第169話 カチコミ

 ここは派手に動き、敵の注目をこちらに引き付け事で、エリオットの安全が高まるはず。

 そう判断した俺は屋敷の正面に向かい、門番へと近付いた。

 こういう押し込み紛いの手段は、俺よりも正面からの戦闘が得意なライエルやガドルスの方が向いているんだが。


 正面を見張る門番は、不意に近付いてきた美少女――不本意ながら、俺の事だが――まあ、俺の姿を不審に思いながらも、剣を向けてはこなかった。

 今の俺は幻影の姿で、武装を隠している。そもそも本来の目的がデートだったので、ピアノ線と短剣一本くらいしか持って来ていない。

 門番は悠然と前を通り過ぎる俺を見て、口笛を吹き、そのまま顔色を変えた。


 完全に油断していた門番の隙を突き、俺は腕を一振りしてピアノ線を首に巻き付け、そのまま締め上げたからだ。

 声すら上げる事ができず、自身の首に手をやってもがく門番。

 俺は鉄柵を利用して全力で糸を引き、そのまま地面に引きずり倒す。高さ一メートルのところから引き寄せられる糸に見張りは体勢を崩し、前傾姿勢になった。その足を払って地面に引き倒す。

 そしてそばに駆け付けて短剣を引き抜き、倒れた門番の延髄に突き立てた。

 ビクリと、水揚げされた魚のように跳ねて、カクカクと手足を痙攣させる。やがてその動きは止まり、完全に死亡した事が、短剣越しに俺にも伝わってきた。


「なってねぇな。警戒の声くらい上げろよ」


 俺が近付いた段階で、門番は警戒すべきだった。それ以降も、首に糸を巻き付けられる前に、内部の人間に知らせる手段はあったはずだ。

 剣で武装しているのだから、鉄柵を強く叩くだけでも、中の人間は警戒しただろう。


「雇いの人間らしいが、質は高くないか? いや――」


 敵の戦力を彼一人で見切るのは早い。少なくとも相手は、プリシラを倒す事ができる程度には、腕が立つはず。

 だとしても、現状では退く事はできない。

 俺はそのまま正面扉へ向かおうとした――ところで、マクスウェルに呼び止められた。


「待て、レイド。いくらなんでもその武装では心細すぎるじゃろう?」

「でもよ。いつものカタナは家に置いてきたし、ミスリルの手甲ガントレットもお前の屋敷だぞ」

「呼び寄せるから、ちょっと待てと言っておるのじゃ」


 そう言うとマクスウェルは小さく魔法を唱えた。

 そして俺の手元へと愛用のガントレットが転送される。


「おお、どうやったんだ?」

物品転送アポートの魔法じゃよ。そう高位の魔法でもない。中位の少し上というところじゃな。お主も学院を卒業する頃には、使えるようになっておるじゃろうて」

「干渉系魔法なのか……」

「物の位置情報に干渉するんじゃよ。転移テレポートよりは難易度は低いぞ」


 容易く言ってのけるが、それ、とんでもない難易度だったりするからな?

 まったく、これだから六英雄は……

 ぶつくさ言いながらも、俺は即座にガントレットを装着する。

 ミスリル製の、懐かしい冷たさに腕を覆われると、昔に戻ったような気分になってくる。

 手首に設置された糸の射出口から一本引き出し、具合を確認して、調子を整える。


「しばらく整備してなかったんだがな……」

「一応外装だけならば、ワシでも整備できたがな。中まではとても無理じゃ」

「それは俺だって無理だよ。腕利き鍛冶師の一品モノだぜ?」


 百メートル以上のミスリル糸を十本も仕込んだこのガントレットは、その無理が祟ってかなり精密な造りになっている。

 愛用している俺ですら手を出しかねるほどに、細かな造りは、整備性を犠牲にしていた。


「そのうち整備してもらいに行かないとダメだな――」

「生前でも、ワシ等に正体を明かさなかった鍛冶師か?」

「ああ。俺の素性がこうだから、表立って口にできなかったんだよ」


 前世の俺は自身の正義感に従い、権力者相手でも平気で暗殺業を営んできた。

 それだけに俺には敵が多く、協力者の名前すら大っぴらにできなかったのだ。

 それは邪竜を倒した後でも同じで、仲間にすらその名を漏らしていない。鍛冶師とは、『面倒に巻き込むな』という契約でもあったから。


 ともかく今はエリオットが優先だ。俺は門番の死体をそのままに、屋敷の中へ踏み込んだ。

 死体を放置しておいたのは、その方が騒ぎになるからである。俺は幻影で姿を隠しているので、第三者に見つかっても問題はない。

 あの神様も、実に便利なアイテムを寄こしてくれたものである。


 ガシンと、拳と拳を叩き合わせ、俺は正面扉に近付いて行く。

 そしてノック代わりと言わんばかりの勢いで、力ずくで蹴り開けた。


 ミスリルの糸を巻き付け強化した足が扉を蹴り抜き、その衝撃に耐えきれなかった鍵と蝶番部分が弾け飛ぶ。

 そして内側に倒れ込んだ扉は、盛大な騒音をまき散らした。

 その奥は予想以上に広い吹き抜けのホールになっていて、通路が三方向。緩やかにスロープを描く階段は二階へと続き、その奥にも通路があるようだ。


 騒音が収まるまで俺は耳を澄まし、できるだけ敵の数を確認しようとする。

 肩に載っていた使い魔がシャンデリア付近まで飛び上がり、二階の警戒に当たってくれていた。

 さすがマクスウェル。実に気が利く。


 扉を破った事で中から慌てたような声が響いてくる。聞き取った音は三か所。

 正面の通路の奥。二階の西側。そして……


「地下?」


 ガチャガチャと、金属の鳴る音。

 装備を整えているのか、それ以外の何かなのかはわからないが、確実にその音は地下から響いてきていた。

 となると、一番怪しいのは地下室って事になるが……俺には入り口がわからない。


「まあ、その辺の連中に聞けばいいか」


 鋭く鳴く鳩の警告。

 そして正面通路からも、敵がやってきた。

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