第243話 標的発見
どさりと音を立てて、廊下に崩れ落ちる男たち。
その音が室内にも届いたのか、中から声が聞こえてきた。
「どうした、なにかあったのか?」
その声は俺には聞き覚えがない。だが、異常音に対し警戒はしても、無防備に聞き返してくる所を見ると、荒事の経験は浅そうだ。
つまり、中にいるのは奴隷商かクレインで確定ということになる。
俺は滑るように倒れた男たちに駆け寄り、ナイフを引き抜いておく。こうすると出血が止まらなくなるため、死亡率が跳ね上がるのだ。
傷口からびゅくびゅくと出血し、やがてその勢いも衰えていく。それは心臓の活動が弱まった証でもある。
つまりこの男たちは助からない。
「何があったかと聞いているんだ!」
中からいらだったような……ヒステリックな声が聞こえてくる。
俺はその問いを無視して、ゆっくりとドアを開いた。
室内はふわふわの絨毯。天井には豪華なシャンデリア。明らかに普通の客人が使うような部屋ではない。
そして奥の執務机のそばには、神経質そうな男。机には剣を立てかけてあるが、まだ抜いた様子はない。
顔は初めて見るが、髪型はあの仮面の男の物と同一。それにどことなくドノバンの面影もある。
「クレイン・ストラ=サルワ前辺境伯?」
「子供……いや、小人族か!?」
相手も俺の問いには答えず、失礼な言葉を返してくる。
確かに俺は同年代と比べて背丈は低いが、それでも小人族と間違われるほど低くない。
連中の身長は一メートルを超えた辺りで止まる。俺は今、一メートル三十センチ『も』あるのだ。いや、それは今どうでもいい。
「サルワ前辺境伯。ドノバン現辺境伯からの命令です。持ち去った徴税証明書をお返しください」
「ドノバンだと! あのバカ息子の刺客か!? おのれ、親に向かって何たる仕打ちを――」
その息子に泥をかぶせようとしたのは誰だ、と思わずツッコミを入れそうになる言い草である。
クレインも俺がどういう類の使者かは、手に持ったナイフを見ればわかるだろう。
そのナイフには、いまだにポタポタと血が流れ落ちているのだから。
「質問には答えなくとも問題はない。ただ素直に返してくれた方がこちらとしても楽ができる」
「返すと思ったか!」
状況を理解できていないのか、半ば泡を吹いて喚き散らすクレイン。それでも執務机に立て掛けてあった剣に手を伸ばしたのは、上出来と言える。いや、言えないか。俺を前に反抗の意志を示すのは下策だ。
俺は腕を一振りし、クレインの右腕に投げナイフを突き立てた。
「ぐぎゃっ!?」
短い悲鳴を上げ、剣を取り落とす。そのまま数歩
左腕は右腕に突き刺さったナイフを抑えている。
抜くなり、武器を拾い直すなりする時間は与えたというのに、涙目になってずりずりと後退るだけのクレイン。
「念のため、もう一度聞くよ? 徴税証明書――!?」
そこで俺は言葉を切り、横っ飛びに飛び退いた。直後、俺のいた空間を剣風が吹き抜けていく。
いつの間にか、俺の背後には長身の中年が立ち塞がっていた。
背は二メートルに届こうかという偉丈夫。両手に下げた剣は、マテウスのものよりも長めの
それを持ったまま、俺に気付かれずに背後に忍び寄り、軽々と振り抜いてみせ、それでいて体勢を全く崩していない。
一目でわかるほどに……手練れの雰囲気をまとわせている。
「……さっきから、屋敷の中でごそごそ虫が這いまわってると思ったら、こんな子供だったとはな」
「ギデオン! 侵入者だ、殺せ!」
「うるせーよ。俺に指図スンナ」
ギデオンと呼ばれた男は、俺を殺せと喚き散らすクレインにそう吐き捨て、ジロリとこちらを睨みつけてくる。
全身、いや、俺の身体の急所をなぞるような視線の感触。今この瞬間にも、目の前の男が俺を殺すべく算段を立てているのを感じる。
「ガキ……いや、女か? 嬢ちゃん、なかなかいい腕してるようだな。ざっと見た感じじゃ五人ほどやられたか?」
「七人だよ」
「そりゃすげぇ。暗殺者としちゃ一流だな」
一流どころか、世界一と昔は言われていたんだがな。それにしても、俺に気付かれずに背後に忍び寄るとは、この男も隠密のギフト持ちか。
いや、ジェンド派という流派自体が、隠密能力を有効活用した戦闘術の流派だ。そういう能力を持つ者が集まっているのは、おかしいことじゃない。
「刺客ってことは、マテウスの野郎、ドジ踏みやがったな? まったく、いつまでたってもあいつは口ばっかりだな」
「相手が悪かったんだよ」
「ライエルかガドルスでも出てきたか。そりゃ俺だって敵わんなぁ。まあ、俺だったら戦う状況になんて持っていかないが」
無駄話をしながらも、じりじりとこちらへ間合いを詰めてくる。
足を動かさず、指先だけで身体を移動させる独特の移動法だ。こうして話している間にこっそり間合いに入られ、不意を突かれて首を落とす。この足運びができれば、そう言うことも可能になる。
「どうだ、俺のところで修行してみる気はないか?」
「断固として断る。俺は一匹狼でね」
「そのわりにゃ、三階にもう一人いるよな?」
言われてマクスウェルのことを思い出した。
こいつならば爺さんにこっそりと忍び寄って、背後から斬りかかることも可能だ。
そしてライエルやガドルスと違い、マクスウェルは打たれ弱い。一撃で致命傷を受ける可能性もあった。
しかし、俺の肩には小さなハトが大人しく留まったままだ。
使い魔は術者と連動しているため、マクスウェルの身に何かあれば、このハトはただの土塊に戻ってしまう。
つまり、マクスウェルの命はまだ無事という証明である。
「侵入に手を貸してもらっただけだ。ついでに逃げる時にも役に立ってもらう」
「嬢ちゃん、見かけによらず人使いが荒いんだな。まぁいい。部下になるんだったら今夜の狼藉を見逃してもよかったんだが……そうじゃねぇなら、話は別だ」
口調は実にフレンドリー。だがその言葉を発した直後、男から向けられていた圧力が変質する。
俺を逃がさないための圧力から、俺を獲物として狙うための圧力へ。
即座に腰の短剣を抜き、男の攻撃に備える。だがそこへ横槍を入れてきた人物がいた。
それは今までへたり込んだままのクレインだ。
奴は肩に刺さったままのナイフを引き抜き、俺に向かって投げつけてきたのだ。
しかも直後には身を翻して、窓ガラスを突き破り、外へと逃亡していった。
もちろん素人の投げたナイフなど、刃筋が通っているはずもない。それは不規則な回転を行いながら、俺へと向かってくる。
しかし厄介なのはその刃にこびりついた血液だった。それは不規則な回転に従って四方八方に血を撒き散らしている。うっかり目に入ってしまえば致命傷になりかねない。
俺は目をかばいながら短剣を躱し、とっさにその後を追おうとした。しかしその行動は、ギデオンによって阻まれることになる。
「おおっと、俺を置いていくなんてツレねぇな」
「野郎と付き合う趣味はないんだよ!」
「その歳で同性愛者か? そりゃもったいない。見掛けは上等なのに」
「うっせぇ、俺には俺の都合があるんだよ!」
クレインを追おうとする俺の進路を、ギデオンの剣が遮る。
そして俺に向かって牽制の一振り。
こうして俺は、ジェンド派の頭目ギデオンとなし崩し的に事を構えることになったのだ。
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