第593話 到着前の騒動

 エリゴール王女を連れたストラールへの旅は、決して順調とは言えなかった。

 彼女は事あるごとにトラブルを巻き起こし、その解決に奔走させられたからだ。

 しかし彼女に悪気があるわけでもなく、すべてが不注意というわけでもなく、まるで巡り合わせが悪かったかのようにトラブルが寄って来る様は、まるで呪われているかのように思えた。

 そんな旅路も残りわずか。街道をあと数時間も歩けばストラールの街に到着する。

 そんな段階になって、俺は妙な物を発見した。


「ん? あれ、なんだろ?」

「どうしたの、ニコルちゃん?」

「うん、ほら、あれ」


 俺は進行方向を指さした。

 幌付きの馬車は御者台と出入りできるように縦方向には幌がかかっていない。つまり進行方向と後ろは視認することができるようになっていた。

 馬車の進行方向には、森の木の陰からすでにストラールの城壁が見え隠れしており、あとわずかで到着することが見て取れる。距離にして十数キロといったところだろうか。

 問題はその間にある街道を、ものすごい勢いでこちらに向かってくる騎馬の存在である。


「騎馬、でしょうか」

「エリィ、またなにかした?」

「し、失礼な! いくら私でも、辿り着いてない街で騒動は起こせません!」

「着けば起こせるんだ……?」


 ツッコミつつも、前方からの騎影を無視するわけにもいかない。数は一騎のみなので戦闘になればこちらが有利だが、警戒態勢は取る必要があるだろう。


「フィニア。念のため、ミシェルちゃんと交代して。戦闘になったら、随時補助魔法をお願い」

「わかりました。ミシェルちゃん」

「はぁい」

「ミシェルちゃんは幌をまくり上げてどの方向にも撃てるようにして待機」

「わかったぁ」


 フィニアと俺の言葉に、やや気の抜けた声を返すミシェルちゃん。だが、この暢気な声が俺たちの肩に過剰に力が入るのを防いでくれる。

 そして俺の声に反応して、クラウドも背負っていた盾を構える。剣をまだ抜かないのは、騎影が敵でない場合、無駄な緊張感を与えてしまうのを防ぐためだ。

 剣を構えることで相手がこちらを敵と認識し、無用な戦闘に突入してしまう可能性もある。


「敵は一騎だけだけど、油断はしないで。周囲に伏兵の気配はないけど」

「了解。つまり『あれ』だけを注意すればいいんだな」

「私はどうしましょう?」

「エリィはこちらの指示があるまで馬車の中で待機。できれば顔も隠しておいて」


 エリゴール王女は、市民にも顔を知られている有名人だ。そしてその人気は、この遠いストラールの街まで届いている。

 顔を知られることで、厄介ごとが向こうからやってくることは、充分にあり得た。

 そうやって準備を整えているうちに、騎馬の姿は目前まで迫っていた。


「あ、あのー」


 近づく騎影に、俺は事情を聴くべく、声を掛ける。

 しかし騎影はその足を止めることなく、こちらの馬車のすぐ横を駆け抜けて行く。

 決してこちらの声が届いていなかったわけではない。その証拠に、すれ違う時に、『御免、危急にて!』と返事を残していったくらいだ。

 むしろ急いでいる時に『どけ!』という罵倒ではなく、丁寧に言葉を返していったのだから、実に誠実な対応だったと言えよう。


「まぁ、トラブルがなくてよかったかな?」

「でも、なんだろね? すっごく急いでたみたいだけど」

「見たところ、伝令兵のようでしたね。街で何かあったのでしょうか?」

「伝令兵? この方角だと王都ラウムの方面だけど――」


 そこまで口にした時、ストラールの方角からズンと重い崩落音が聞こえてきた。

 爆発音ではなく、崩落。つまり何かが崩れ落ちる音だ。

 それが十キロ以上離れたこの場所まで響いてくる。それだけで、なにか重大な事件が起こったと推測できる。


「な、なに!?」

「ミシェルちゃん、見て! 土煙が街で!」


 この場所から視認できるほどの土煙。それほどの何かが崩れ落ちたということか。

 土煙の手前には街の建物が見える。ということは、何かが崩落したのは、こちらとは反対側ということになる。


「たいへん! ニコルちゃん、急ごう!」

「うん、だけど……」


 ここから街まで十キロ以上。どれだけ馬車を急がせても、三十分は掛かる。


「しかたない、わたしが転移テレポートで先行してくる!」

「ニコルちゃんが、一人で?」

「し、心配なのはわかるけど、その方が早く着くから」

「待ってください! 私も行きます!」

「フィニア?」


 俺の言葉を聞き、フィニアも一緒に行くと主張し始めた。

 その目を見ると、俺だから一緒に行くと言い出したわけではなさそうだ。


「あれほどの崩落……倒壊現場なら怪我人もかなり出ているはずです。ニコル様だけより、治癒魔法も使える私が同行した方がいいかと」

「なるほど。ならフィニアも――」

「でしたら、私も一緒に行きますわ」

「ちょ、エリィまで!?」

「現場が混乱しているのなら、明らかに身分が上の者の指示があった方がいいでしょう。もちろん邪魔になるようなら大人しくしてますから」


 言われて、わずかな時間、思案する。

 もしあの崩落で現場の指導者が死亡したり怪我をしていれば、指示を出す者が必要になる。

 代わりがいるのなら問題ないが、そうでないなら混乱は長引き、被害者は目に見えて増えるだろう。

 そこに王女であるエリゴールが駆け付ければ、とりあえず彼女が指揮を取ることになり、仮初かりそめの統率が手に入る。

 そうなれば、組織だった救出活動も可能になるため、被害者が減ることは間違いない。


「わかった。エリィとフィニアを連れていく。ミシェルちゃんは悪いけど、馬車を街まで運んできて。クラウドはミシェルちゃんの護衛」

「了解!」

「わかった、急いで行くね」


 フィニアを連れていく以上、馬車の操縦はミシェルちゃんしかできない。この場に置いて行くのでない以上、彼女が残って馬車を動かす必要がある。

 それに騎馬のクラウドもついてくることができなかった。


 俺は魔法陣を描き、フィニアとエリゴール王女と手を繋ぐことで一緒に転移した。

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