第584話 門の外へ

 さながらパレードのような有様だったが、どうにか俺たちは門を出ることができた。

 クラウドがエリゴール王女と仲良く話している姿を見せつけると同時に、俺は周囲の警戒も行っていた。

 本来の俺たちへの依頼内容は、あくまで護衛である。

 エリゴール王女は第一王位継承者であるが、同時にそれは、政敵からつねに命を狙われる立場でもある。

 正規の騎士を使わない今回の視察は、命を狙う不穏な輩からすれば、絶好の機会である。


「ま、そんな隙は与えないんだけどね」


 前世からその道のプロだった俺は、逆説的に狙うポイントはよく理解している。

 それとなく絶好の襲撃ポイントなどに視線を飛ばし、不審人物などがいないか確認していた。

 なにより、マクスウェルがそんなミスを犯すはずも無い。あの密室の会合からして、この旅の話はほとんど外部に漏らしていない様子だった。


 あまりにも急な出発は、襲撃する側にとっても対処が難しい。

 恐らく襲撃の手勢を集めることすらできず、今回のパレードモドキを目にする羽目になったはずだ。

 それにこの人当たりのいい王女なら、敵も人目のある場所では手を出せない。

 もし襲撃者が自分の手の者だと判明したら、それこそ民衆の信頼を失ってしまうのだから。

 さすがにクーデターとはいかないだろうが、民が領地を離れるくらいのことは置きそうである。

 民衆が領地を離れてしまえば、税収にかかわってくるし、それが王にバレれば貴族としての信頼にもかかわってくる。

 民が居着かぬ領地の主など、次代の王に任命される資格はない。


「エリゴール殿下、ここから先はモンスターも出てきますのでお気をつけ……殿下?」


 俺は気を引き締めるようにエリゴール王女に声をかけたが、彼女はその声に一切反応することなく、それどころか顔を背けて忠告を無視した。


「えっと、殿下?」

「エリィと呼ぶように言ったはずです」

「いや、さすがにそれは……」


 気安すぎるだろうと思い、敬称で呼んでいたが、どうやらそれがお気に召さなかったらしい。

 かといって、旅の間中、話しかけないわけにもいかない。


「勘弁してもらえませんか?」

「できません。私だけ仲間外れなんて、ずるいです」

「いや、ですが外聞的にもよろしくないかと」

「ニコルさんなら、私を愛称で呼んでも平気でしょう?」


 確かにライエルとマリアの娘である俺ならば、エリゴール王女を愛称で呼ぶくらいは許される身分だ。

 なにせ彼女は王族とは言え、代替のいる存在。

 対して俺は六英雄の娘で、世界樹教の教皇の恩人でもある。代替の利かない存在だ。


「……わかりました、エリィ?」

「はい、何でしょう、ニコルさん」


 満面の笑みを浮かべ、俺に返事を返すエリィ。俺は頬に一筋の汗が伝うのを感じ取る。

 この王女、レティーナ同様に地味にいい性格をしているかもしれない。


「ここから先はモンスターの襲撃があるかもしれません。王都周辺は冒険者による討伐が行き届いていますが、それも半日も進めば効果は無くなります」

「王都周辺の治安維持はお父様も力を入れて補助していたようですが……半日ですか」

「ええ、日帰りしないといけないので、どうしてもそれくらいの距離までしか、治安を守れていません」

「つまりこの先は、危険も覚悟しておけと?」

「その点に関しては全力でお護りします。ただし、こちらの言うことを聞いてもらえないと、力が及ばないこともあるかもしれません」

「指示には絶対服従ってわけね。承知したわ」


 モンスターの襲撃と聞いて、エリィの目が少し光ったのを、俺は見逃さなかった。

 この王女、実は襲撃を楽しみにしているかもしれない。

 なんとなく半眼になってしまった俺を見て、フィニアが含み笑いをしていた。


「フィニア、なに?」

「いえ、なんとなく昔の私を見ているような気分になって」

「昔の?」

「ええ。言うことを全然聞いてくれなかったニコル様と、私のやり取りにそっくりでした」

「いや、さすがにそんなことは……ある、かもしれない?」


 何かとフィニアの目を掻い潜っていた俺に比べれば、こうして大人しくしているエリィはまだマシだろう。

 その程度の自覚は、俺にもある。

 思えばライエルやマリアよりも長時間一緒にいるフィニアには、心配をかけっぱなしである。

 正体がバレてからはあまり怒らなくなったが、それでも心配していないわけではないだろう。

 ましてや、彼女は俺の虚弱振りを幼い頃から目にしている。


「まぁ、警戒は強めにしておくかな」

「はい。私も定期的に魔法で警戒しておきますね」


 風系の魔法の中には、耳に聞こえないほどの微小な音を周囲に発し、その反響で敵の位置を探るという魔法が存在する。

 地水火風の四属性の魔法を使いこなすフィニアは、この魔法も使用できた。


「ミシェルちゃんも、いい加減機嫌直して」

「べ、別に怒ってたわけないし! わたしだって、エリゴール殿下大好きだし?」

「そこでどうして首を傾げるのかな?」

「あとエリィって呼んでね」

「え、うん。エリィちゃんでいいかな?」

「さいっこう!」


 俺ほど抵抗なく愛称を口にしたミシェルちゃんに、エリィは親指を立てて返す。

 凄まじくフランクな態度である。こっちが地なのか?

 ともあれ、北門を出てから俺たちは街道を馬車で快調に飛ばしていた。

 もちろん快調と言ってもそれほど速いペースではないが、歩くよりは距離を稼げたはずだ。

 そうしているうちに陽が傾き、そろそろ夜営場所を探さねばならない頃合いになった。


「それじゃ少し広い場所を見つけたから、今夜はあそこで夜を明かそう」


 俺は街道沿いの十メートルほどの広場を見つけると、そこに馬車を乗り入れるように手綱を持つフィニアに指示する。

 クラウドも愛馬エリザベスで追従し、それぞれが野営の準備に取り掛かった。

 と言っても、俺たちには幌付きの馬車があるので、テントを用意するまでもない。

 食事用のかまどを作り、夕食を取れば後は馬車の中で寝るだけである。


 俺とミシェルちゃんが薪を集め、フィニアが夕食の用意をしている間、クラウドはテントを別に設営していた。

 これは彼が男性だから、俺たちと馬車で眠れないからだ。

 ミシェルちゃんやフィニアはもちろん、今は俺も女性の身体なので、男性には聞かせたくない話題もある。

 そこで彼だけ、自ら率先して別の寝床を用意するようになっていた。


「クラウド君はテントで寝るのですね」

「俺、このパーティで唯一の男だから。どうしてもね」

「意外と紳士なのですね、クラウド君」

「紳士でいないと、焼かれるんだ……」


 クラウドの答えが何を意味するのか理解できず、首を傾げるエリィ。しかしクラウドも、それを詳細に説明したりしない。言えようはずも無かった。

 それにしても、俺は理由もなく焼いたりしないんだぞ、クラウドよ?

 そんな冤罪を広めるようでは、一度念入りに『焼く』必要があるかもしれないな。

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