第589話 王女の本性
それから俺たちは、何度も苦難を乗り越えながら、ストラールの街を目指していた。
エリゴール王女が用を足している最中に大蛇に巻き付かれたり、エリゴール王女が水浴びしている最中に川タコに絡まれたり、エリゴール王女が戦闘中にゴブリンに攫われそうになったり、そのたびにクラウドが前かがみになったり、そのたびにミシェルちゃんがクラウドの尻をつねり上げたり……まあ、枚挙に
しかもあの王女、俺が気を抜いているタイミングを見計らったかのように、襲撃を受けるんだよな。これはもう、ある種の才能かもしれない。
「ニコルちゃん、ニコルちゃん、エリィちゃんがおトイレだって」
「み、ミシェルさん、できればもう少しオブラートに包んで……」
「えー、どうせ女の子しかいないから、別にいいじゃない」
「俺を計算に入れてくれよ!?」
クラウドのもっともな意見に、俺も頭痛を禁じ得ない。
このエロトラブル王女とミシェルちゃんは妙に相性がいいらしく、俺よりも一緒に出歩いているようだ。
そのたびに、エリゴール王女はミシェルちゃんの奔放さに振り回されている。
そしてエリゴール王女に俺が振り回されるという悪循環である。
「じゃあ、フィニア……いや、私が一緒に行くからクラウドを監視してて」
「見ねぇよ!」
「知ってる」
「からかいやがったな、チクショウ!」
意図せずハーレムなパーティになっているクラウドの立場は、実は低い。
俺も元男だからわかるのだが、数的に不利になると、男は女性のパワーに押されっぱなしになってしまう。
しかし、これほどいい反応を返してくれるのだから、ついからかう側に参戦してしまう。
クラウドの方も、俺たちが冗談交じりでからかっていると知っていて、わざと過剰な反応を返している節もある。
つまりそれだけ余裕が出てきたというところだろうか。
「ふん、クラウドのくせにナマイキな」
「そうですか? 親しみやすくて良い方ではありませんか」
がさがさと草むらをかき分けながら進む俺の独り言を聞きつけて、エリゴール王女が反論してくる。
この王女も、クラウドをかなり気に入っているようだ。その分ミシェルちゃんの機嫌が悪くなっていた。
その言葉には反応を返さず、適度な距離を取ったと判断すると草むらを踏み固め、用を足すスペースを作り上げた。
あとは周囲の草を鳴らして、音をごまかしてやるくらいだ。
「考えてみれば、俺も中身は……いや、いいか」
考えてみれば俺もクラウドと立場は似てるはずなのに、むしろ女性側の立場で考えるようになっている。
ということは、俺はひょっとして女性に思考まで染まってきているのか?
「どうかしまして?」
雑音を立てながらも、俺は周囲の警戒は怠っていない。この王女は、こういう場面で厄介ごとを引き寄せる性質を持っている。
案の定、俺の耳はカサリという草ずれの音を聞きつけ、カタナに手を伸ばした。
「敵です、用は済みました?」
「え、あ、はい! 出し終わりました。たっぷりと!」
「いや、そこまで言わなくてもいいです」
がさがさと後始末をする気配を背に、俺は夜の森の中に踏み込んでいく。
すでに俺のいた場所も森の中ではあるが、夜営していた場所は少し開けた場所だったので、あえてそう表現しておく。
そこには二体のケラトスがもしゃもしゃと草を
ケラトスは雑食なので、草も肉も食べる。草を食っているということは腹を空かせている可能性が高い。
もし発見されたら、容赦なく戦闘になるだろう。
「それにしても、警戒していたはずなのに、なぜここまで接近されているのか」
ケラトスに聞こえないように小さな声で愚痴る。どうやらエリゴール王女に振り回されている間に接近されたようだが、その程度のことで見逃すとは、正直自信が喪失しそうだ。
俺の気配感知能力は、高空を飛ぶヴァルチャーですら捉えられるというのに……
「ニコルさん、どうかしましたの?」
そこへ容赦のないエリゴール王女の声。いや敵襲を伝えていなかった俺のせいではあるが、これはヒドイ。
エリゴール王女の声に反応して、ケラトスは勢いよく首を跳ね上げた。
俺は即座に隠密のギフトを使用し、木陰に身を潜めた。しかしそれが逆に、エリゴール王女の存在を際立たせる結果となってしまう。
「クケェ!」
一声叫び、二体のケラトスがエリゴール王女の方に駆け出す。
それを見て、俺は姿を隠すことをやめた。この期に及んで隠れることは、それこそ無意味だ。
「ミシェルちゃん、フィニア! 敵、ケラトス二体!」
声の聞こえる距離にいるはずの仲間に声をかけ、俺は突進するケラトスの横合いから斬り付ける。
つまるところ、この王女はトラブル体質とドジっ子を併せ持ち、それでいて愛嬌があり、努力も怠らず、悪意がないという非常に厄介でいて嫌えない性格をしている。
こんなのが次期女王で本当に大丈夫なのか?
「こんちくしょう!」
「キュアアア!?」
唐突に横合いから繰り出された斬撃に、先行していたケラトスは驚愕の声を上げる。
後続のもう一体も足を止め、突然姿を現した俺に向け、警戒の体勢を取る。
しかしその時間こそ、俺が欲していたものだ。
「お肉うぅぅぅぅ!」
その一閃は俺の方に向いたケラトスの左目に突き刺さった。
悲鳴を上げ、首を振って逃げようとするケラトスの足元を、今度は俺が攻撃する。
踵部分を切りつけ、走るために重要な腱を切断した。
次の瞬間には、もう一頭の両眼を一息に矢が貫いている。ケラトス程度ではもはやミシェルちゃんの敵ではない。
視界と機動力を奪われた二頭は俺たちに抗することはできず、その息の根を止められるまで、さほどの時間を要さなかった。
その後、嬉々として解体を始めたミシェルちゃんを見て、俺は少し心配になってきた。
この厄介ごとを引き寄せる王女を連れて、本当に無事にストラールまで辿り着けるのだろうかと。
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