第592話 夫婦合流
カーバンクルが開拓村に駆け込んだ時、マリアは教会で怪我人の手当てをしていた。
そこにカーバンクルを担いだ村人たちが、押しかけてきたのは昼前、ライエルが魔神と接触して三十分後のことだ。
「マリア様! マリア様は何処に!?」
その切羽詰まった声に、マリアは治療の手を止めて教会の入り口に向かう。
「どうしたんです、怪我人ですか?」
駆け込んできたのは数人の村人と、トロイ。そしてその手に抱き上げられたカーバンクルだった。
その様子を見て、一目でただ事ではないと判断したマリアは、その場で事情を聴くことにした。
「大剣を二本持った魔神が……ライエル様は俺たちを逃がすために、その場に留まって……」
「ライエル……あのバカッ!」
ギリッと歯を食いしばり、いつになく険しい表情で罵倒の言葉を漏らすマリア。
いつもと違うその態度に、男たちは少しばかり腰が引けるが、それでも言葉を止めなかった。
「ライエル様のあの様子だと、勝てるかどうか怪しい相手です。マリア様、どうかお助けください!」
「ええ、わかってるわ。採取に行ったのは北の山よね?」
「はい、六合目の山腹辺りです。山道があってその途中」
「いつもの採取ルートからそう外れていないわけね、わかったわ。あなた達はコルティナに知らせてあげて」
「は、はい!」
男たちに指示を出すが早いか、マリアは即座に転移魔法の魔法陣を描き出す。
本来ならコルティナと合流した方がいいのだろうが、事は一刻を争うようだったので、一人先行することにしたのだ。
マリアの支援力とライエルの攻撃力があれば、多少の敵などものともしない。
ましてや物理攻撃一辺倒の相手なら、余裕で対処できるはずだった。
描き出した魔法陣が起動し、周囲に魔力を宿した光が満ちる。
転移魔法は一度訪れた場所でないといけないという難点はあるが、今回の場合、マリアも採取に向かったことのある場所なので、問題はない。
開拓村の医療を一手に引き受けているマリアとしては、薬草の採取に頻繁に訪れている場所だ。
転移先に指定するのに、さほど苦労はない。
クシャリと視界が歪み、一瞬後には見慣れた山道に移動していた。
いつもならば、鳥や虫の鳴き声が響く山道だが、それらは一切なりを潜め、代わりに激しい剣戟の音が響いていた。
「ライエル!」
音は周囲に響いているが、大まかな方向くらいはわかる。現在の位置よりわずかに上。
この近辺にはジョーンズとゼルもいるはずだが、今は後回しと判断する。ライエルが倒れてしまっては、双剣の魔神を倒せる人材がいなくなってしまう。そしてなにより、彼はマリアにとって大事な人だ。
マリアは修道服の裾を蹴立てて、音の聞こえる方向へと走り出した。
いくつかの岩を回り込み、山道を登ると、その先でライエルが二体の魔神と切り結んでいる場面に出くわした。
ライエルはすでに大量の出血を強いられ、しかし衰えることなく剣を振り続けている。
しかし剣を握る指はすでに二本ほど折れ、両手で保持しないと持てない状態になっていた。
左の肩口も切り裂かれ、流れ出た血液が柄まで到達し、滴り落ちて血だまりを作っている。
背中も斬られた跡があり、こちらはよくぞ致命傷にならなかったものだと感心するほどに深い。
「マリアか!?」
背後に現れた人物がマリアと知って、ライエルの顔に希望に満ちた笑みが浮かぶ。
事実、ライエルの肩と背の傷が瞬く間に消え去り、指の骨も元の位置に戻って片手で保持できるようになっていた。
「すまん、助かった!」
「いいから、よそ見をしないで!」
片手で剣を持てるようになったことにより、左手が空いたライエルは、腰に吊るした剣の鞘を引き抜いて二刀流のように構える。
レイドほどの回避能力を持たないライエルは、敵の攻撃を避け続けることができない。
代わりに無尽蔵ともいえる体力で戦線を支えるのが、彼の戦闘スタイルである。
だがこの魔神の攻撃力を相手にしては、それを続けることは難しい。
ベリトでは、レイドのサポートがあったので、少ないダメージで倒すことができていた。
「やはり強敵だ。マリアも気をつけろよ」
「まかせておいて。あなたよりは相性はいいわよ?」
ライエルと斬り結ぶ魔神は、鉄拵えの鞘を盾代わりに使われ、一気に攻めあぐむようになっていた。
それを見て、もう一体の魔神がライエルを回り込むようにしてマリアの方へ迫ろうとする。
「
ここで、マリアが持つ最も強力な防御魔法を発動させた。
あらゆる物理的攻撃も、魔法的攻撃も遮断する結界魔法。しかし消費の激しいこの魔法は、頻繁に利用できるものではない。
しかも発動している間は、マリアは一切の行動ができなくなる。
しかしこれにより、ライエルは残る一体に専念することができるようになっていた。
鉄製の鞘を盾代わりに使い、魔神の斬撃を受け止め、弾き返し、押し返していく。
「手早く済ませて。長くはもたないわ」
「承知。悪いな魔神よ、付き合っていられなくなった!」
その言葉に応えるかのように、剣を振り下ろす魔神。しかしその剣はライエルの一撃によって、あっさりと弾き返された。
もしこの場面をレイドが見ていたのなら、再び彼の劣等感が刺激されたことだろう。
それほどに魔神の斬撃は重く、それを弾き返したライエルの一撃は非常識だった。
振り下ろしの一撃を逆方向に跳ね返され、仰け反る体勢になってしまった魔神。対してライエルは下から剣を振り上げたおかげで、剣を振りかぶったような体勢になっていた。
「ぉらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
絶叫とともに、剣を振り下ろす。その一撃は魔神の胸元にぶち当たり、みぞおちから下にかけて斬り裂いていく。
腹から下を両断されては、いかに魔神といえど致命傷になる。
がくりと膝をつき、しかしそれでも反撃の一撃を打ち込むべく腕を持ち上げた。
しかしライエルはそれを許さず、鉄拵えの鞘をその顔面に叩き込む。
ライエルの膂力で鉄の塊のような鞘を打ち付けられ、山羊の頭が歪にひしゃげる。
その場で一回転し、地面に叩きつけられた魔神は、今度こそ息絶えた。
「ふぅ……」
額の汗を拭い、一息入れるライエル。だがそこにマリアの声が飛んだ。
「悪いけど、そっちが片付いたのなら、早くこっちもお願い」
「あ、はいはい」
「ハイは一回」
「はい、フィーナが生まれてからきつくなってないか?」
言いつつも剣を構えるライエル。同時にマリアの
ようやく自由になった魔神は、怒りの声を上げてマリアに迫ろうとするが、その前にライエルが立ちはだかる。
万全の状態に癒されたライエルと、それを維持するマリア。
その二人がそろっては魔神一体では敵おうはずもない。
もう一体の魔神が息絶えるまで、さほどの時間を要しなかったのである。
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