第597話 戦い終わって

 地に倒れた魔神を見下ろし、俺は大きく息を吐いた。

 ベリトでは苦労した相手だが、今回はガドルスもいるし混戦の様相を呈していた。

 そんな中で敵の不意を突くのは、俺の得意とするところだった。

 だからこそ優位に戦況を運べ、圧倒することができた。

 しかしそれ以外に……俺は今、好奇の視線が向けられていることに気が付いた。


「今、あの娘がレイドって……」

「まさか、あの六英雄の?」

「いやでも死んだんだろ?」

「生まれ変わったって噂もあるぞ」

「俺、ニコルちゃんが糸使うの、見たことある……」

「マジかよ!?」


 そんな声が周囲から聞こえてくる。先のフィニアの錯乱は、かなり大きな声で行われていた。

 戦闘中ということで、冒険者たちも強引に意識を戦闘から逸らさずにいたのだろうが、それが終わったら気にならないはずがない。


「レイ……ニコルよ?」

「いうな、ガドルス。しかたなかったんだ」


 この敵がいる場所にフィニアを連れてきたんだから、この展開は想定しておくべきだった。

 ベリトで一体だけなら倒せたという実績が、フィニアに無理な我慢を強いていた可能性がある。

 周囲から飛んでくる視線は、困惑に染まったものばかり。俺をよく知るフィニアの口から出た言葉だからこそ、信じられないことでも信頼性が高くなる。

 これはもはや下手な言い訳をしても、言い逃れできないだろう。


「この街もここまでかな……」

「むぅ……出ていくつもりか?」

「そうせざるを得ないんじゃないか?」


 もはや疑惑は確定の目で見られている。六英雄ということで嫌悪の視線ではないようだが、どう対応していいかという困惑は、有り有りとその視線に現れていた。

 もちろん、このまま居座っても迫害されるようなことはないだろう。しかし街の人間からマリアやライエル、コルティナに話が伝わるのは避けられない。

 そうなると俺は、ライエルのあの屋敷に戻ることは難しくなるだろう。

 人の好いライエルやマリアだが、俺に騙されたと知っても今まで通りに接してくれるとは思えない。


「旅に出て……もう、戻れないかもな」


 だが、俺はともかくフィニアやミシェルちゃんはどうなるのだろう?

 クラウドは孤児院出身で、今は出奔した身だ。俺についてきても、そう影響はない。

 しかし、ミシェルちゃんには帰るべき場所と家族がいる。俺と当てのない旅を続けるというわけにはいかない。

 フィニアも同じだ。彼女も戻る場所を持たない身だが、俺と一緒にずっととなると、体力的に心配な面がある。

 この三年、俺たちと冒険者を続けてきたフィニアだが、やはりエルフという種族の特徴で体力的なものが人間のそれよりもやや劣る。

 といっても、俺よりはマシなので、どうにかなかるかもしれないが。


「ともかく、このままここにいるのはバツが悪い。宿の方に戻らせてもらう。何かあったら部屋に知らせてくれ」

「ああ、わかった。だが出ていくのなら連絡先だけは残しておいてくれ。また連絡のつかん状態になるのは忍びないからな」

「ああ、必ず」


 仲間たちが俺のいない間、どれだけ悲しい思いをしてきたのかは、これまでの人生でよく理解している。

 だから今度こそ、仲間を残して行ったりしない。そう決意する。

 しかし、そうなるとミシェルちゃんだけを残すのは、その決意に反することになるな。

 やはり彼女たちには、それぞれ自分で決断してもらう必要がありそうだ。

 そんなことを考えていた時、俺この場に駆け寄ってくる気配を察知していた。もちろん殺気はないので、警戒はしていてもカタナを構えたりはしない。

 しばらくして姿を現したのは、いつも受付で見かける冒険者ギルドの職員だった。


「ニコルさん、やっと見つけました!」

「ここに来るって言ってたじゃない」

「そうですけど、これだけ人がいると簡単に見つからないんですよ!」


 半ば逆ギレのように叫んでいるのは、駆け寄ってきたギルド職員が慌てている証拠だろう。

 ということは、それなりに慌てる事態が起こっているということか。


「どうしたの、そんなに慌てて」

「ライエル様の開拓村が大変なんです。先ほど入って来た情報によると、あちらにも魔神が押し寄せてきたらしく――」

「魔神だって!?」


 俺たちは、先ほど双剣の魔神を討伐したばかりだ。だというのにライエルのいる村にも、魔神が攻めてきたというのか?

 

「このタイミングで……おかしくない?」

「ええ、ですが攻めてきたという事実は事実ですし。しかも複数いるらしく、ライエル様とマリア様だけでは苦戦は必至らしいと」

「そりゃ、単独で一軍に匹敵するとは言っても、しょせんは一人の人間だからね。マクスウェルならともかく、数の暴力には対処できないか」

「はい、なのでご息女のニコル様にも連絡しておかねばと思いまして」

「連絡……そうか、ありがと」


 連絡と聞いて、俺は街に来る途中ですれ違った騎馬を思い出していた。

 おそらくあの騎馬は伝令兵だ。ギルドにより情報の通信手段は確立しているとはいえ、それだけでは万全でないことは、ゴブリン襲撃の際に証明されている。

 魔神襲撃となると、その情報は確実に王都に届けねばならない。そこでギルド以外にも伝令兵という古典的な手段も併用して情報を飛ばしたということだろう。


「わかった。俺――いや、わたしも開拓村に行くよ。ガドルスも一緒に来てくれる?」

「で、ですが、ガドルス様も一緒となると、この街の防衛は――!?」

「もうすぐミシェルちゃんとクラウドが戻ってくる。クラウドに門を守らせて、ミシェルちゃんを城壁の上で砲台役にさせれば、たいていの敵は撃退できるはずだよ」


 あの魔神と戦ったことはないが、ミシェルちゃんの能力はすでに一流の域を超えている。

 新たな英雄とか弓聖と呼ばれているのも伊達じゃない。

 クラウドも地味ではあるが、その防御はガドルスに迫りつつある。

 この二人のコンビなら、いかに双剣の魔神といえど、容易に突破はできまい。

 そして他の冒険者たちも、一度の激戦を経て、対処法を学びつつあるはずだ。

 ここで俺やガドルスが抜けても、何とか出来るに違いない。そう信頼できるくらいには、今の仲間たちやこの街の冒険者を信頼している。


「待ってください、私も……私も連れて行ってください!」

「フィニア?」

「もう、二度と離れたくないんです。お願いします!」

「そうはいっても……」


 ちらりと俺は、ガドルスに視線を向ける。

 フィニアの魔法の汎用性は高く、この街の防衛にも役に立つはずだ。

 しかし、複数現れた魔神を相手にする必要がある開拓村でも、彼女の力は有用である。


「構わんじゃろう。いざとなったら、俺が守ろう」

「そう言ってくれると助かる。じゃあ、フィニアも一緒に」

「ありがとうございます!」


 そんなフィニアに俺は小さく頷いて返し、ギルド職員に振り返った。


「そういうわけで俺……わたしたち三人が援軍に向かうよ。ここの守りはもうすぐ帰ってくるミシェルちゃんたちに任せてあげて」

「わ、わかりました」


 職員が頷いたのを確認してから、俺は転移テレポートの魔法を発動させる。

 こうして俺たち三人は、開拓村へと向かったのだった。

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