第595話 露見

 俺はカタナを引き抜き、魔神の方へと歩を進めた。

 エリゴール王女がいるために、手甲は呼び出さずにおく。

 魔神が三匹とはいえ、あの頃の俺とは戦闘力が違う。体内への操糸による身体強化があれば、充分に対抗できることはベリトで判明していた。

 それでも油断できるほどこちらが有利というわけではない。それほどに、この魔神は強敵だ。


「ガドルス、今――」


 援護する。そう言いかけた俺に背後から抱き着く者がいた。

 もちろん戦場なので警戒はしていた。それでも抱き着かれたということは、俺の警戒していなかった人物であるという証である。


「フ、フィニア?」

「ダメです! いくらレイド様でも、あの敵だけは――」

「ちょっと、フィニア!?」


 フィニアも、そしてガドルスも俺の正体は知っている。だから俺をレイドと呼ぶのは、まあ仕方ない。

 しかしこの場にはエリゴール王女を始め、ストラールの街の冒険者が勢揃いしていた。

 そんな場所でレイドの名を出すのは、すこぶる都合が悪い。

 それを察することができないフィニアではないはずなのに。


「行かないでください。いくらレイド様でも、あの数は無理です!」

「いや、だから……」

「行かないで、お願いします。お願い……」


 そこまで言った後は、嗚咽しか聞こえてこない。

 俺の背に取りついたまま、力が抜けたように膝をつき、今では腰にしがみつくような形になっている。

 そんなフィニアを振り返り、俺はようやく、彼女の恐怖を理解した。

 立っていられないほどに震え、涙を流し、俺の取りすがっている彼女の姿。

 フィニアがあの魔神を見て、平気でいられるはずがなかった。震える身体を叱咤し、気丈に振る舞っていたに過ぎない。

 二十五年前は、魔神の放つ威圧だけで動けなくなっていたくらいなのだ。

 そんな相手が三体も現れて、平静でいられるはずがなかった。完全なパニック状態。しかしそれを責めるのは酷だろう。そこまで気を配ることができなかった、俺の失態だ。


「フィニア、大丈夫だから。今の俺なら、あの程度はどうにかできる」

「でも……でも!」


 混乱するフィニアの頭を撫で、彼女を落ち着かせる。

 そんな俺に、珍しく駄々っ子のような仕草で首を振るフィニア。

 とめどなく涙を流す彼女に、俺は優しく言って聞かせた。今冒険者たちを見捨てるわけにはいかない。

 それは、この街を見捨てることに繋がるのだから。


「ベリトでも平気だったでしょ? 今回はライエルよりも守りに秀でたガドルスがいる。万が一すらあり得ない」


 ライエルはどちらかといえば、攻撃に秀でた戦士だ。鍛え抜いたその膂力と、タフネスのギフトを存分に活かし、前線で暴れ続ける暴風のような戦士。

 対してガドルスは決して揺るがず敵を受け止め、弾き飛ばす、山のような安定感を持つ。

 その分攻撃力に難があり、今回はその欠点が魔神を追い払えない原因となっていた。

 今の俺なら、その欠点を補うことができる。


「俺もまた死にたくはないからね。危なくなったら全部ガドルスに押し付けて、逃げ戻ってくるよ」

「本当ですか?」

「本当本当。嘘だったらフィニアの言うこと一回聞いてあげるから」

「し、信じてますよ?」

「もちろん」


 腰元に縋り付くフィニアの頭を優しく撫で、俺は縋り付く手を引き剥がした。

 この騒動の間にも、ガドルスは敵の攻撃を防ぎ続けている。

 そしてフィニアの狂乱に驚いた数名が攻撃を受け、運よく致命傷こそ免れてはいたが、戦闘不能に陥っていた。

 仕方のないこととは言え、出遅れた分は活躍せねばなるまい。


 すでに三体の魔神は合流しており、ガドルスが二体、冒険者たちが一体を受け持ち、戦線を維持していた。

 ガドルスは攻撃力不足のため、敵を倒すことはできず、冒険者はそもそも多数でかかっても勝利できるほどの実力はない。


「無理はするな! だけど絶対にここを抜かせるな!」


 マークが最前線に立ち、味方の冒険者を鼓舞している。

 自分たちでは勝てないと知って、戦線維持のみに専念するように判断していた。

 その判断は、ここでは正しい。

 ガドルスでは守ることしかできないが、この襲撃は冒険者ギルドにも伝わっている。

 ならば通信システムで王都ラウムにもその情報は伝わっているはずであり、そこにはこの国の最大戦力であるマクスウェルがいる。

 それに伝令も飛ばしていた。馬を乗り潰すつもりで行けば、三日もあれば情報はラウムに辿り着く。

さすがにそこまで戦い続けるつもりはないが、この襲撃は確実にラウムに届く。

 あとは俺たちが、どうやって生き延びるかの問題だ。

 ギルドからの連絡を受け、あの爺さんが来てくれれば、すぐにでもこの魔神を討伐することができるだろう。

 マクスウェルはガドルスとは対極的に、攻撃にのみ特化した能力を持っているのだから。


「だけど、それはそれで、俺にとっては腹立たしいよな」


 いつまでも攻撃はマクスウェル頼みというのは、俺の目指す英雄像とは駆け離れている。

 同じ敵にいつまでも苦戦していては、問題外だ。

 体内に操糸の能力を巡らせ、全身の強化を施す。ガドルスの方はそれほど危険ではないので、今回は冒険者たちの方に助太刀に入る。


 寄ってたかって魔神の攻撃を受け止めている冒険者の群れをすり抜け、双剣の魔神の足元に滑り込む。

 股の間をすり抜けざまに、膝の裏を斬り付け体勢を崩した。

 魔神の皮膚は固く、そして厚い。いつもの俺の筋力ならば、斬り付けたところで皮膚を切り裂くことはできなかっただろう。

 しかし今の俺は操糸のギフトで強化されている。

 固い皮膚を紙のように引き裂き、その向こうの筋肉や腱を両断する。

 もんどりうって倒れた魔神に、冒険者たちが群がっていく。もちろん彼らの力では有効打を与えることができない。


「肩や肘の内側を斧で強打して!」

「おう!」


 とはいえ、大木を切り倒すような斧ならば、防ぎきることはできないだろう。

 冒険者の中には破壊力重視で斧を使う者も、多数いる。彼らが前に出てきて倒れた魔神の腕を斬り付けていく。

 その痛みに悲鳴を上げて暴れようとする魔神だったが、足を斬られ、腕を斧で強打された魔神に、有効な反撃手段は残されていなかった。

 あとは俺が手を下すまでもない。反撃の手段を失った魔神は、冒険者の攻撃に容赦なく晒され、息絶えたのだった。

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