第242話 暗躍

 マクスウェルをバルコニーで待機させつつ、俺は廊下に出た。

 無論、周囲を確認してから出ているので、まだ発見されてはいない。

 事前の情報によると、この屋敷には現在、クレインの外に奴隷商一人とジェンド派の頭目一人、その部下八人が逗留しているらしい。

 計十一人、そのうち一人は始末したので、残るは十人という計算になる。


 先ほどの男の技量から推測するに、部下はマテウスほどの技量はなさそうだ。

 やはりあの男は、流派の中でも頭一つ抜けた実力を持っていたのだろう。それでもライエルには全く歯が立たなかった辺りを見ると、ライエルのバケモノ振りがよくわかる。


 とにかく、奴隷商があの太った男だとすると脅威になるとは考えにくいし、部下もそれほど問題ではないはず。

 クレインの実力は未知数だが、タルカシールの時に俺を見て逃げ出した点を勘案するに、大したことはなさそうだ。


「問題になるのは頭目一人というところか」


 仮にも流派をまとめ上げ、マテウスを育てた点からしても、かなりの実力者に違いない。

 そいつの目を掻い潜ってクレインを仕留めるのは、それなりに骨が折れそうだ。


 などと考えていると、廊下の曲がり角の向こうから足音が聞こえてきた。

 この屋敷は、廊下が大理石を磨き上げた石材を使用しており、かなり贅沢な造りになっている。おかげで足音がよく響く。

 角のそばで身を屈め待ち伏せる。俺の身長ならば視界の下に隠れるため、とっさに視認することは難しいはず。


 案の定、角を曲がってきた男は最初俺に気付かず、俺の前を通り過ぎようとしていた。

 しかしさすがに全く気付かないはずもなく、角でしゃがみ込む俺に驚愕の表情を浮かべる。

 声を出さなかったのは、すでにその時には俺の糸が首に巻き付いていたからだ。


 首に糸を掛け、全体重を掛けて下方向に引き摺り倒す。軽い俺の体重ならばそのままぶら下がってしまうところだろうが、そこは組み打ち術の要領で体勢を崩し、身体ごと巻き込むようにして地面に転がした。

 即座に背後を取って跨り、左手で短剣を抜いて男の脇を斜め下から突き上げる。

 短剣の刃は肋骨の下から侵入し、そのまま心臓を抉ってとどめを刺す。


「……これで二人」


 ピクリとも動かなくなった男から降り、手近な部屋に死体を放り込みつつ、俺はそう口にした。

 残るは九人だが、最優先目標はクレイン一人である。

 時間も限られていることだし、手っ取り早く処理してしまうとしよう。




 それから俺は三人の手下を始末した。

 俺が侵入していることはいまだに気付かれていないため、内部の捜索はスムーズに運んでいる。

 だがそれも、そろそろ気付かれる頃合いのはずだ。いい加減目標を発見しないと、面倒なことになってしまうだろう。


 屋敷は三階建てで、しかも各階に部屋が十以上もある大きな物だ。

 これを一つ一つ確認していくのはあまりにも面倒である。だからと言って雑に捜索したのでは、獲物を逃がしてしまうかもしれない。

 俺は忍耐強く、各部屋を確認して回り、三階、二階の捜索を終え、一階へと下りてきた。


 一階の窓の外には装飾の施された馬車と檻のついた馬車が停められているのが見える。

 どちらも馬は繋がれていない。離れた場所の厩舎には五頭ほどの馬が顔を覗かせていたので、馬だけに乗ってどこかに出ているという可能性も低そうだ。

 つまり、奴隷商とクレインはいまだにこの屋敷にいるという証拠でもある。


「さすがに離れとかあったら、面倒で仕方なかったな」


 幸いというか、この屋敷は岬の突端に存在しているため、離れを作れるほどの敷地的余裕はなかった。

 おかげで侵入に頭を悩ませる羽目になったわけだが、さすがマクスウェルがいれば、どうとでもなる。

 性格はともかく、こういった非常時には頼りになる爺さんである。


「……っと」


 微妙に集中力を切らし、無造作に廊下から顔を出そうとしたところで足を止める。

 さすがにまだ六人残っている状態で、侵入がバレて力押しとか、勘弁してもらいたい。

 短剣を鏡代わりにして角の向こうをそっと窺うと、一つの部屋に見張りが二人張り付いているのが見えた。


「はて……?」


 この屋敷で護衛がつく身分の男は三人。奴隷商とクレインと、ジェンド派の頭目だ。


「いや……頭目は腕に覚えがあるのだから、屋敷内で護衛をつけるはずがないか。ということは、あの部屋は奴隷商かクレインの物。追われているという自覚がある分、クレインの部屋である可能性が高いか?」


 そうと決まれば先手必勝である。

 俺は肩に掛けたナイフベルトから投げナイフスローイングナイフを二つ取り出し、両手に持つ。

 投擲術はあまり得意ではなかったが、それでも全くこなせないわけではない。

 油断して棒立ちの二人を仕留めるくらいの技量は持っている。


 廊下から音もなく飛び出し、右腕を一振り。

 投げつけられたナイフは空中で半回転して、手前の男の首筋に突き立った。

 声を上げる暇もなくがくりと崩れ落ちる男。その向こうにもう一人の男の姿が見えた。

 それは奥の男への射線が通ったことでもある。続けざまに左腕を一閃して、ナイフを投げつけた。


 突如崩れ落ちた相方の異変に気付き、ようやくこちらを視認する奥の男。

 だがそのタイミングで俺のナイフが到着し、男の喉に深々と突き立った。


「かふっ!」


 まるで咳をするかのような声を上げて、残る一人も地面に崩れ落ちたのだった。

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