第586話 お姫様の実力

 衝動的に立ち上がったエリィに触発されたのか、ヴァルチャーたちはこちらに向かって急降下攻撃を仕掛けてきた。

 もちろん、間合いが近付けばミシェルちゃんの良い的である。

 しかしこちらに到達するまでに、ミシェルちゃんが全て撃ち落としては元も子もない。今はエリィがどの程度戦えるのか、見てみたいのだ。


「とりあえずミシェルちゃんは一羽だけ落として。クラウドは私と一緒に馬を守りつつ一羽を担当。フィニアとエリィで一羽倒せる?」

「はぁい」

「任せとけって」

「一羽だけなら、何とか」

「頑張りますわ!」


 それぞれが俺の指示に返事を返してくる。

 クラウドは馬上で大盾を構え、フィニアは馬車を停め、小声で起動言語を唱えて短剣を槍へと変化させる。

 そうした準備の間にも、ヴァルチャーとの距離が詰まる。

 こちらに向け、爪を下に突き出した体勢を取った瞬間、ミシェルちゃんが続けざまに二度矢を放った。

 それは狂いなく一羽の両翼の付け根に突き刺さり、飛翔能力を奪い去る。


「はい、お仕事オシマイっと」

「いや、急降下してくるヴァルチャーにピンポイント射撃とか、普通はできないからね?」

「えー、ニコルちゃんでもやればできるよ?」

「ぜぇったい、できないから!」


 これだから天才ってやつは。

 急降下するヴァルチャーの速度は時速百キロを超える。翼を広げれば三メートルは超える巨体とはいえ、その翼の付け根に、動きを阻害するようにピンポイント狙撃するなんて、規格外に過ぎる。

 もちろん、俺にそんな真似ができるはずもない。


「す、すごいんですね。さすが弓聖……」

「まぁ、ミシェルちゃんのすることに常識は当てはまらないから」

「ニコルちゃん、ひどぉい!」

「ほら、後続が来たよ!」


 俺は念のため、糸を使用することを避け、カタナを引き抜いておく。

 エリゴール王女は言うまでもなく王家の人間だ。六英雄に関する情報も、民間の人間とは比較にならないほど多い。

 変に糸を使い、そこからレイドへと辿り着かれると困る。


「よっ……と」


 とは言え、俺も糸が無ければ、攻撃範囲はクラウドと大して変わらない。

 そこで小石を切っ先で跳ね上げて、ヴァルチャーの頭部を狙う。もちろんミシェルちゃんではない俺の投擲がそんな簡単に命中するわけがなく、あっさりと回避されてしまう。

 しかしそこまでは俺の計算通り。一羽が回避した影響で攻撃の角度がずれ、二羽が別々に孤立した状況を作り出すことに成功した。


「よし、クラウドはこっちの一羽を担当、フィニアたちはそっちお願い!」

「わかりました!」


 もちろん長年俺とパーティを組むフィニアは俺の意図を察しており、すでにそちらへと穂先を向けていた。

 胴体を目指して突き出した穂先は、しかしギリギリのところで回避され、かすり傷を付けるにとどまった。

 エリィも負けずと魔法の詠唱を開始しており、こちらも実戦に怖気づいたところは見られない。どうやら、いざという時の戦力にはなりそうだ。


 同時にゴツンと重そうな音が鳴ったと思ったら、クラウドがヴァルチャーを相手に接近戦に持ち込んでいた。

 爪の攻撃を盾で防ぎ、逆にその足を掴んで地面に引き摺り倒そうとしている。お前、剣はどうしたよ?


「クラウド、剣は?」

「どうせ地面に落とさないと意味ないから抜いてない。それより早く攻撃してくれ! 足が浮きそうだ」


 身長が伸びたクラウドだと、ヴァルチャーもそう簡単に持ち上げることはできない。とはいえ、持ち上げられないほどでもなく、必死に羽ばたいてクラウドから離脱しようとしていた。

 そのためクラウドの足はときおり宙に浮いて鐙から離れ、そのたびに馬のエリザベスにしがみついて、どうにか耐えていた。


「はいはいっと。でもクラウドはこれくらい、一人で倒せるようになってくれないと」

「倒そうと思ったら倒せるよ。盾を放して剣を抜けばいいわけだし」

「でもそれをすれば、無駄に怪我しちゃうとってわけか」

「そうそう。痛いのは俺だってヤだし」


 今爪の攻撃を受けている盾を放し、相打ち覚悟で剣を突き刺せば、おそらくクラウドの方が勝つ。

 だがそれをすれば無駄に傷を負うわけで、もちろん傷は俺たちが癒せるわけだが、無駄に魔力を消費することになってしまう。

 だからクラウドは持久戦の形を取り、俺の参戦を待っていたのだ。

 こちらの戦力を把握した上での行動であり、これはむしろ褒めるべきところだろう。


「だからって褒めてやらない。お前すぐ調子に乗るから」

「ひっでぇな!」


 言いつつも俺はクラウドの方に駆け寄り、跳躍した。

 最初の一歩でエリザベスの尻に足をかけ、次にクラウドの肩を足場に宙に舞う。

 この行動に驚いたのか、ヴァルチャーは一瞬目を見開いたが、すぐさまこちらにくちばしを突き出してきた。

 だがそれは、俺に向けて頭部という弱点を差し出す行為でもある。

 俺はヴァルチャーの眼球に向けてカタナを突き出した。こちらに向けて頭を突き出したヴァルチャーに、これを避ける術はない。

 柔らかな肉の感触を貫き、その奥の硬い骨をも突破する。

 そのまま俺はヴァルチャーを下にしたまま地面に落ちた。


「また、この形かよ」


 ラウムに来る途中に襲い掛かってきたヴァルチャーの時も、この体制で地面に落下した気がする。

 同時に俺はフィニアの方に視線を向けた。

 フィニアは堅実に槍を小刻みに突き出し、ヴァルチャーの接近を防いでいる。

 あの時は防戦一方だったフィニアだが、槍という武器と、その後の鍛錬のおかげで、ヴァルチャー相手なら余裕を持って対処できるようになっていた。

 そしてフィニアが時間を稼いでいる間に、エリゴールの魔法は完成した。


「フィニアさん、さがって!」

「はい!」


 俺たちほどコミュニケーションが取れていないので、声に出してタイミングを知らせるエリゴール王女。

 だがフィニアもその声を待っていたかのように、後ろへと飛び退く。

 細やかな気遣いのできるフィニアは、相手の気持ちを察することに長けている。

 初めて組むエリゴール王女とのタッグでも、その能力を使って相手に合わせた行動が可能だったようだ。

 そのエリゴール王女は、フィニアが距離を取ったことを確認し、魔法を起動する。


「――爆炎焦球ブレイズスフィア

「ファッ!?」


 エリゴール王女の使った魔法に、俺は思わず変な声が出た。

 爆炎焦球ブレイズスフィアは、かつてはマクスウェルも使っていた誘導型の高火力炎属性魔法。

 その威力は放射熱だけでも、周囲の木を燃え上がらせるほどだ。

 それをこんな森の中で、しかもヴァルチャーの追尾になんて使ったら……


「見ましたか、これが私の実力です!」

「アホかぁああぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺は身分差も忘れてエリゴール王女の後ろ頭にツッコミを入れた。

 その間にも逃げ回るヴァルチャーを追い回した爆炎焦球ブレイズスフィアは森の直上を走り回っている。

 そして火災もまた、その規模を広げつつあったのだった。

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