第585話 エリィの戦力

 門を出てしばらくは、何ごとも無く旅は進んでいた。

 これはラウムの冒険者たちが、首都近郊の危険な生物をこまめに討伐している影響もある。

 その間も気楽に俺たちに話しかけてくる、エリゴール王女。やはり彼女のフランクな対応は、周囲の目を気にしての行動ではなく、地の行動らしい。


「でも、平和ですわね。城にいた頃はもっとこう……街から出た途端に、モンスターがグワーッて襲い掛かって来るものかと思ってましたのに」

「あはは、そんなにいきなり襲われたら、誰も街から出なくなっちゃうよ?」

「そうですね。今は街道沿いを歩いてますし、比較的安全な道を選んでますから」

「フィニアさん、ここでちょっと道を外れてみるという選択肢を採ってみる気は?」

「ありません。諦めて大人しくしてください」


 あまりにも気安く話しかけてくるので、フィニアとミシェルちゃんはすでに十年来の友人のような有様になっている。

 それは護衛としていい事なのか、悪い事なのか、判別が付きにくいところだ。


「むぅぅ、せっかく街を出たのですから、お父様に胸躍るお土産話をしてあげたかったのに」

「まだまだ旅は始まったばかりですから、お気を落とさず」

「いや、フィニアもそこでノッていかない。襲撃されたら困るんだからね?」

「ハッ、そうでした!」


 それにしてもこの王女。ガードの堅いフィニアですら油断させるとは、恐れ入る。

 馬車ということで現在はフィニアが手綱を持っているが、途中でミシェルちゃんに交代してもらうことになっていた。

 幼い頃から獲物を運ぶために馬車の操作を学んできたミシェルちゃんと、孤児院で食料を運ぶために馬車の操作を覚えてきたフィニアがいるおかげで、二頭立ての馬車もどうにか扱えている。

 ちなみに俺は馬の乗り方なら知っているが、馬車の操作はできない。


「そういえば、エリィは馬車の操作はできます?」

「ニコルさんはまだ口調が堅いですね」

「そりゃ、最低限の礼儀ですから。それにエリィも口調は丁寧じゃないですか」

「これは日々の教育の成果ですよ。それと馬車の扱いはわかりかねます。魔法なら得意なのですけど」

「了解です。ってことは、いざとなってもエリィに手綱は持たせられませんね」


 旅の間は何が起こるかわからない。例え護衛対象といえど、できることを知っておくのは悪くない。

 いざという時、俺たちを置いてエリィだけを馬車で逃がすという手段を採らねばならない時も、考えられた。

 しかしそれは、彼女が馬車を操れないという事実があるため、不可能だと判明したわけだ。

 彼女だけを逃がすという究極的に追い詰められた状況で、その辺の問答を避けられただけ良しとしよう。


「では馬は? 魔法はどの程度使えます?」

「馬なら乗れます。横乗りですけど。魔法は……炎系が得意ですが、レティーナほどは使えませんね」

「レティーナちゃん、今回もお留守番なんてかわいそう」

「しかたないよ、一応あれでも侯爵令嬢で、未来の公爵様なんだから。おいそれと街を離れられないもの」


 シュンと寂しそうに肩を落とすミシェルちゃんの頭を、ポンポンと叩いて慰めておく。

 そのたびに猫のように鼻を突きだすクセがあるのだから、面白い。


 フワフワした髪の感触を楽しんでいると、一瞬首筋に冷たい何かがよぎっていく。

 これは殺意を向けられた時の、本能的な防衛反応に近いモノだ。つまり今、俺たちに殺意を向ける何者かがいるということになる。

 俺は頭を動かさないようにして、即座に周囲に視線を飛ばす。ヘタな反応を見せたら、こちらの準備が整う前に襲撃を誘発しかねないからだ。

 しかし道沿いの薮などに人が隠れている気配はない。となると……


「上、か?」

「ん、どうかしましたか、ニコル様?」


 どうやら人間の襲撃者ではなさそうということで、ヒョイと御者台に顔を出した俺に、フィニアが不思議そうな声をかける。


「うん、ちょっとね」

「あー、ヴァルチャーだねぇ」


 俺の動きに気付き、同じように御者台に乗り出してきたミシェルちゃんが、暢気にそんなことを言った。

 確かに進行方向のかなり上空に、三羽のヴァルチャーが舞っているのが見える。

 敵の種類といい、羽数といい、八年前、俺がラウムに来た時と同じだ。


「今のミシェルちゃんなら、あそこまで矢が届くかな?」

「うーん、ちょっと難しいかも。上の方は結構風が強いみたいだし」


 その言葉を証明するかのように、ミシェルちゃんは無造作に矢を放ってみせた。

 その矢は幼い頃と違い、力強く、そして比較にならないほど正確にヴァルチャーへと向かっていく。

 しかしそれでも、届くまでに力尽き、風に煽られて射線をずらしていった。


「ね?」

「届かないってわけじゃなさそうだけど」

「羽毛とか皮を貫けるほどの威力は無いよ。こっちが使えたら別だけど」


 ポンと白銀の大弓サードアイをしまったケースを叩いてみせる。しかしこの程度の敵にそれを使うのはもったいないだろう。

 普通の矢と違って、こちらの矢は補充にも苦労するわけだし。


「じゃあ、近付いてきたら迎撃しよう。フィニアもその心構えで」

「また空を飛ぶ相手かぁ」

「クラウドは鳥系は苦手だからね。まぁ、馬が襲われないように警戒して」

「了解」


 上空から攻めてくる鳥は、盾持ちのクラウドにとって天敵である。

 だからと言って、この状況で軽視できる存在ではない。俺たちだけでなく、ああいう相手は馬を狙ってきたりもする。

 そういう時に素早くカバーできるクラウドの存在は、非常に重要である。

 馬を潰された場合、俺たちの行軍速度や輸送能力が大きく低下するからだ。


「ついにニコル様の実戦を目にする時が!」

「そこ、変に興奮しないで。そっか、そういえばエリィの実力を見るいい機会かも」

「え、私ですか?」

「そう。これから先、どう言う状況になるかもわからないしね。エリィがどの程度戦えるか、知っておきたいし」

「護衛対象を働かせるなんて、意外でしたわ」

「ここでいきなり怠けようとしないで」


 実際エリィの言い分の方が正しいのだが、万が一も許されない護衛対象である。

 いつもより慎重に、しかし正確に全体の力を把握しておきたい。

 そのためには、こういった余裕のある相手はちょうどよかった。


「いいでしょう。私の実力、お見せして差し上げます!」


 腕まくりして馬車の上で立ち上がったエリィを見て、どことなくレティーナを思い出した。

 レティーナも侯爵ということで、王家に近い血筋である。似た性格なのは当然なのかもしれなかった。

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