第581話 王家の思惑
ガドルスの仲介を経て、俺たちは王女の護衛を勤めるべく首都ラウムまでやってきた。
俺の持ち込んだ依頼にミシェルちゃんとフィニアは異論を唱えるはずもなかったが、クラウドは珍しく反対を口にしていた。
理由は単純、彼が半魔人だからである。自分のような種族が、王家に連なる人間の護衛に就いていいのか? 俺やミシェルちゃんに迷惑がかからないか? そんな心配をした結果だろう。
しかし俺は王家の思惑をクラウドに伝えることで、この依頼を引き受けさせた。
半魔人差別に対する対策として、王家が半魔人であるクラウドと親しく接する姿を民衆に見せる必要がある。
ミシェルちゃんたちも、フィーナ誘拐の顛末について後日に伝えておいたので、その後の問題に関しては把握していた。
「それにしてもフィーナちゃんが無事でよかったね」
「うん、しかもわたしたちのところに話が来る前に解決しちゃったんだって」
「聞いた聞いた。レイド様が復活して解決しちゃったんだって!」
俺の転移魔法で何回か往復し、全員をラウムに連れてきた。
彼女はこの街に来たついでに両親に挨拶に向かい、クラウドも孤児院に挨拶に向かっていた。
俺もマクスウェルのところに顔を出しに行こうかと思ったが、奴はすでに王女のもとに向かった後だったので、すれ違ったようだ。
昼前に再び合流し、大通りを貴族街の方に向かいながら、ミシェルちゃんはピョンピョン跳ねていた。
俺(レイド)の復活に興奮しているようだった。
「う、運が良かったんだよ」
「そんなことありません。レイド様ならきっと、すべて計算ずくで最速解決したに違いないです」
「フィニア、さすがにそれは持ち上げ過ぎ」
実際、俺は正体がバレることを恐れ、迷走する話し合いの場から逃げ出して屋根の上でサボっていた結果、不審人物を発見したに過ぎない。
それをフィニアは、意図的に行ったと思い込んでいるらしい。
そしてそれを否定するたびに、謙遜していると思われているようだった。
「そーだよ、ニコルちゃん。六英雄様を
「ミシェルちゃんまで……」
とは言え、俺がレイドで経緯を詳細に説明するわけにもいかない。俺はなんだかよくわからない汗を流して肩を落とす。
そんな無駄話をしながら大通りを進み、貴族街への内壁が見えてきた。もちろんそこには、見張りの門番がいる。
門番たちは俺たちに胡散臭そうな視線を向けてくる。三年前までこの町で名を馳せていた俺たちだったが、それはあくまで都市外輪部の平民街での話である。
内情を知らない貴族や、それに仕える兵士からは、見栄えがいいだけの冒険者と思われていた。
「冒険者のニコルとフィニア、ミシェル、クラウドです。仕事のため王城へ召喚されました。紹介状はこちらに」
俺が面会のために用意された書状を提示すると、門番はそれをひったくるように受け取り、目を通す。
どうやら俺たちにあまり良い感情を持っていないようだ。
しかしこれは、貴族たちになら珍しいことではない。冒険者ごとき、という心情がどこかにある者も多いからだ。
「お前たちか……いくらライエル様の威光があるとはいえ、あまり変な真似はするなよ」
「それはもちろん」
「特にそこの半魔人――」
「ニコルさん、こちらですわよ!」
グチグチとこちらに嫌味を口にする門番との会話に、唐突に割り込んできた声があった。
口調と声からして、そちらに目を向けずとも声の主がわかる。レティーナだ。
「レティーナ!」
「お久しぶり――というほどでもありませんでしたわね。迎えにきましたわ」
「ありがと。王城なんて行ったことないから、心強いよ」
ラウムは俺の本拠地だったアレクマール剣王国からも遠かったため、この城で仕事をしたことはあまりなかった。もちろん王城に忍び込む危険も、冒したことはいない。
そんな真似をするくらいなら、貴族本人の屋敷を急襲した方が楽だからというのもある。
そういうわけで、俺はラウムの王城に足を踏み入れたことはなかった。
不案内な場所に行くわけだから、勝手知ったるレティーナがいてくれることは、これほど心強いことは無いだろう。
「まさかエリゴール殿下から仕事が回ってくるなんて、思いもしませんでしたわ」
「レティーナちゃんは、一緒に行ってくれないの?」
「ミシェル、残念ですけど、それはできませんの。わたしもわたしで仕事がありますし……それに今回の目的は、王家と半魔人の冒険者に交友があるという宣伝のようなモノ。クラウドとわたしは旧知の中だと知られていますから、わたしが一緒に行ったら……」
「レティーナのオマケでクラウドが付いてきた、と思われちゃうのか」
「そうなりますわね。ニコルさんですらギリギリというところでしょう」
「そうなんだぁ、残念」
今回の依頼の思惑、その主役はあくまでクラウドだ。クラウドより注目を集めてしまうレティーナが一緒では、その効果が薄れかねない。
俺も六英雄の娘という立場があるため、正直言うと今回の仕事についていくのは、あまりよろしくない。
しかしそれでも、俺というコネクションがあるから、クラウドと王家が知り合えたという説得力の構築には、一役買える。
だが、貴族であるレティーナと俺では、意味合いが変わって来る。レティーナの場合、王家に仕える貴族であるだけに、その意向がその背後に透けて見えてしまうのだ。
「まぁ、わたしであれ、ニコルさんであれ、王家の意向であることには間違いありませんけどね」
レティーナの言葉に、門番の身体がびくりと震える。王家の意向。俺たちがここにいるのは、まさにそれが理由だ。そして彼は、それに対し不平を口にしてしまったのだから。
「あなた、あまり彼女の手を煩わせないようにしなさいな。ニコルさんは六英雄の娘で世界樹教の教皇を救った英雄であることはご存じでしょう? たかが一貴族、しかも門番程度の仕事しか任されない方では、到底太刀打ちできませんわよ」
「は、はい、肝に銘じておきます!」
しっかりと釘を刺しておく辺り、レティーナも性格が悪くなった。いや、元からあまり良くはなかったけど。
性格は良くなかったが『いい』性格はしてたっけ。
そんなレティーナの先導で、俺たちはラウム中央に聳え立つ王城に足を踏み入れた。
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