第582話 王女に謁見

 レティーナの案内で俺たちは王城の中を歩く。そこに突き刺さる好奇の視線たるや、珍獣にでもなった気分にさせられる。

 それは俺だけでなく、ミシェルちゃんやクラウドも同じらしく、珍しく身を縮こまらせて俺の後について歩いていた。

 唯一フィニアだけはまったく気にしていないようで、レティーナ同様、飄々ひょうひょうと王城の廊下を歩んでいた。


「フィニアは緊張とか、してないの?」

「六英雄の方々をお世話することに比べれば、こちらの貴族なんて有象無象の集まりですもの」

「いや、そりゃそうかもしれないけどさ」


 確かにこの廊下ですれ違う貴族や、兵士など、六英雄と比べるべくもない。そんな連中の宴会の給仕を頻繁にやらされていたんだから、神経が図太くもなるだろう。


「フィニアさんの言う通りですわ。ここにいる貴族、王族に至るまで、誰が英雄の娘であるニコルさんに指図できますか」

「主にレティーナが」

「そういう揚げ足取りはやめてくださいまし!」

「ほら、ね?」


 こうしてあっさり狼狽するところは、とても彼女らしい。

 俺たちがいつもの調子を取り戻した時、ようやく一つの部屋の前に辿り着いた。

 そこは質素ながらも頑丈な扉が設えられており、見るからに分厚い扉は防音性も高そうだった。

 レティーナはその扉に設置されたノッカーを、遠慮なく叩き付ける。すると微かに扉が開かれ、中からマクスウェルが顔を出した。


「エリゴール様、レティーナ=ウィネ・ヨーウィです。ニコル様をお連れ致しました」

「ご苦労様、入ってください」


 扉が開かれるまで名乗らなかったのは、扉が分厚すぎて、声が室内に届かないからだ。

 俺たちは促されるままに室内に入り、そこで一人の女性に迎えられた。

 典型的な金髪碧眼のエルフ。豪奢かつ豊富な髪が腰の辺りまで波打ちながら伸びている。

 顔立ちはずば抜けて整っており、俺がどこか深窓の令嬢風と言われているのとは対照的に、レティーナに似た太陽のようなカリスマ性を感じさせる。


「えっとはじめまして、ニコルです」

「ようこそお越しくださいました、ニコルさん。お噂はかねがね。私はエリゴール三世と申します。そちらはミシェルさんとフィニアさん……それにクラウドさんでしたわね」

「あ、はい!」

「よ、よろしく……」


 次期女王候補に直接名を呼ばれ、直立不動で返事をするミシェルちゃんと滝のように汗を流しながらかすれた声を出すクラウド。

 フィニアは特に返事せず、黙して一礼するのみに留めていた。直言を無礼とする相手もいるので、こちらの方が堅実な対応かもしれない。


「よかった、優しそうな方々で。私も安心して依頼を出せますね」

「ほれ、そこで硬直しておらんで、遠慮なくかけるがええ」


 王女の隣に侍っていたマクスウェルが部屋の中央に設置された席に促す。

 一国の王女を前に、緊張した俺たちは覚束おぼつかない足取りのまま席に着く。

 俺たちが席に着いたのを見計みはからってから、エリゴール王女は話を切り出した。


「さて、それでは最初に……ニコルさんがアシェラ様を助けた時の話を」

「エリゴール様、そこではございません。まずは仕事の話を」

「マクスウェルは堅いですわね。少しくらい、いいでしょうに」

「開口一番脱線されては、ワシもさすがにツッコまざるを得んので」


 なんとなくマクスウェルが振り回されるのを見るのは、久しぶりのような気がする。

 それはともかく、注意されたエリゴール王女は、咳ばらいをしつつも、話題を修正した。


「コホン、マクスウェルがうるさいので、依頼の話からさせていただきますわね。フィーナさんの話はもうお聞きになりましたか?」

「ええ、妹のことですから、真っ先に」

「ニコルちゃんから聞きました!」

「お、俺……いや、私も」

「ガドルス様と一緒に現地に向かいましたので」


 それぞれがエリゴール王女に返事をする。どうもこの王女はかなりマイペースな性格のようだ。

 ある意味ではマクスウェルの血縁らしいとも言える。


「よかった。ご存じの通り、事件はすでに解決しておりますので、そこはご安心を。ですがそれだけでは終わらない問題もあります」

「半魔人の差別意識、ですね」

「ええ。それもマクスウェルからお聞きになったのですか?」

「いえ、ガドルスから」

「ああ、依頼の一環としてお伝えしていましたわね。それなら話も早いですわ」


 そうして語られた内容は、ほぼガドルスから説明を受けたままのモノだった。

 要は半魔人の地位をこれ以上落とさないために、市民に人気のある王族であるエリゴールが、半魔人であるクラウドと一緒にストラールまで旅をする。

 それを市民に見せつけることで、半魔人に対する嫌悪感を緩和するよう先手を打つという内容である。


「というわけで、正規の護衛を付けるわけにはいきません。信頼できて、半魔人の方が参加している集団というと数が少なく、その中でもあなた方はトップレベルの実績をお持ちですので、ぜひお願いしたいと思っております」

「はい、わたしたちも詳細を聞いておりますので、それに関しては心配いりません。受ける気が無ければ、この場にいませんので」


 俺の答えにエリゴールは安堵したように胸元に手を当てた。

 ゴージャスな美貌を持つ彼女だが、そういう仕草の端々から、親しみやすさがにじみ出している。


「よかった。それでは誘拐事件の詳しい情報が市民に広がる前に旅立ちたいと思います。噂が広がって、悪感情を持たれてからでは効果が薄いですし。皆様もそれでよろしいですか?」

「ええ。そのつもりで参りましたから。いつでも出発できますよ」

「それを聞いて安心しましたわ。では三十分後に」

「はいィ?」

「三十分後に」


 一瞬聞き違いかと思って疑問符を浮かべた俺に、念を押すかのように繰り返す王女殿下。

 いや、いくらなんでも早すぎだろう!?


「大丈夫ですわ。旅支度の方はすでに済ませております。それに長旅の心得の方もマクスウェルから教えを受けておりますので」

「いやいや、本当に大丈夫なんです!? ここからストラールまでは一週間以上かかるんですよ!」

「いざという時はワシが転移門ポータルゲートで送ってやるでな」

「それやったら元も子もないし!」


 姿を見せないといけないのに、転移してどうすんだよ。マクスウェルもどうやら、この王女のペースに巻き込まれて混乱しているらしい。

 ともあれ、三十分後に出るというなら、俺たちはその意向に沿わないといけない。

 すぐに出発できるといっても、俺としては昼過ぎとか、そんな時間を想定していたが、いきなり三十分後と言い出すとは思わなかった。

 旅の主導権は冒険慣れした俺たちが握ることになっているとはいえ、相手は王族。妥協できるところはできるだけ妥協した方がいいだろう。

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