第542話 弟子の成長

「それじゃ、今日も元気に行きましょー!」


 ミシェルちゃんが大きく腕を振り上げ、宣言する。久しぶりにレティーナと一緒に狩りに出れて、テンションが上がっているようだった。

 逆にクラウドは、肩を大きく落としてげんなりとした表情をしている。ミシェルちゃんとは逆に、マテウスと組むのがよほど嫌だったようだ。


「嬢ちゃんはいつも元気だな。いつも会ってないから、どれくらい違うかわからんが?」

「その矛盾だらけの発言に意味はあるのか?」

「ねぇよ?」


 街を出てすぐの場所、街道沿いの森との境目のような場所で、五人が集まっていた。

 ミシェルちゃんとクラウド、レティーナ、マテウス。そしてなぜかサリヴァン。


「あの、俺なんでまた呼ばれたんスかね?」

「しかたないでしょ。だってあなたくらいしか斥候こなせる人がいないんですもの」


 ミシェルちゃんとクラウドはサリヴァンとは初見だったが、彼の情報が俺を監禁場所へ誘導したことは知らせてある。

 なので、二人は彼に対して警戒心を持ってはいない様子だった。


「で、ワシらはなぜ、こんなにこそこそしておるのかの?」

「見つかったら、ミシェルちゃんたちの訓練にならないだろ」

「なら戻って修業の続きをすればよかろうに」

「バカ野郎! マテウスとミシェルちゃんを一緒にして放っておけるか!」

「ハ?」


 俺とマクスウェルは、森の陰にこそこそ隠れながら、ミシェルちゃんを監視していた。

 隠密技能がないマクスウェルは姿隠しコンシールの魔法を使っている。

 ちなみにフィニアは、そんな俺たちを生暖かい目で見つつも、止めずに送り出してくれた。彼女は一人で屋敷の掃除と、修業の続きをやるらしい。

 どうも最近、俺の株がフィニアの中で暴落している気がしないでもない。


「見ろ、あの男の視線を! ミシェルちゃんの胸に釘付けじゃねぇか」

「うむ、大きく育ったものじゃな。お主もかなわんくらいじゃ」

「…………俺のことは放っておいてくれ」

「まあ、あそこまで存在感があれば、そりゃ視線くらい誘引もされようて」


 先ほどからサリヴァンとマテウスの視線がちらちらとミシェルちゃんの胸元に向かっている。

 彼女の無垢で元気な魅力と、そのグラマラスな体型を目にして、そうならない男の方が少ないのは確かだ。

 だからこそ人目の少ない森の中で、そういった情動に突き動かされないとも限らない。

 クラウドは先の一件からもわかるように、どこか抜けたところがある。

 奴ではミシェルちゃんを守り切れるか、いささか心配だった。


「特にサリヴァン! 奴は日頃から女にだらしない。ミシェルちゃんの巨乳を目にしてまともでいられるとは思えない」

「お主という男は……いや、女は……」


 俺の興奮具合にマクスウェルは額に手を当てて嘆息する。いや、気配だけしか伝わらないが。


「少々、心配性が過ぎるんじゃないかのう?」

「そんなことない、念には念を入れているだけだ」

「その慎重さを少しでも自分に向ければ、コルティナやフィニア嬢の心配も減るじゃろうに」

「ここでその名前を出すのはズルい」

「子供みたいに膨れっ面をするでない。あざと過ぎるわ」


 溜め息を漏らすマクスウェルを、気配だけを頼りにしてその頭を叩いて黙らせる。

 そうこうしているうちに、ミシェルちゃんたちが森の中へと足を踏み入れていた。

 俺とマクスウェルは、慌ててその後を追っていく。


 森の中を慎重に進むこと、およそ一時間。先行するサリヴァンが動きを止めて後ろにつくミシェルちゃんたちに合図を送っていた。

 どうやら獲物を発見したらしい。


「お、どうやら発見したみたいだぞ」

「やれやれ、マテウスもついておるから、心配なぞいらんだろうに」

「俺が気にしてんのはそこじゃねぇし」


 言いつつも、俺の視線はミシェルちゃんたちから離れない。

 サリヴァンが仲間を誘導しつつ、クラウドとマテウスが横に並ぶ。

 ミシェルちゃんとレティーナはその後ろに着き、いつでもサポートできる位置に移動していた。

 ここまでは、俺と組んでいた時と変わらない動きだ。


 サリヴァンが発見した獲物は、ダチョウに似た走鳥系の猛獣でモウルというモンスターだった。

 体高は三メートルを超え、頭部には主な攻撃手段である頭突きの威力を上げるため、瘤がついている。

 足も速く、頭突きの威力も高いため、危険度としてはそれなりに高い。

 しかし性格は温厚で、自ら進んで人に襲い掛かることはないため、冒険者の討伐対象からは除外されていた。


「確かに肉はあっさりしてて美味いんだけど、危険度は高いぞ」


 腕のいい猟師なら、樹の上などに退避しつつ狙える敵ではある。

 しかし殺傷力の高さも侮れない。ミシェルちゃんやレティーナなら、一撃で戦闘不能にされてしまうだろう。

 クラウドが防げばいいだけの話ではあるが、彼の体重はまだ軽く、あっさり跳ね飛ばされる可能性がある。


「おいおい、大丈夫か? マテウスは……」


 心配する俺をよそに、マテウスは鼻歌混じりで剣をだらりと降ろしたままだった。

 その姿勢からは戦う意思はまったくうかがえない。


「あのバカ、何やってんだ!」

「待たんか」


 思わず飛び出そうとした俺の肩を、マクスウェルが掴んで止める。

 その直後、レティーナから魔法が飛び、モウルの動きが止まった。

 そして間髪おかず、ミシェルちゃんが矢を放つ。

 その一閃は、動きを止めたモウルの眼球を易々と突き破り、脳髄を抉って絶命させた。


「あ、あれ?」

「おぬしは仲間を過小評価しすぎじゃ。彼女たちはもう、お主が導いてやるレベルを超越しとる」


 的確に、最小限の威力の魔法で動きを止めて見せたレティーナに、彼女が作ったスキを逃さず射抜くミシェルちゃん。

 この二人は確かに、俺の指導を必要としない、導くべき仲間から、頼るべき仲間へと成長していた。


「彼女たちももう大人……というにはいささか不安があるが、それでもお主があれこれ心配してやる歳でもあるまい。いい加減弟子離れする時期じゃよ」


 にこやかにハイタッチを交わすレティーナとミシェルちゃんを見ながら、マクスウェルが諭してくる。

 期せずしてクラウドやサリヴァンの出番はなかったのだが、それは正直どうでもいい。

 いや、いいというわけではないが、些細な問題だろう。


「……そうかもな」


 彼女たちの成長を外から眺め、初めて実感できた。

 その間にも、クラウドとマテウスが協力してモウルを吊るし上げて血抜きをし、解体の準備を進めている。

 サリヴァンはその間に周囲を警戒していた。

 これ以上近付くと、俺はともかくマクスウェルが見つかりそうだ。


「マクスウェル」

「なんじゃ?」

「帰るか」

「そうじゃな」


 何となく寂しい気持ちを残しつつ、俺たちはその場を後にしたのだった。

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