第594話 最前線へ

 俺が転移した先は、ストラールの街の冒険者ギルドだ。

 ここを選んだのは、この場所が最も情報が集まる場所だから。ガドルスの宿も情報はよく集まるが、さすがにここほどではあるまい。

 だが、ギルド内には冒険者の姿がほとんどなく、残っていた職員も右往左往していた。


「ニコルです、今ラウムから戻りました! 土煙が見えましたけど、どうしたんですか?」


 俺は職員の一人を引っ掴まえ、事情を聴く。

 急に襟首をつかまれた女性職員は、『クエッ』と変な声を上げて驚いていたが、俺の顔を見てホッとした表情を浮かべた。


「ニコルさん、戻ってきてたんですか! よかった、実は北門で襲撃がありまして、冒険者の方々は皆そちらに向かわせました」

「この街を襲撃? 何の利があってそんな真似を……」

「利とか得とか、そういうのは関係ないでしょうね。襲撃してきたのは魔神ですから」

「魔神!?」

「ええ。この世界とは違う世界より来訪した、異界の侵略者。この世の損得では動きません」


 召喚魔法やちょっとした世界の割れ目などから、こちらに侵入してくる魔神。その種類は多種多様に渡るが、共通しているのはこの世界に大きな影響を与えるということだ。

 その最たるものが、人類の敵として暴れ回る種の存在。


「危険な魔神じゃなければいいけど……」


 多種多様なだけに、その強さも多岐に渡る。一冒険者で対応できるような魔神から、前世の俺が殺された魔神まで。

 そして一説によると、あの邪竜コルキスですら、召喚された魔神の一種であるという説もあった。


「弱い魔神でないことは確かなんです。三メートルを超える巨体に、大剣を二本携えた化け物らしいですよ」

「なんだって!?」

「こんな状況なのに支部長はいないし、どうしたらいいかと悩んでたんです!」


 その情報だけで、俺には充分だった。

 間違いない、敵はあの双剣の魔神だ。俺の死の原因となった時。そしてベリトで二体。

 だというのに、またしてもこの街に姿を現した。ここまで同じ魔神に出会うというのは、もはや因縁といってもいい。


 だが、ことはそれだけでは済まない。この街に襲撃を掛けてきたのなら、その対応に出るのは、この街の冒険者だ。

 はっきり言って、この街の冒険者はそれほど強くはない。

 あの魔神の相手をできるほどの技量を持つものは、はっきり言って存在しない。

 この街の二番手の冒険者であるマーク、ジョン、トニーの三人ですら、とても対処できないだろう。


「ガドルス様が今対処に向かってますが、とにかく人手が足りなくって。先ほども外壁が破られたと情報が入ってきまして、現場はかなり混乱しているようなんです」

「そりゃ、そうか……でも支部長がいないっていうのは?」

「あの人はよくどこかへ姿を消しちゃうことがあるんで、詳しくは……ああ、もう、肝心な時にいないんだから!」

「なら、私が現場の指揮を執ります!」


 俺たちの話を聞き、エリゴール王女が気炎を上げた。

 もっともそのために連れてきたのだから、張り切ってもらわねば困る。


「わかった、ついてきて!」

「はい!」

「に、ニコル様、その魔神って……」

「フィニアは……ここで待っていた方がいいかも」


 彼女はトラウマと言っていい恐怖を、あの魔神から受けている。

 現場に駆けつけて、その姿を目にしたら、混乱してどんな行動を取るかわからない。

 しかし、フィニアは頑として留守番を拒否した。


「ニコル様が行くなら、私も一緒に行きます。それに治療するためにここまで来たのですし」

「それは、そうなんだけど……」


 とはいえ、あれから二十五年が経っている。すでにトラウマを克服している可能性だってあった。

 それに彼女の意思がここまで固いなら、俺が口出しするまでもないかと、即座に考え直した。


「わかった。でも危険な相手だから、絶対指示には従ってね?」

「はい!」

「エリィも」

「もちろんです」


 最も現場で指揮するのは彼女なので、俺は彼女の裏方に回る必要があるだろう。

 そうとなれば、早く北門に向かおう。

 俺は冒険者ギルドから飛び出し、北門へ向かったのだった。




 北門周辺の情勢は、目を覆わんばかりに酷かった。

 街を守る外壁は崩れ落ち、門も粉々に砕かれていた。

 そこかしこに怪我人が倒れており、うめき声をあげていた。中にはすでに息絶えた冒険者もいる。


「これは……フィニア!」

「は、はい!」


 俺と同じく呆然としていたフィニアは、俺の呼びかけで我に返り、即座に治療魔法を飛ばし始めた。

 俺は近くにいた、別の冒険者に尋ねる。


「ここの統率者は!?」

「そんなの、もう死んじまったよ!」


 いつもはおちゃらけた態度を取る冒険者が、険しい声で俺に返す。

 それほどに、今の状況は厳しいということなのだろう。


「ガドルスは?」

「ガドルス様ならあっちで魔神を引き留めてくれている。でもそれで精いっぱいだ! おかげで、これ以上街に入られるのを防いでくれてるんだ……」

「くそ、誰か指揮してくれりゃ、俺たちももうちょっとは纏まれるんだが」

「わかった、エリィ!」

「はい!」


 エリィはすぐさま、近場のがれきの上によじ登る。そこで彼女は大声を張り上げた。


「皆さん、私はエリゴール三世です! 今この街に着きました。指揮者がいないということなので、今から私がこの場の指揮を執ることにします!」


 その声は日頃のどこかマイペースな声ではなく、高く、その場に響き渡る大音声だった。

 周辺に響き渡る声に、魔神に撃ち掛かっていた冒険者たちも、一瞬その動きを止めた。

 それは一歩間違えれば致命傷になり得る危険な動きだったが、そこは最前線で敵を抑え込んでいたガドルスがフォローする。


「まずガドルス様、そのまま敵の攻撃を支えていてください! 右翼の冒険者さんは、大剣の動きに注意しつつ攻撃! 左翼の人たちはそのまま横に展開して背後からお願いします!」

「おお!」


 意外としっかりとしたエリゴール王女の指揮に、冒険者たちも気勢を上げる。


「私も前線に出ます! 皆さんはフォローをお願いします!」

「やめてくれぇぇぇ!?」


 続く一言に、冒険者たちから悲鳴が上がった。

 もし王女の身に何かあれば、その罪はこのストラールの街全体に降りかかりかねない。


「お願いだから前に出ないで! 姫様はポンコツなんだから!」

「な、なんですってぇ!?」

「うっかり怪我されたら、俺たちの責任になるんですよ!」

「くそ、姫様が本気で前に出る前に片付けるぞ!」

「おう!」

「なんだか、俺がハッパをかけるまでもなく、士気が上がったな」


 ぼそりと呟いたのは、魔神の攻撃を愛用の大盾で受け止めているガドルスだ。

 この場で魔神の足を止めることのできる、唯一の存在。しかし状況はさらに悪化する。

 崩れた外壁の向こうから、更に二体の魔神が姿を現したからだ。


「援軍だと!?」

「しかも二体……合計三体」


 ガドルスと冒険者から、絶望の声が上がった。

 俺も、絶望的な気分になる。しかし、今の俺はあの頃の俺ではない。それにガドルスもいる。

 ならばここは、怖気づいている場面ではないはずだった。

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