第170話 ホールでの戦闘

 二階から階段を下りてくる三人。それに一階の奥の通路からも二人。

 合計五人がこの吹き抜けの玄関ホールへと集まってきていた。

 それぞれ冒険者風の装いをしているが、冒険者ならばその身元や階位を記載したカードを首元に掛けるのが通例だ。

 彼等は全員、そう言った品は身に着けていなかった。やはり表立って歩けない連中なのだろう。

 先ほど聞き耳を立ててみた結果、地下が怪しいと思うので、ここは問答無用で押し通らせてもらう。


「貴様、何者――」


 玄関扉を蹴り明け、仁王立ちする俺に誰何すいかの声を飛ばす、一見冒険者風の男。

 しかしその言葉を待たずして、俺は袈裟斬りに糸を飛ばし、薙ぎ倒した。

 俺が愛用の手甲から放ったミスリル糸の一閃による物だ。


「クックック、やはり俺の相棒はよく斬れる」


 冒険者は硬くなめした革製の鎧を着こんでいたにも関わらず、まさに一撃の元に無力化せしめるこの威力。

 今まで使っていたピアノ線とは段違いの殺傷力である。

 あまりにも特徴のあり過ぎる武器だったので、これまでは使う機会に恵まれていなかった。

 細くしなやかでいて、強靭。前世で使い慣れているというのを差し引いても、圧巻の切れ味に俺は惚れ惚れとする。


「な、なにが……」

「うろたえるな! この女がやったに決まっているだろう!?」

「くそ、取り押さえろ――」


 突如斬り倒された仲間に狼狽した声を上げるが、俺はそんな連中に熱の篭った視線を送る。

 今からこいつ等を纏めて試し斬りできるのだ。心が躍らないと言えば嘘になる。

 だがその前に、一つ聞いておかねばならない事がある。いや、これは一種の儀礼的質問か。素直に答えてくれるとは思っていない。


「その前に一つお尋ねしたいのですが――」

「なにぃ!?」

「あなた達が拉致したエリオット陛下。返していただけません? もし今素直に返すなら、殺さず済ませて差し上げます」

「このアマ、舐めた口を――!」


 もちろん、俺だって連中が大人しく返すとは、欠片も思っていない。

 表にプリシラが印をつけた馬車があった以上、こいつらが犯人な事は間違いない。

 しかし、念のため確認に尋ねてみたところ、『攫っていない』とも『そいつは誰だ』とも返ってこなかった。

 つまり、こいつらはエリオットが攫われた事を知っていて、それを疑問に思っていない連中――つまり犯人である事を自白したも同然。


「遠慮はいらない――か」

「殺せ……いや、取り押さえろ。その後は好きなようにいいぞ!」


 主導者的立場にいるであろう男が、そう命令を放つ。

 そう言えば今の俺は、十代半ばから後半に見えるようになっていたんだったな。

 実際の姿はまだ幼女と言っていいレベルなので、今までそう言う視線に晒された事はなかったが、男から性的な目で見られるというのは、中々に気持ち悪い。おかげで、俺の中の殺意が一段上がった気がする。


 獣欲を剥き出しにして襲い掛かってくる男達。だがその出足を払うように、ミスリル糸を横薙ぎに振るう。

 威力を重視した攻撃ではないので、深手を負わす事はできなかったが、向う脛の辺りを痛烈に斬り裂かれ、数人の男がもんどり打って床に転がった。


「チ、三人だけか」


 床に転がったのは五人のうち三人。

 残る二人は、ジャンプして躱し、こちらに向かってきている。


 俺の糸を使った戦闘術は、狭い場所の方が有利と思われがちだが、実際は広い場所の方が扱いやすい。

 糸の攻撃に充分な威力を持たせるには、大きく振り、鞭のようにしならせて扱わねばならないため、縦横に大きなスペースが必要になる。

 凹凸の多い洞窟内や森の中、障害物の多い屋敷内では逆に罠を仕掛けるには向いていても、戦闘にはあまり向いていない。

 こういう吹き抜けの大きなホールは、正面からの戦闘をやりやすい場所でもあった。


 逆に言えば、間合いを詰められると実に扱いづらい。

 俺は接近してくる敵に備え、右手の糸を一本引き出し、両手に持って構える。


 そこへ大上段に剣を振り下ろしてくる男。

 俺は両手に持った糸を張って、その攻撃を受け止める。

 激しく糸がたわみ、剣撃の威力を吸収する。しかし吸収の起点になるのは、あくまで俺の身体だ。

 まだ未熟な俺の身体では、大人の剣撃を受け止めるには無理がある。

 そこで左手を意図的に下げ、糸に沿わせて剣を滑らせ、攻撃を受け流した。


「ぬおっ!?」


 突如、攻撃の矛先を逸らされ、前のめりに体勢を崩す男。

 その隙に俺は、伸身の宙返りを決め男の背後へと跳び越えていく。そして跳び越えざまに、首に糸を巻き付けておくのも忘れない。


 着地時に身体を反転させることで、男の首はさらに締めあげられることになった。

 しかも宙返りの勢いをまともに首の一点で受け止めるのだ。細い糸の切れ味も相まって、皮膚が盛大に裂け、血飛沫が周囲に飛び散る。

 重要な血管まで損傷したのか、男はそのまま、脱力したように崩れ落ちた。


 これで最初不意打ちを含めて二名を無力化したことになる。


 さらに次の攻撃が来るまで、倒れたままの敵を片っ端から糸で打ち据え、追撃を加えておいた。

 これで三人目が戦闘不能になっていた。

 残る一人は足の傷を押さえながらも立ち上がり、こちらへと襲い掛かってきた。


 直後に不意打ちの足払いを避けた男も、起き上がった男とタイミングを合わせてきたので、二人同時の攻撃。

 しかし俺は意図的に一方の男へと踏み込んでいくことで、そのタイミングをずらす。

 肩からの体当たり。もちろん体重の軽い俺では、これで相手を突き飛ばすことなどできない。


 当たった肩を軸にくるりと身体を回転させ、相手の背後に回り込む。

 同時に左手に持っていた糸を離し、腰の短剣を引き抜き、そして相手が反転するよりも早く、左脇腹――腎臓の位置を貫いた。


「っげぅ!!」


 腎臓は治療がしにくい場所で、治癒魔法をかけられない限りはほぼ確実に死亡する。たとえ致命傷を避けられたとしても、この臓器を傷付けられれば悶死するほどの苦痛を与える事ができる。

 案の定、カエルのような悲鳴を上げて、男が前のめりに倒れ込んだ。

 タイミングをずらされたもう一人の男は、腎臓を刺した男を盾にして、脇から短剣を突き出し腹を抉る。

 仲間を盾にされ、攻撃の糸口をなくし、棒立ちになった隙を突かれた男は、死角からの攻撃をまともに食らい、前のめりに崩れ落ちる。

 これで残るは一人だけ。 


 俺は糸を巻き戻し、最適な長さに調整して再度迎撃しようとしたところで――カチン、と不穏な振動が手甲から響いてきた。

 同時に糸の巻取りが停止する。


「へぅ!?」


 この場面での不具合に、思わず奇声を上げる俺。

 そう言えば長らくメンテナンスをしていないから、複雑な機構を持つこの手甲なら機能不全を起こしてもおかしくない頃合いだ。

 内部で他の糸にも絡まっているのか、五本の糸全てが引き出せなくなっていた。

 しかし、よりによってなぜこの場面で――


「貰ったぁ!」


 動きを止めた俺に、男が斬りかかってくる。

 その太刀筋はどう考えても『後で楽しもう』という前提を忘れていた。瞬く間に仲間を斬り伏せられ、そんな余裕がなくなったという所か。


 とっさに左の手甲でその攻撃を受け止めるが、体重さからか、一息に跳ね飛ばされてしまった。

 ゴロゴロと床を転がり、膝立ちになることで、かろうじて転倒は免れる。


「お?」


 そこで俺は全身に違和感を覚えた。

 いや、手足というべきだろうか? 糸を巻き付けてその筋力を強化していたのだが、その動きが思うようにいかなくなっていた。


「おいおい、まさか……左まで?」


 俺の疑念を証明するかのように、手足の力が抜けていく。いや違う。糸に伝わる力が抜けているのだ。

 こうなってくると、俺の糸は手足を縛る足枷にしかならない。

 まともに動かせる糸は右手から出している一本だけ。しかも長さは一メートルあるかどうかだ。


 こちらの不調に気付いたのか、男は間髪入れずこちらを攻撃してきた。

 ただし剣ではなく、体当たりで突き倒すように。これはこちらの糸を警戒しての行動だろう。


 俺の糸は首や顔、各関節部を斬り付ける事が主な攻撃方法になる。

 身体を丸めて、打撃を受ける事を覚悟したうえでの突進には対して効果を発揮しない。

 足元を引っ掛けるような罠を仕掛けている場合ならともかく、この攻撃を受け止める事は不可能だ。


 そして手足の動かない俺に、これを避けられる道理はない。

 まともに喰らって床に転がり、そこへ男が馬乗りになって首を締め上げてきた。


 剣も糸も使用できない間合いでの格闘戦。

 幻覚で少女に見せかけているとは言え、実際は子供の体格の俺では不利は否めない。


 だが男は忘れている。

 俺は今……一人じゃないという事を。


「クルルゥ!」

「ぐわああぁぁぁぁぁ!?」


 甲高い鳴き声を残し、白い閃光が男の顔面へと突き刺さった。

 いや、閃光ではない――鳩だ。


 シャンデリアの付近に飛び上がり、周囲を警戒していたマクスウェルの使い魔が、男の顔面に向かって急降下攻撃を仕掛けたのだ。

 深々と左目の付近を爪で抉られ、悲鳴を上げて体を起こす男。

 それは俺の首から手を離す事にも繋がっている。


 締め上げられ、閉塞していた気道に空気が一気に流れ込んでくる。

 咳き込んでその空気を貪りたいところだが、この千載一遇のチャンスを見逃すわけにはいかない。

 糸は使えなくなったが、左手に持った短剣は残っている。

 これを俺は男の右脇腹に渾身の力で突き立てた。


 致命傷からは遠い場所だが、正面は皮鎧で防がれていたため、仕方ない。

 そして振動を起こす。急激に震え出す短剣の刃は、柄を持つ俺の手よりも先に、男の内臓にダメージを与えていた。

 微細な振動が体内から波のように全身に広がり、鍛えようのない内臓を打ち据えていく。


「うぐっ、ぐむ――ぐばっ!?」


 まるで何かを堪えるようなくぐもった声を上げた後、男は盛大に血反吐をまき散らした。

 そのままびくびくと手足を痙攣させ、倒れ伏す――つまり俺の上に。

 やがて痙攣は収まり、男はピクリとも動かなくなった。生死のほどは……確認するまでも無いだろう。


「……悪いが未来永劫、男に乗られる趣味はないんだ」


 俺は事切れた男の死体を押しのけ、立ち上がった。

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