第596話 乱戦
冒険者が魔神を仕留めたのを見届けてから、俺は再びガドルスの様子を窺った。
さすが守りを専門としているだけあって、倒すには至っていないがその戦いぶりは非常に安定していた。
足は大地に根が張ったように安定して踏ん張っており、魔神の振り回す四本の大剣をその盾で受け止め、受け流している。
その体躯に刃が届かないことがもどかしいのか、魔神の攻撃はさらに激しさは増していく。
しかしそれすらもガドルスはしのぎ切り、彼の周辺は余人が足を踏み入れることができないほど、激しい剣風が吹き荒れていた。
「ガドルス、一体回せ!」
「ぬ!?」
俺の声にガドルスは呻くような言葉を発し、返事は態度で表した。
一体の魔神に立ち位置を寄せ、もう一体から距離を取ったのだ。
守るということは、敵の攻撃の間合いを計ることにも繋がる。そう言った点でもガドルスは優秀な能力を持っていた。
魔神二体の中間に位置し、絶妙に手に持った片手斧をちらつかせて敵の注意を引く。
そうして彼は魔神をその場に張り付けにし、他の冒険者へ攻撃の手を伸ばすことを阻止していた。
それが俺の声によって一歩位置を偏らせる。これによって魔神の一体が自由になった。
俺はカタナを鞘に仕舞い、倒された魔神が持っていた大剣を手に取る。
カタナをしまったのは、不意打ちならばともかくあの魔神の剣を正面から受け止めると、いかなこの名刀とはいえ、へし折られてしまいそうだと考えたからだ。
本来の俺の筋力ならば、持ち上げることすら難しい、俺の身長ほども刃渡りのある大剣。
それを小枝のように軽々と持ち上げることができたのは、ひとえに操糸の身体強化のおかげである。
「グルルルァァァァ!」
仲間の剣を携え、悠々と近づく俺を、魔神は咆哮を上げて威嚇した。
数名の冒険者がその声に腰を抜かし、その場にへたり込む。しかしその威圧に耐えきった別の冒険者が、引き摺って安全圏まで離脱させていた。
もちろん俺も、その程度の威圧で腰が引けたりしない。この連中に比べれば、邪竜の雄叫びの方が数十倍も恐ろしい。
「やあああぁぁぁぁ!」
両手で大剣を振りかぶり、魔神に向かって斬りかかる。
もちろん何の工夫もない大上段の攻撃など、この敵に通じるはずもない。
俺の斬撃を左手で受け止め、右の剣で反撃し――ようとした。
「ゲブッ!?」
しかし身体強化された俺の一撃は、その防御を容易に撃ち抜いた。
受け止めるために頭の上に掲げた剣を容易に押し退け、頭蓋に刃をめり込ませる。しかしその程度では、この魔神の息の根を止めるには至らない。
悲鳴を上げつつも魔神はひるまず、俺に向けて蹴りを放つ。普通の人間なら斬られた頭を押さえてたじろぐところだが、さすがは魔神というべきか。
だが俺も、一太刀浴びせただけで油断していたわけではない。その蹴りを容易に躱し、追撃の一撃を放つ。
この一撃は魔神の右腕に半ばほど食い込んだだけで止まった。
状況は圧倒的に、俺に有利。しかしそれも長い時間ではない。
操糸を使った筋繊維の強化は、俺の身体に大きな負担を掛ける。
実際、敵の防御を押しのけるほどの一撃を放った腕は、すでに肩や肘に不穏な痛みを感じていた。
「だけど――!」
俺が無理を押し通して与えたダメージは、無駄ではない。
頭から顔にかけて切り裂かれた魔神は完全に狂乱しており、残った腕で大剣を振り回し、俺に攻め掛かってきた。
その攻撃を軽やかに躱し、余裕の笑みを浮かべて見せる。
無論、そんな余裕を見せられる相手ではない。こうすることで敵を挑発するためだ。
完全に正気を失った魔神は、俺を斬るためだけに剣を振り回し、周囲の状況が読めていない。
俺が円を描くように攻撃を躱し続けた結果、俺の後ろにはもう一体の魔神の背が存在する位置に移動していた。
そして正常な判断力を失った魔神は、その状況に気付いていない。
「ガアアアァァァァッ!」
「グギュルァ!?」
狂乱した魔神の横薙ぎの一撃を跳躍して躱し、背後から悲鳴が上がった。
味方の存在に気づかなかった魔神の攻撃を、もう一体がまともに受けてしまった結果だ。
思いもかけぬ方角から、思いもよらぬ相手に斬り付けられた。その衝撃は魔神といえども混乱を来たすに値する。
状況も忘れ振り返るもう一体の魔神。背を斬り付けた相手が自分の味方と知り、茫然とした感情を山羊の顔に浮かべた。
正面にガドルス、背後に俺、斬り付けてきたのは味方の魔神。奴にとっては、誰が敵なのか? 味方が裏切ったのか? という疑惑も沸き起こったことだろう。
その隙をガドルスは見逃さない。
攻撃力に劣るガドルスだが、相対していた魔神の背は、もう一体の魔神に切り裂かれている。
その傷跡をなぞるように、ガドルスの戦斧が振り抜かれた。
ゴキン、と鉄と骨がぶち当たる音が、俺の耳にも届いてくる。
ガドルスの斧と魔神の背骨が衝突した音だ。
そしてさすがの魔神とはいえ、背骨を戦斧で強打されてただで済むはずがない。
背骨を砕かれて神経を切断され、力なく膝をつく魔神。その低くなった首筋に、俺は大剣を容赦なく叩きつける。
魔神の剛腕すら押しのける俺の斬撃は、魔神の持っていた大剣の重量も相まって、首を易々と刎ね飛ばした。
それぞれが一対一の状況を作り出し、各個撃破に見せかけて敵を誘導し、同士討ちを誘発させつつ一体に攻撃を集中させて倒す。
俺の戦術がまともにハマった形になる。俺の動きに無言で合わせてきたガドルスも見事だ。
ガドルスは俺に向けて親指を立て、不格好なウィンクをしてみせた。
俺も口の端を軽く吊り上げ、親指を立てる。残念だが眼帯をつけているので、ウィンクは無しだ。
「さて、残るは一体。もはや負ける要素はなさそうだな」
ガドルスは余裕を見せつつ盾を構える。
俺も魔神の大剣を両手で構え、ガドルスと挟み込むような位置に移動した。
普通ならそんな位置に移動する俺を、見逃すはずはない。しかしそれができない状況に、魔神はあった。
敵は俺とガドルスだけではない。他の冒険者たちも、魔神の包囲に加わっていたからだ。
魔神にすでに逃げ場はなく、俺たちに降伏を受け入れる意思もない。
「グ、グガ……」
狂乱していた魔神も、ようやく状況を理解していた。そして俺たちが降伏を受け入れないことも。だからこそ、やけくそで大剣を振りかぶり、一人でも多く道連れにしようと襲い掛かってきた。
襲い掛かったのは固くしぶといガドルスではなく、大剣を振り回す俺でもなく、包囲していた冒険者の一人、冒険者を統率していたマークに向かって。
だが、それは俺に背を向けることにもなる。魔神の剣がマークに届くより先に、俺の剣が魔神の背を斬り裂いた。
重い魔神の剣は、あっさりと魔神の皮膚と肉を斬り裂いて、骨を砕き、その向こうの内臓を撃ち砕く。
「悪いな。やっぱ正面から斬り合うってのは、俺には向いてないみたいだ」
魔神は背後で平然と
背中の傷は深く、致命傷であることは明らかだ。それほどのダメージを受けて立っていられるはずもなく、魔神はゆっくりと地に倒れ伏したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます