第244話 頭目の実力

最初の一撃はあくまで牽制。それがわかっていながらも、俺はその攻撃の重さに驚愕を禁じ得なかった。

 その重さはマテウスの本気に匹敵する。だというのに、ギデオンの顔にはにやついた笑みが浮かんだままだった。

 それは彼の余裕の証。この重い攻撃すらも牽制だと、雄弁に物語っている。


「くっ!?」


 熟練者の剣の一撃を柔らかい糸で受け止めるのは危険極まる。

 そこで俺は腰の短剣を抜いて受け止めたのだが、軽々と壁際まで跳ね飛ばされてしまった。そこは窓からもドアからも遠い壁際。

 できるならこいつをさっさと倒してクレインの後を追いかけたいところなのに、それができない位置に強制的に移動させられていた。

 つまり、俺を相手にそれができるほど余裕を持って対処しているということだ。


 壁際まで飛ばされた俺は、敢えてそこで踏みとどまらず、後方に跳躍して壁を蹴る。

 そのまま角の壁まで飛び、さらに高度を上げて天井を蹴った。

 横の動きから縦の動きへ急激に変化させ、意表を突いた角度から短剣を振り下ろし、肩口を狙う。


 ギデオンはその攻撃を左手の蛮刀バスタードソードで受け止め、ハエでも払うかのように俺を跳ね飛ばした。

 その方向は、またしても壁際。もちろん、ドアも窓もない方向。

 俺を逃がさないように、出口のない方向に飛ばしているのだ。


「この技量……マテウスより、強い――か?」

「そりゃ、流派を治める頭だからな。弟子より弱くちゃ、面目が立たねぇ」


 俺もマテウスとの一戦で、自身の筋力を強化する手段を手に入れている。それでも、ギデオンの攻撃を抑え込むことができない。

 筋力だけではどうしようもない、体重の軽さというデメリットが存在している。

 どれだけ強く地面を踏みしめても、そこにかかる体重が軽ければ、強化した筋力を支えることができない。

 続けざまに二度三度と斬りかかってくるが、これを柄も刃も短い短剣で受け続けることは不可能に近い。

 即座に短剣に魔力を流し、一メートル少しの長さの短槍ショートスピアへと変化させた。ついでに手甲にも魔力を通し、身体的な強度も強化しておいた。

 形状の変化した俺の武器に、軽く驚愕した表情を浮かべるギデオン。だがそれが隙になるほどの動揺はしていない。

 そういう物もあるかという、鷹揚な判断で受け流していた。


「面白い武器使ってるな、嬢ちゃん!」

「友人に恵まれててね!」


 ギデオンの振り下ろしの一撃をショートスピアで受け止める。

 両手を使ってなお膝が揺れるほどの重さ。明らかにマテウス以上の攻撃力。しかも剣速に難のあったマテウスと違い、速度もある。これでは躱し続けるのは難しい。


「こ――んちくしょう!」


 気を抜くとへたり込みそうになる膝を気合で叱咤し、横に受け流しながら回り込もうとする。

 しかしギデオンも、奴らの例に漏れず二刀流。俺が回りこもうとした先に反対の剣が襲い掛かってくる。

 とっさに手甲を使って受け止めるが、またしても俺は壁際まで跳ね飛ばされてしまった。

 新設計の手甲は、この攻撃を受けてもびくともしていない。さすがアスト、いい仕事してくれている。

 だが手甲は無事でも俺は無事じゃなかった。壁に叩きつけられ、大きく息を吐きだす。


「きゃ――かはっ!?」


 手甲の強化付与エンチャントしていなければ、壁に叩きつけられた段階で背骨が砕けていた可能性もあった。

 衝撃を受け止めきれず、俺は再び前方へ跳ね戻される。

 そこへ振り下ろされる追撃。これは横に転がって何とか避けた。

 しかしその後の追撃が来ない。俺が不審に思ってギデオンを見上げると、相変わらずのニヤニヤ顔で佇んでいた。


「……追撃、しないのか?」

「せっかく楽しく踊ってんだ。もう少し楽しませろや」


 その言葉に、この男はマテウスに近い気性を持っていると悟る。戦いを楽しむ性分だ。

 軋む体を引き起こそうとして――俺は血を吐いた。


「ケホッ! ゴホッ」


 そのまま前のめりに倒れ込む。先の一撃、背骨は無事でも肋骨を傷めていたらしい。

 ただでさえ少ない体力が、急速に失われていく慣れた感覚。

 それでも震える足を抑えながら立ち上がり、槍を構える。このままではまともに戦えそうにないので、足に糸を伸ばし、強引に身体を支えた。


「ほら、次行くぜ。まずは基本技からだ!」

「遊んでやがるのか!?」


 二刀を縦横に振るって斬りかかる攻撃。縦斬りを避けて横斬りを槍で受ける。

 しかしそれで再び跳ね飛ばされた。

 間合いが開いたので牽制の糸を飛ばし、目を狙う。

 奴はそれを屈んで避け、地面を滑るようにこちらに迫ってくる。


「さっきのは十字、次は地摺りだ。続いてあぎと!」


 低い位置から膝を狙って薙ぎ払う一撃。それはジャンプして避けるが、時間差で反対の剣が迫ってくる。

 空中にいる俺は、これを躱すことはできない。槍を使って受け止めるしかないが、また大きく跳ね飛ばされてしまう。

 ギデオンが技を繰り出すたびに、まるで球技のボールのように右に左に飛ばされ、目が回りそうになる。跳ね飛ばされ、距離が開いたところにさらに上下からの斬撃。

 横っ飛びで躱して、即座に体勢を立て直す。槍を構えようとしたが、そこで俺は気付いた。


 俺の右脇腹から、だらだらとなく出血していることに。


「う、ぐふっ……」

「おっと、空中じゃさすがに受けきれなかったようだな」


 脇腹の傷はかなり深い。俺は立ち続けることができず、再び膝をつく。

 胸に腹。身体の基幹になる中心部分を傷めてまともに立つこともできない。


「軽く五合……ここまでか。いや、むしろガキにしては上等の部類だ。その歳に限定すりゃ世界一かもな。だが俺の相手にゃ十年ばかし早かったか」

「――――ごほっ」


 ゆっくりと近付いてくるギデオン。勝利を確信し、余裕を見せている。

 俺はというと、もはや戦うことは不可能――


「詰みだ。成仏しな」

「――まだ俺の息は有るぜ?」

「あ?」


 ――ではない。余裕を見ている今なら、戦いを楽しむこいつなら、まだまだ俺の打つ手は残されている。魔神相手に往生際悪く粘った俺の本領発揮はここからだ。

 フラフラと立ち上がり、それでも戦闘態勢を解かない俺に、ギデオンは興味深そうな視線を投げかける。


 短槍ショートスピアを構え、今度はこちらからギデオンに襲い掛かっていったのだった。

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