第550話 ニコルの反省

 心底不服そうなガドルスと三人組を説き伏せ、俺は彼らの装備を調整した。

 ガドルスには無駄な装飾を剥ぎ取る作業を任せ、まずは上半身裸という状況を何とかする。


「というわけで、まずは服を着ろ」

「えー」


 俺の指示に三人声を揃えて不満を呈す。とはいえこれはファッションで指示しているわけではない。森の中には蚊を始めとした害虫も多く、肌が剥き出しの状態では襲われ放題になってしまうのだ。

 エルフたちの伝統衣装も露出が多いようでいて、手足の先端部はしっかりと覆われている。

 俺やミシェルちゃんも、足元は膝上まである靴下を利用して防護しているくらいだ。

 上半身剥き出しの彼らに至っては、いうまでもないだろう。


 防御力の観点からも、革鎧というほどではないが、分厚い生地のシャツを着せる。これだけで一般的な虫やヒルの攻撃は防げるし、攻撃に対する防御にもなる。

 実際、布を固く張り合わせた防具というモノも、古来より存在していた。

 その上で彼らが飾りに使っていた鋲打ちベルトを巻いておけば、結構な防御になるだろう。


「次に剣だけど、とりあえずそれも見せて?」

「お、おう」


 差し出された三人の剣を手に取り、その整備の具合を確認する。

 俺もガドルスほど武器に精通しているわけではないが、モノの良し悪しを確認するくらいのことはできる。ましてや騎士志望だった過去から、剣についてはそれなりに勉強していた。

 その俺から見ても、彼らの持つ剣は分不相応なほどに出来が良かった。


「これ、君たちが選んだの?」

「いや、親父が旅に出る前に『餞別だ』っていってよ」

「うちもだ」

「ああ、俺も」

「ふーん、意外と愛されてたんだね。この剣も悪くないシロモノだよ」


 そもそも彼らのセンスからすると、剣ではなく斧を選びそうなものなので、ここはわずかに疑問に持っていた点だ。それも先ほどの答えで氷解した。

 どうやら彼らは心底甘やかされた結果、悪戯が行き過ぎて村にいられなくなってしまったというところか。

 剣は名剣というほどではないが、頑丈そうで、取り回しのバランスも悪くない良品だった。

 下手な人間が選ぶと切れ味だけを優先し脆い剣を選んだりするものだが、これは生き残るために最適な性能をしている。

 両親が、村の評判の悪さから家を出ざるを得なくなった彼らを心配して、できるだけ良い品を選んだのだろう。


「長さも長すぎもせず、短くもなく、取り回しやすい程度だし悪くないね」

「おう、腕の延長みたいに使えるんで、俺も気に入ってるんだ」

「それな。斧だけじゃなくて剣も悪くねぇって思ったぜ」

「俺は剣で身を立てる」


 俺から初めて肯定的な言葉が出たので、調子のいいことを口々にはやし立てる三人。


「調子に乗るな。そういうのはせめて、クラウドの防御を突破してから言いなさい」

「あんな達人に勝てとか、姐さんも人が悪い」

「誰が姐さんか」


 今だ馴れ馴れしく姐さん呼ばわりしてくる三人。長い物に巻かれる主義なのかもしれないが、俺は歳上に姐さん呼ばわりされるほど老けていない。それに、いつまでも準備に時間をかけ続けるのも不毛だ。俺たちも、馬の準備などが必要だった。

 森の中なので馬車は無理だが、クラウドの騎馬は乗り込むことができるだろう。それに今回は芋の収穫なので、輸送用に馬は一頭連れて行きたい。

 馬は荷物の輸送だけでなく、怪我人の搬送など、万が一の状況にも対応できる。

 それに森を甘く見ているこいつらが、森歩きでヘバることは想像にかたくなかった。


「それじゃ、今日はここまでにしよう。前日にしっかり身体を休めるのも、冒険のうちだからね」

「へい!」


 ともあれ、素直にこちらの言うことを聞くようになっただけ、この仕事もやりやすくなった。

 身体を休めないといけないのは俺たちも同じなので、この日は大人しく宿に戻って休息を取るようにした。

 さいわいガドルスの宿には大きな風呂もついているので、この日はくつろぐことにしよう。




「で……また、お前が手はずを整えてやったわけだ?」


 風呂に入り、夜になってガドルスに途中経過を報告していると、そんな苦情を申し立てられた。

 ミシェルちゃんは、風呂場で俺の胸を揉みに迫ってきたが、今回は仕事前ということで自重させ、早めに睡眠につかせていた。

 今、俺の隣にはフィニアが一緒に居るだけである。もちろん彼女にも自重してもらっている。

 食堂はすでに閉めているため、俺たち三人以外の人影はない。


「そう言われてみれば、そんな気はしないでもない」

「言葉を濁そうとしても無駄だ。まったくお前は、前世から全然進歩しておらんな」


 ガドルスの指摘通り、三人に指導していたのは、俺が大半である。

 今回の仕事はミシェルちゃんやフィニア、クラウドの成長を促し、後進を育成するという目的もあるため、俺があまりしゃしゃり出ることは良くない。

 それを知っていながらも、こうして口を出してしまったのだから、ガドルスが苦情を口にするのも、仕方のないことだろう。


「いや、その……つい、な?」

「ニコル様はお優しい方ですから、無理ないのですよ、ガドルス様」

「フィニアの言いたいこともわからんでもないが、これはレイドの成長のためでもある。少しばかりの苦言を呈させてもらおうか」

「それはわかりますが……」

「いいよ、フィニア。これはガドルスの言い分が正しい」


 後進の育成をさせて、自身をかえりみさせる。それが目的なのに、俺がそれを台無しにしている現状である。

 前世でも行った失敗を、懲りずに繰り返しているのだから、これは受け入れねばならない。

 今回、俺はあまり口を出してはいけない依頼である。


「ごめん。そういうわけだから、明日からは少し自重する。フィニアには悪いけど、そのつもりでいて」

「わかりました。ミシェルちゃんやクラウド君にも伝えておきますか?」

「そうだね。こっちに頼っていて、言葉足らずになるのも怖いから、そんな感じの注意だけはしておいて」

「はい。でも私が先生とか、ドキドキしますね」

「昔、マリアが俺たちに教えてみたような感じでやればいい……と思う。多分?」

「疑問形にしないでください。不安になりますから!」


 俺のアドバイスに拳を握って抗議してくるフィニア。

 そんな狼狽する仕草も、最近は親しさを感じることができる。昔なら狼狽うろたえた後、反論せずにそっと距離を取る感じだったはずだ。

 俺の正体を知ったあとから、余計に距離が縮まった気がする。

 そんなことを考えながら、俺も早く寝るべく自室に戻ったのだった。

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