第168話 救出前

 俺は変装を解かずに屋敷の周囲を見て回ることにした。

 変装を解こうとしたら、マクスウェルが反対したからである。


「レイド、これはいい機会かもしれぬぞ」

「いい機会ってなんだよ? エリオットが攫われて絶賛ピンチ中じゃないか」

「それを利用するのじゃよ。今、エリオットは敵中に一人。そこへ颯爽とお主が現れ救いの手を差し伸べたら、相手はどう思う?」

「男を薙ぎ払う女ってドン引きされるんじゃねぇ?」


 だがマクスウェルの言いたいことはわかる。

 つまりこれは、姫君と白馬の王子様の救出劇なのだ。ただし男女が逆転している。


「レイド、お主の言うことも一理はある。しかしよく考えてみぃ。エリオットは幼いころからワシらによって助けられてきておる。つまり、頼れる存在に懐く傾向があるのじゃ」

「ヤな傾向だな、おい」

「ここはそれを有効に活用すべきじゃろう。今のお主が救出することで、間違いなくエリオットはお主を頼るようになる。それは最初は頼り甲斐の影響かもしれんが、それがやがて恋心に代わる可能性も低くはないはずじゃ!」

「変な力説はやめてくれ。元々乗り気じゃないのに、更に気分が萎えてくる」


 とは言え、この一件を効果的に利用しようという発想は理解できた。

 アクシデントと性格を把握した上で、自分の手の平で転がそうという考えは、さすが海千山千の貴族を相手取ってきただけのことはある。


 マクスウェルと相談しながら屋敷の周りを探索していく。

 無論目立つ風貌なので、捜索中は幻影の指輪を利用して顔を隠すフードを追加しておいた。

 見た感じ、門のところに門番が一人。腰には剣を差し、武装している。

 他には人影は見当たらないので、屋敷の中に控えているのだろう。


 正面の前庭には馬車が一台放置されていて、車輪の所に襤褸ボロ切れが纏わりついていた。

 遠目にもわかる、赤黒く染まったその布切れは、間違いなくプリシラが仕掛けたモノだろう。


「どうやらここが目的地で、間違いないらしいな」


 続いて侵入の算段も考える。

 屋敷の周囲を囲む塀は煉瓦作りで高さが一メートルほど。それだけなら飛び越えることも容易なのだが、その上には更に高さ二メートルほどの鉄柵が据え付けられている。

 つまり合計三メートルの柵だ。これを乗り越えるのは少し難しい。


 糸を使って飛び越えることも考えたが、鉄柵の上部には侵入防止用の返しまで付いていた。

 無理に飛び越えれば、足を引っかけて大怪我をする可能性もある。


「他に手がないのなら飛び越えもするが……面倒だな」

「まさか主を待たずに乗り込むつもりか?」

「うおっ!?」


 聞きなれない太い声に、俺は思わず悲鳴を上げる。

 しかしすぐにその主が誰かわかった。マクスウェルから預かった使い魔だ。

 自意識を持つこの使い魔は、発声も可能。つまり自分の意志で会話することができる。

 つまり今、俺はこの使い魔とマクスウェルの二人同時に見張られていることになる。


「そういや喋れたんだったな、お前」

「偉大なるマクスウェル様の使い魔だ。他の有象無象と一緒にされては困る」

「鳩ってもっと可愛げのある話し方をするかと思ってたよ……」


 妙に威厳を感じさせる声のギャップに、なんだか眩暈めまいがしてきた。

 こうなると、目の上にある羽毛の模様もいかつい形の眉毛に見えてくるから不思議だ。


「とにかくマクスウェルも言っていたが、事は一刻を争うかもしれない。念入りに痕跡を消そうとしていたので、即座に始末されるとは思えないが、プリシラを放置していたことから見て、今日明日にはこの屋敷を引き払う可能性もある」


 鳩を相手に会話しながら、俺は考えを纏めていく。

 エリオットの護衛が放置されていれば、それは間違いなくマクスウェルの耳に入る事件になる。

 そうなれば、マクスウェル直々に事件の陣頭指揮を執る事になり、その犯人もこの首都にいる以上あっさりと突き止められるだろう。

 それでもプリシラを放置していたというのは、この首都に長居する気が無いからかもしれない。


 だとすればエリオットは確実に……近日中に始末される。マクスウェルに情報が行き、この屋敷に辿り着く前に。

 マクスウェルは探査サーチの魔法が使える。これは周辺の生命体や魔力など、指定した対象を探知する魔法だ。

 無論、誤魔化す手段は存在するが、それでもマクスウェルのような凄腕相手に長く隠れていることは不可能に近い。


「つまり、相手が警戒していたのはマクスウェルに嗅ぎ付けられることよりも、エリオットに逃げられること。そのために中にいたエリオットに場所を特定されないように街中を走り回っていたんだ」

「主の探査サーチを警戒していないとな? なんと不敵な」

「来る前に最低限の目的を果たし、逃げ出す気だったんだろうよ。攫ったところから見ると、それはエリオットが生きていることが必要な何か、か?」

「例えば?」


 そこまで言われ、俺はエリオットが必要な理由を推測する。

 彼は言うまでもなく、北部三ヵ国連合の最重要人物。旧王家の血を引いており、独身。

 王としての職務を考えると……


「そうだな、子供を作れなくする、とか?」

「子供?」

「ああ。王様ってのは血筋を何より重要視する。ここでエリオットを殺せば、内乱に発展する可能性がある」

「だから生かしていると?」

「そうだ。だがそのまま放置したんじゃ、エリオットを退位させる事はできない。そこでもう一つの重要点、『後継者を作れない王』という状況に追い込めば?」


 仮にもエリオットが生存している以上、他国も、そして内部の貴族達も大きな動きはできない。

 しかしそのエリオットが、後継者を作れない身体にされたら?

 手早く彼を退位させ、別の誰かに王位を継がせる可能性が高まる。

 後継者問題とは、それほど重要な問題なのだ。


「男が子供を作れなくする方法なんて簡単だ。ちょっと踏み潰してやればいい」

「……ワシ、ちょっと縮み上がったぞぃ」


 今度は使い魔からマクスウェルの声が聞こえてきた。どうやら俺の推測を聞いていたらしい。


「まあ、レイドの事だから、また間違った予想を立てておるのじゃろうが――」

「ひでぇな、おい!?」

「潰すだけなら襲撃現場でもできるからな。それに治癒魔法を掛ければ、どうにでもなる。じゃが、正解に近いことは間違いはあるまいよ。大陸最大の面積を持つ三ヵ国連合の元首。それが最大のエリオットの価値じゃからな」


 マクスウェルの発言はともかく、そう言う手段がある以上、予断を許さない状況であることは間違いない。

 ここはあまりこそこそせずに一直線に、まっすぐエリオットの元へ向かうとしよう。

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