第588話 イタズラ心

 食事の用意は俺とミシェルちゃんで行うことになった。

 先ほどの汚名返上を狙ってか、エリゴール王女が必死に夕食を作りたがっていたが、フィニアが身動きできない状況なので付き添う人が必要である。

 彼女にはその役目を担当してもらうことにした。うっかり料理を担当させると、毒キノコとか間違えて入れられそうだから。


「じゃあ、ミシェルちゃんはスープお願い」

「わかったぁ」

「蜘蛛の足肉入れちゃダメだからね?」

「……………………うん」


 その間は入れる気だったのか? ともあれ、一番疲労しているフィニアが食べられない食事は却下である。

 俺はミシェルちゃんがスープを作る準備をしている間、薪になりそうな枝をかき集めてくる。

 消火のために雨を降らせているので、湿気った枝ばかりなのだが、そこはエリゴール王女がいる。

 今はフィニアの様子を見てもらっているが、薪に火をつけるくらいなら手早く済むだろう。

 ついでに食べられる野草を摘んできて、それも一緒に食事に出す。


「エリィ、薪に火をつけてもらえる?」

「任せてくださいまし!」


 フンスと鼻息荒く馬車から降りてくる。

 石を積み上げたかまどの中に薪を突っ込み、エリゴール王女はそこに魔法を撃ち込もうとする。


「――爆炎焦球ブレイズスフィア

「ちょっと待てぇぇぇぇ!?」

「大丈夫ですわ、火力控えめですので!」


 エリゴール王女の言う通り、かなり小さめの火球が薪の中で滞留し、薪の水分を瞬く間に蒸発させていく。

 同時に薪が勢い良く燃え上がり、灰と化していく。


「これ、便利だけどわたしが薪を集めてきた意味が……」

「え? あ、いや、もちろん火種になる物は必要ですし」

「まぁいいけど。この魔法、どれくらい持続するんです?」

「十分は軽く持続しますわ」

「薪を燃やすには充分だけど、料理するには少し短いね」

「申し訳――」

「いや、責めてるわけじゃないから!」


 再びシュンとしたエリゴール王女を、慌てて慰める。

 実際、かまどにちょうどいい火力に調整するとか、非常に器用なことをしている。

 この制御力は下手をしたらレティーナに匹敵するかもしれない。その技量は、感嘆に値する。


「今のうちに湿気った枝とかそばに置いて、乾かしておこう。それだけでも充分に助かるよ」

「役に立てたのなら、幸いですわ」

「ウチは魔法面はフィニアに頼りっきりなところがあるから、本当に助かるね」

「むしろフィニアお姉ちゃんが万能過ぎるの」


 ミシェルちゃんが言う通り、レティーナがいた頃は、もう少し魔法に頼らなかった気がする。

 フィニアが参加して多彩な魔法スキルと家事を一手に引き受けてくれるおかげで、俺たちは少し楽をし過ぎたのかもしれなかった。


「申し訳ありません、私がへばっちゃったせいで」

「むしろフィニアが火災を止めなかったら、わたしたちがこの薪みたいになってたから」

「うう、それについては本当に面目有りません」


 フィニアをかばえばエリゴール王女が、という負の連鎖がここに誕生している。

 これから旅の数少ない楽しみである食事だというのに、謝罪ループは勘弁してほしい。


「それはそれ、これはこれ! わたしもエリィの力量を把握しきれてないまま指示しちゃったんだから、そこはおあいこで」

「え、ええ」


 そう言っている間にミシェルちゃんが鍋で具材を炒め、水を張ってスープを作り始める。

 俺は話を切り上げてフライパンを用意し、かまどの脇をつかって炒め物を作り始めた。

 摘んできた野草に塩コショウや調味料をぶっかけただけの、非常に雑な料理である。

 それでもスープとパンと干し肉だけという夕食よりも、遥かにいろどりが出る。


「こっちのテント終わったから、何か手伝うよ」

「じゃあ、これお皿に取り分けといて」

「了解」


 料理の準備はクラウドに引き継いで、俺はフィニアの様子を見に馬車に戻った。

 そこにはごろりと横に転がったフィニアの姿があり、その口元にエリゴール王女が水袋をあてがっていた。


「フィニア、調子はどう?」

「ええ、かなりマシになりました。魔力切れって結構きついんですね」

「わたしはなったことがないから、よくわかんないや」

「ニコル様はむしろ溢れかえってましたから」


 クスリと笑顔を漏らすフィニアを見て、笑うだけの余裕が出てきたと安心する。


「あ、また魔力吸引する? 上手くいけば、フィニアの魔力が回復するかもしれないよ」

「え? ええ!? そういえば、そんなことも……え、じゃあ私、レイ、いえニコル様と、え? うぇえ!?」


 顔を真っ赤にして口元を押さえるフィニア。俺からすれば『何を今さら』と思わなくもないが、彼女的に子供への医療行為だったアレが、実は相手の前世が俺だったと知れば感想も変わってくるだろう。

 そもそも、俺の魔力蓄過症は女王華の蜜の効果もあって、一年足らずで完治している。

 その後も気絶などは続いていたが、それはこの身体の元々の虚弱さなので、治しようが無かった。

 ともあれ、今から七年近く前のことなので、フィニアが忘れていたとしても無理はない。


「その節はごちそうさまでした」

「レ……ニコル様!?」


 真っ赤になっているフィニアが可愛かったので、俺はつい意地悪な笑顔を浮かべてしまった。

 フィニアは言い返そうと何やら思案していたようだが、いい言葉が見つからなかったのか、手近にあった毛布を頭からかぶって隠れてしまう。

 さすがにイジメすぎたかと反省し、フィニアの毛布に近寄って小さく『ゴメン』と告げておく。

 温厚な彼女のことだから、これくらいで怒るとは思わないが、やはりきちんと謝罪しておくことは重要だ。


「それじゃ、もうすぐご飯ができるから、外に出ておいで」


 フィニアのかけた天候操作の魔法の効果はまだ残っていて、馬車の外はしとしとと雨が降り続いていた。

 それでも木立の下に馬車を移動させていたので、かまどを作った周辺は濡れていない。

 それに、雨除けのマントなども羽織っておけば、濡れることはあるまい。


「フィニア、どう? 食べられそう?」


 俺が問いかけると、フィニアは毛布から頭だけを出し、こっくりと頷いた後、再び毛布の中に戻った。

 ミノムシかと言いたくなったが、俺のせいなのでここはグッと我慢して、馬車から出た。


 結局その日はフィニアの機嫌は治ることはなく、日の夕食に顔を真っ赤にしたフィニアが出てきて、何があったのかとミシェルちゃんとクラウドに余計な心配をかけることになってしまった。

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