第587話 似たもの同志

 雨除けの幌を馬車の荷台に張り、その中でエリゴール王女を正座させ、身分の違いすら無視して俺は説教していた。

 その横では、珍しくフィニアがはしたなく手足を投げ出し、ぐったりとした表情で荒い息を吐いている。

 これは身の丈に合わない、高レベルな魔法を使用した反動である。


 今回エリゴール王女が使用した魔法は、マクスウェルも使ったことのある追尾型の火焔魔法だ。

 しかも本来は思考で誘導する術式を、自動追尾に修正してあるマクスウェルのオリジナル魔法。

 これを伝授されたエリゴール王女は、今回の襲撃で鼻高々に使用してしまったわけである。


 巨大な火球に驚いたヴァルチャーは、尻に帆を掛けたように逃げ惑い、それを爆炎焦球ブレイズスフィアの魔法が追いかけ回す。

 その放射熱で森林火災が発生し、しかもヴァルチャーは逃げ惑うものだから、その被害は加速度的に広がっていった。

 さらに悪いことに、この魔法は自動追尾に設定してある影響で、エリゴール王女にすらその動きを制御することができず、結果としてヴァルチャーが焼かれるまで、その効果は持続していた。


 ことが終わる頃には周囲は完全に火の海と化し、慌ててフィニアが火を消すために天候操作コントロールウェザーという高レベル魔法を使用して、魔力を使い果たしたのである。

 魔力が尽きたフィニアは、いつもの貞淑な佇まいを取り繕う余裕もなく、荷台の中でダウンしてしまい、俺たちはその魔法で降り出した雨に対処すべく慌てて幌を張ったというわけだ。

 そして、現在に至る。


「レティーナも良く森の中で火の魔法を使ってたけど、ここまで凶悪なのは使ったことが無いよ」

「申し訳ございません……」

「せめて周囲の状況を把握してから、魔法は使用して。強大な力を持つ以上、それを適切に使いこなすのは義務だよ」

「侍女たちからも、『いいから姫様はじっとしてて』とよく言われます」

「……いつもなのか?」


 この、力はあれど詰めが甘いというスタイル、どこかで見た記憶がある。

 誰だったか思い浮かばないが、なんとなく悪気はないのは理解できた。だからと言って危険なことには違いないので、叱るべきところは叱っておかないといけない。たとえ王族と言えど。

 特に一緒に旅をするなら、彼女の魔法が原因で、仲間に危害が及ぶかもしれないのだ。エリゴール王女の温厚な性格に便乗して、言えることは言っておくに限る。

 もっとも、そんな彼女の性格を見切らずに戦闘に参加させた、俺のミスもあるので、あまり強くは言えないところである。


「そっか、エリィちゃんはドジっ子だったのかぁ」

「ああ、どっかで見たと思った」

「うんうん。なんとなく似てるよね」

「ハァ、ハァ……ニコル様と、そっくり、なのですね」

「そこの三人、余計なこと言わない。あとフィニアは大人しく魔力回復しておくように」


 たしかに俺は詰めが甘いが、周囲に被害を及ぼすほどじゃないぞ。魔力回復を促す薬の入った薬瓶を、フィニアの口にねじ込みながら、俺は憮然とした顔をした。

 このエリゴール王女、人柄は良いし、温厚だし、美人で自分の世話も自分でできるという、俺たち庶民からすれば非常によくできた人間だが、こういう欠点があったというのは予想していなかった。

 ともあれ、致命的ではあったが、まあ一度目の失敗で反省していることだし、あまりくどくど叱るのはやめておこう。

 これからも一緒に旅をする仲間だ、俺が怖いと思われるのは、マイナス要因になりかねない。

 なぜか怖いと思われてボッチをこじらせたのが俺の前世なのだから、今度こそ同じ失敗はすまい。


「まぁ、反省してるならいいけどね。今度からは気を付けるように」

「はぁい」


 シュンとして、悄然とうなだれるエリゴール王女。こういう姿は年相応に可愛らしい。

 しかしいつまでも馬車の中に避難するというわけにもいかない。ヴァルチャーの襲撃とその後の消火作業で時間を取られ、すでに日が暮れ始めていた。

 俺たちは馬車を使って夜営するので、テントの設営などはクラウドの分だけで済むのだが、それでも野宿となると準備がある。


「今日はフィニアがこの調子だから、食事はわたしたちで作ろう。クラウドはその間に自分のテントを用意してて」

「あら、クラウドくんも一緒じゃないの?」

「エリィ、仮にも王族なんだから、男と一緒に同衾どうきんするとか問題になるでしょ?」

「クラウドくんだったら危険はないと思うけど……」

「それをネタに脅してくる輩もいるかもしれないよ。そうなるとクラウドにも迷惑になるし」

「誰も見ていないし、大丈夫だと思うんだけど」


 つくづく思う。この王女は詰めが甘いんじゃない。脇が甘い。大丈夫なのか、ラウム王家。


「えー、クラウドくんが王様になるの?」

「いやいやいや、それはない! それはさすがにあり得ないから!」


 俺たちの話を聞いたミシェルちゃんが素っ頓狂な声を上げ、クラウドが全力でツッコミを入れる。思わず脱力した。本当にミシェルちゃんは癒しである。

 へたばっていたフィニアですら乾いた笑いを浮かべるくらいだ。

 しかし、今はそれどころではない。


「とりあえずフィニア、雨はどれくらいで止むの?」

「この術式だと、一時間程度降り続くと聞いています。初めて使いましたので、保証できませんが」

「そりゃ、フィニアだと雨を降らせる魔法より、晴れさせる魔法の方がありがたいだろうし」

「お洗濯の時は、そう思わないでもないですけど……」


 ともあれ、準備中に止むということはなさそうだ。なら、雨のかからない森の木の下に入り込み、そこで煮炊きをするしかない。

 俺は面倒だと思いながらも、ミシェルちゃんに馬車を移動させるように頼むのだった。

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