第541話 即席パーティ

 帰省の最中にマクスウェルから魔法の特訓を告知された次の日から、そのカリキュラムは始まっていた。

 特訓といっても、マクスウェルの屋敷に皆を連れ込み、そこで個人的に授業を受けるだけなので、今までやってたこととはそれほど変わらない。

 いつもと違うのは事情を話すために、クラウドやミシェルちゃんも連れてきていることくらいである。


 クラウドやミシェルちゃん、レティーナが暇そうにカード遊びに興じている中、俺とフィニアは魔法の授業を受けていた。

 ちなみにミシェルちゃんはこのあいだ両親に会いに行っていたため、今回は大人しく留守番することになっていた。

 以前よりはマシな状況になったとはいえ、貴族に目を付けられていることは変わらないので、ここは自重してもらっている。


「魔法の基礎はイメージと集中。あとはどれだけ正確に魔法陣を記憶しておるかじゃ」

「すでに魔法陣は記憶してるけど」


 すでに何度も使用したスクロールの魔法陣である。その形状は目を瞑れば脳裏に思い浮かべることができるほど、見慣れたものだ。

 だがそんな俺の反論を、マクスウェルはピシャリとはねつける。


「バカモン、ただ記憶するだけならそこらの学生でもできるわ。問題は記憶した魔法陣に、魔力を的確に流し込むイメージが必要だということじゃ。巻物スクロールではそれを自動でやってくれるから、お主でも術を発動できる」

「ぐぬぅ」


 説教をしつつ俺の頭をペシリと叩く。その横でフィニアがなんとも言えない顔で虚ろな笑みを浮かべていた。

 俺の正体を知っているからこそ、この光景に色々と思うところがあるのだろう。


「あー、ヒマだねぇ、クラウドくん」

「外出できないのが痛いよなぁ」


 そんな俺たちを横目に見ながら、ミシェルちゃんたちは暢気な声を上げている。

 だが彼女たちを連れてきたのにも理由がある。


「すまんがもう少し待っていてもらおうかの。お主たちもファンガスの毒の後遺症があるか調べる必要があるからの」

「はぁい。その節はお世話になりましたぁ」

「警戒していたのに一服盛られるとは、俺もまだまだ未熟だよなぁ」

「なに、警戒する意識があっただけでも進歩しとるよ。お主たちはまだ若いのじゃからな」

「それにしても、ミシェルさんに薬を盛るなんて、私も一発位殴っておけばよかったですわ!」

「俺はいいのかよ?」

「……………………まあ、おまけで」


 屋敷の居間に予備のテーブルを持ち込み、そこで談笑する三人プラスマクスウェル。

 そんな光景を見せられながら、魔法の訓練をするのは、さすがに集中が乱される。

 空間に魔力を放出し、それを魔法陣の形に成型する段階で魔術を中断する。魔法は最後の起動言語を発声しなければ形を成さないため、ここで止めておけば安全に訓練ができる。

 もっともそれがどれほどの精度を持った魔法なのかは、熟練者のマクスウェルでないとわからない。


「マクスウェル、こっちの様子もちゃんと見て」

「おう、すまんの」


 構築した魔法陣を採点してもらうため、横道に逸れたマクスウェルをこちらに呼び戻す。

 レティーナが膨れっ面をしてこちらを睨んできたが、これも修業の一環なので勘弁してもらいたい。

 朝からそんなことを何度も繰り返し、昼も近付いてきた時間になって、居間のドアが乱雑にノックされる。

 この屋敷でこんなおざなりなノックをするのは一人だけだ。


「爺さん、そろそろ昼だぜ。飯は何にする?」

「うむ、マテウスか? ちょうどいい、入ってこい。お主にも少し話がある」

「なんだよ、改まって」


 扉の向こうからかかった声に、マクスウェルが入室を促した。扉を開けて入ってきたマテウスは、鎧こそ身に着けていなかったが、腰にはトレードマークの剣が二本下げられている。

 それを見て、クラウドがわずかに身を固くしたのが、俺の視界の隅に入った。

 一度共闘し、互いに実力を認め合う程度には関係改善したが、それでも嫌悪感はわずかに残っているらしい。

 考えてみれば、クラウドは初見で腕を切り落とされたのだから、当然である。


「実はな。そろそろ彼女たちもニコル以外の者と組ませてみたいので、その役をお主に務めてもらおうかと思っての」

「俺に? またかよ?」

「またって?」

「ああ、ニコルにはまだ言ってなかったかの。一度レティーナ嬢と組ませたことがあってな。もちろんサリヴァンもつけておいたが」

「そりゃまた、無茶をしたもんだ」

「おいおい、俺だって爺さんの女に手を出すほど命知らずじゃないぜ?」


 そう言いつつも、どこか意味有りげな視線を俺に向けてくる。一瞬俺は、魅了の力が封じ切れていないのかと眼帯に手をやったが、それを見てマクスウェルが身を乗り出して俺とフィニアにだけ聞こえるように囁いてきた。


「実はマテウスにもお主の事情は話しておいた。今後、お主の協力者は多い方が良いと考えてな」

「それって、コルティナ様とか、バレた時に激怒しません? 私に黙っておいて『あんなの』に知らせるなんて、とか……」

「なに、バレた時はどのみち激怒するのだから、多少は構わんじゃろ」

「いや、怒られるのは主に俺なんだから、少しは構えよ」


 俺たちはマクスウェルに釣られるように、顔を寄せ合いヒソヒソ話を繰り広げた。

 唐突に始まった密談に、ミシェルちゃんたちは怪訝な表情をして見せる。あとレティーナの頬がまた一段と膨れた。

 マテウスの方は、事情を知っているだけに会話の内容を察したようだった。


「ゴホン。マテウスもレティーナ嬢と一度組んで、同じ人物とだけ組む危険性には気付いたじゃろう?」

「ああ、そういや何かにつけ、『ニコルさんは』って繰り返してたな?」

「そ、それは……私の冒険の基礎を教わったからで――」

「それが通じねえ奴もいるってことは、知っておいて損はない。嬢ちゃんの人生はこれから先も長いんだからな?」

「うぬぅ、一理あるのが悔しいですわ」

「ミシェルの嬢ちゃんも、それは同じだ。ここいらでニコル嬢ちゃん以外と組んでおくのも一つの経験だと思いな?」

「なるほどぉ」

「お前と組むのか。俺としてはすげー微妙なんだが」

「贅沢言える腕かよ?」


 マテウスに言い負かされ、クラウドも不本意そうだが承諾した。

 こうして、マテウスとミシェルちゃんたちの混成パーティで、夕食の獲物を捕って来る運びになったのだった。

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