第90話 調剤作業と悪巧み
女王華の目前でトリシア女医の調剤作業が始まった。
と言っても大したことをする訳じゃない。種と違って蜜はそのまま薬効を体内に取り込む事ができる。
しかし問題なのは、その薬効が放置しておくとドンドン大気中に溶け出して、効き目が薄くなってしまう事だ。
「――そこで薬効を閉じ込めておくために薬液を混ぜ込んで、保存できるようにするのが目的なんだけど……この量は予想してなかったわね」
俺達に説明しながら、手持ちの薬箱から小瓶を取り出し、蜜の中に流し込み丁寧に混ぜ込んでいく。
この保存液の量が多過ぎても少なすぎても、効果は保存できなくなってしまう。
「この量だと、手持ちの保存液じゃ全然足りないわね。マクスウェル様……いえ、マリア様、コルティナ――様と一緒にラウムまで戻って薬瓶を持ってきてもらえますか? 保存液の場所はコルティナ様が知ってますので」
「ええ、まかせて。それと、私もコルティナと同じように呼び捨てでいいわよ?」
「そんな、畏れ多い!」
「私は良いのか、アンタは」
「アンタは同僚だからよ!」
いつもの漫談を始めたコルティナとトリシア女医。それを傍目にマリアが術式を展開していく。
「取りに行くだけなら、マクスウェルでも良かったんじゃない?」
マリアは転移術式に慣れていない。発動までに少々時間がかかってしまう。戦闘中には使えない程度には、この術に慣れていなかった。
それならばマクスウェルの方が時間の短縮になるのではないか? 俺はそう考えてトリシア女医に尋ねてみた。
彼女は調薬の手を緩めることなく、俺の問いに答えを返してくれる。
「だってほら、私の家よ? そこに男性を無断で上げる訳には、ねぇ?」
「あ、そっか。一応女だもんね」
「一応ってのは余計よ!?」
俺たちが騒々しく騒いでいる間に転移の為の発光現象が起き、マリアとコルティナの姿がこの場から消えた。
その間も女王華は女医の調薬を物珍しそうに見つめていた。
「その薬――」
「ひぇっ!? な、なに?」
唐突に話しかけてきた女王華に、引き攣ったような声を返すトリシア女医。
それでもかき混ぜる手を緩めない所は、しっかりした職業意識の持ち主だ。
こうしてかき混ぜ続ける事で、一時的に保存薬の分量不足を誤魔化す事ができるらしい。無論、掻き回し続ける訳にはいかないので、その効果は一時的な物だ。
「その薬があれば、蜜の薬効を保存できるのか?」
「え、私が知る薬効は維持できますけど……」
「ならば、それでアルラウネ達に与える蜜も保存できるのかえ?」
「それは……アルラウネがどの薬効を必要としているのかわからないので、なんとも……試してみないと」
「ほほぅ、ならば多めに作ってもらえんか? 幼子達に与えて試してみたい」
「はぇっ!?」
唐突な申し出に、トリシア女医は目を白黒させて驚愕している。だが女王華の言う通り、蜜の保存ができるのであれば、今回のように山に住処を移動させてもしばらくは保つ。
上手く行けば、この高価な薬を継続的に入手できるようになるかもしれない。
「先生、つくれない?」
「そりゃ、コルティナが追加の薬液を持ってきてくれたら、無理じゃないけど」
「じゃあ、分けてあげよ?」
「いいのかなぁ?」
「ニコルの分が確保できるのなら、いいんじゃないかの?」
女王華の蜜は魔力の解放を強化する役割がある。アルラウネから種族そのものを進化させる源とも言える食材なのだから、それくらいの薬効は納得なのだが、それが安定供給されるとなると、絡む利権も相当面倒になる。
それに女王華そのものを狙う輩も出てくるかもしれない。
それでもマクスウェルは、暢気にそんなことを口走る。だが、俺は知っている。この爺はボケ老人のように見えて、その実態は国政に関わる切れ者だ。
ただでこんな面倒を抱え込むはずがない。
「お主等の居場所を知る悪漢共は昨日駆逐された。この場にお主等がいる事を知っておるのは、ワシらとごく少数だけじゃ。存在を隠す事はそう難しくあるまい」
「だが薬に関してはどうする? 安定供給できるとなると、必ず他国や商人、それに盗賊共が嗅ぎまわり始めるぞ」
金の匂いに敏感な商人や盗賊、それに力を欲する国々ならば、魔法使いの能力を引き上げる事の出来るこの薬は垂涎の的になるはずだ。
それをいつまでも隠し通せるとは思えない。ライエルはそれを危惧していた。
「そこはそれ。ワシが専売すればよいのじゃ。ついでに後見にガドルスとライエルも付いてくれんかの? そうすればマリアも含めて実質四人がこの商売に関わる事になる。しかもワシにはラウムの後ろ盾もある。それでも無理を通そうとする人間は、そうはおるまい?」
「一国丸ごと敵に回すだけでなく、俺たちまで敵に回す、か。確かに今の世で最悪の展開だな、それは」
国を巻き込んだ悪巧みが着々と進行している。
それを聞いてトリシア女医は耳を塞いで首を振っていた。代わりに蜜はミシェルちゃんが掻き混ぜている。
「ああ、聞きたくない聞きたくない! そんな寿命が縮むような話は聞きたくないわ!」
「先生、ちゃんと掻き混ぜないと」
「ミシェルちゃんがやってくれてるからいいのよ。それにわたしは腕が疲れちゃって」
「職業意識があると思ったのを撤回します」
「ああっ、なんだか知らないけど、私の評価が落ちてる!?」
耳を押さえていたクセにこっちの言葉にキチンと反応してるって事は、やっぱり聞いてたんじゃないか。
俺がそんなトリシア女医の態度に呆れていると、再び発光現象が起きてマリア達が戻ってきた。
「おまたせー、薬持ってきたわよ」
「トリシア、アンタ家を少し片付けなさいよ。マクスウェルと大差ないわよ?」
騒々しい二人が薬瓶を手提げ袋に一杯詰め込んで戻ってきた。
それを受け取り、ようやく俺の治療薬が完成したのだった。
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