限り法に
特にリッテンバーグほどの大貴族になると、周囲を納得させる罪科を公表する必要性もあった。
しかし逆に言うと、大貴族でもある奴はその命を救われる可能性が高い。
実権を奪われるのは確実だろうが、下手をすればどこかの僻地に隠居させられて終わる可能性だってある。
ミシェルちゃんに手を出したというのに、のうのうと楽隠居など、俺が許せるはずもないかった。
「はぁ……まあこうなるとワシが言ってもおぬしは聞かんじゃろう?」
「まぁな」
「いつやるつもりじゃ?」
「今晩にでも」
「早いな。いや、こういうのは迅速さが必要か。わかった、ワシとコルティナはその時間にアリバイを用意しておくとしよう。ああ、ついでにマテウスもな」
「そうしてくれ」
無駄な猜疑心を向けられぬように、マクスウェルがそういう行動を取るのも想定内だ。
マテウスも、爺さんの懐刀として知られつつあるため、この一件に絡んでいると思われるのはまずい。
そこで奴も連れてアリバイを用意してくれるのは、俺としてもありがたい。コルティナが変な目で見られずに済む。
マクスウェルに了解を取ったことで、俺は今夜の準備に入るため、部屋を出ようとした。
しかしマクスウェルは俺を呼び止めた。
「待て待て。おぬしにはまだ知らせておかねばならんことがある」
「知らせるって、なにかあったか?」
「おぬしが持ち帰ってきた病毒のことじゃよ」
先に俺……というかクラウドが発見した粘液入りの袋。それについての詳細がマクスウェルの元に上がってきていたらしい。
「例のディジーズスライムの欠片じゃがな」
「ああ、あの流行り病の?」
「うむ。非常に珍しいモンスターじゃ。その辺りから犯人の足取りがつかめんかと思って調査させておったのじゃ。じゃが、ラウム近辺ではここ数年でも発見された形跡はない。各冒険者ギルドにも報告をさせておるが、どこも似たような返事しか返ってこん」
「よくわからん」
「あの病毒の仕入れ元が不明ということじゃよ。希少種だから発見例が極端に少ない。十五年だか二十年ほど前に北部で目撃されたという例はあったが、討伐まではされておらんかった」
「その時の物を保存していたという可能性は?」
「無論あるじゃろうが……こんな限定的な使い方のために残しておくというのも、おかしな話になるぞ」
「ふぅん……まあいい。俺はそっち方面はかなり疎いからな。とりあえず今は、目の前のボケ貴族の処理だ」
「はぁ、わかっておるじゃろうが、『穏便』にな?」
マクスウェルが心配しているのは、俺が屋敷の人間を皆殺しにしないかどうかだろう。
やろうと思えばできるだけに、その危惧は当然と言える。
しかし俺だって殺人鬼ではない。俺個人の主張ではあるが、義によって誅殺する以上、無関係の人間は巻き込まないのがポリシーだ。
マクスウェルに俺は一つ頷き、無言で部屋を出る。
少ない被害で侵入するためには、いろいろと前準備が必要なのだ。
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