第549話 出発準備

 三人組は続いてクラウドとも対戦したが、やはり勝利を収めることはできなかった。

 背が高く、大盾を持っただクラウドの防御は堅牢で、すべての攻撃をその盾に防がれ完封されてしまったのだ。

 もっともクラウドはタンク役というにはややひょろ長い体型だったため、甘く見られていた点があっただけなので、すぐに彼らの尊敬を受けるようになったようだ。


 彼らに甘く見られた残る一人である俺は、今回の対決には参加しなかった。

 これは連戦で三人組が疲労していたため、俺の実力は実戦で見せるという流れになったからだ。

 そもそも俺の力は、こういう人の目が多い場所で鼻高々に披露できるものではない。

 不意を突き、実力を発揮させず、場合によっては存在すら知らせることなく、敵を仕留めることこそ、俺の本領である。

 そんなわけで、翌日の採取に必要な用意の本題に移ったところ――案の定、碌な準備をしていないことが判明した。


「まず、スコップは?」

「なんで、そんなモンがいるんだよ?」 

「今回の採取目標は、リガス芋だよ? 芋なんだから土の中にあるに決まってるじゃない」

「おお、なるほど!」


 今の俺の気分はまさに、『ダメだこいつ、早く何とかしないと』である。

 目標の繁殖地は街から、およそ二日離れた場所にある森の中。森の中である以上、何が起きるかわかったものではない。

 せめて保存の利く食料を倍近い一週間分は用意して欲しかった。街道沿いをいくほど安全な場所ではないのだから。


「それに、芋を採取しに行くんだから、入れる袋は用意してる?」

「あ、それもいるのか」

「この方たち、大丈夫ですか?」


 あまりの無防備ぶりに、やや箱入り育ちであるフィニアまでも心配の声を漏らす。

 俺はその問いに、無言で首を振っておいた。大丈夫な連中だったら、ギルドからこんな依頼が来るはずがない。この状況も、既定路線だ。


「森の中は危ないよ。もし沢に滑落して足を怪我したりしたら、そこで何日も耐えなきゃいけないこともある。だから常に余分な食料は持ち歩くように」

「なるほどなぁ。姐さんがリーダーなのも納得だぜ」

「おう、用意周到たぁ、このことだな」


 連中の年齢はそろって十七歳であり、クラウドと同年齢だった。二つ年上の彼らから姐さんなんて呼ばれる筋合いはないのだが、ここは些細なことなので流しておく。

 実力を見せていない今の状況で、こうしてとりあえずでも敬意を払ってくれる分、マシになったと考えよう。


「他にも藪漕ぎとかしないといけないかもしれないから、斧か鉈が欲しい。それと、どこに行くにもナイフ一本は持っておくと便利」

「ふむふむ、勉強になるぜ。さすが第四階位の冒険者だ」

「そんな『さすが』は欲しくなかった……」


 こんなことは駆け出しの冒険者でも知っていることである。

 舐められないようにと気合を斜め上にカッ飛ばした格好が、彼らから助言者すらも遠ざけていたのだろう。

 一事が万事こんな様子の彼らを連れ、俺たちは馴染みの雑貨屋に足を踏み入れた。

 カラカラとドアベルが響き、奥にいる店主のおばさんを呼び出してくれる。

 俺は店主の登場を待たず、店の奥に声をかけた。


「おばさん、彼らに保存用の食料を一週間分ください」

「はぁい。って彼らってことは、ついにニコルちゃんにもいい人が――ぴゃ!?」


 店の奥から出てくるなり、どこかで見たような反応をするおばさん。

 そりゃ、店内に棘付き肩パッドのモヒカンや、スキンヘッドや、入れ墨がいれば、こういう反応もやむなしだ。

 おばさんは俺の耳に口元を寄せ、本人は声を潜めているつもりで警告を飛ばしてきた。



「ニコルちゃん、さすがにこの人たちはどうかと思うよ? なんだったらおばさんがもっといい人を紹介してあげるから」

「いや、そんなつもりは全然ないから。コレは依頼で教育する、いわば生徒だから」

「生徒っていうか、狂信者って風情だけどねぇ」

「聞こえてんぞ、ババァ」

「こら、おばさんになんて口利くの」


 乱暴な口をきいたセバスチャンの頭を、ミシェルちゃんが後ろから弓で叩く。

 これから先、雑貨屋は常に利用せねばならないお得意様である。

 そんな相手と良好な関係も築いておくのも、冒険者としての心得の一つだ。

 ミシェルちゃんに叩かれた頭は、音からするとそれほど痛くなかっただろうが、見た目ロリ巨乳の少女に魔王軍の幹部とも取れる格好のゴロツキが、懇々と説教される姿は実に滑稽だった。

 ともあれ、おばさんの誤解を解いて食料を入手し、袋やスコップなども購入する。


 続いて武器防具についても新調しておく必要があるだろう。

 長剣ロングソードは別にいいのだが、そろいの棘付き肩パッドはよろしくない。

 俺がそれを指摘すると、彼らは猛然と反発してきた。

 どうやら彼らの中では、かなりイカした恰好らしい。


「いい? 冒険に出れば何が起きるかわからないんだよ。もしかしたら倒れた仲間を担いで逃げる事態に陥るかもしれない。そんな時に肩がそれで仲間を担げると思う?」

「ウッ」


 棘付きの肩パッドでは、仲間を担いだ瞬間にその腹を突き刺すことになる。

 ようやくそれに気付いたのか、ばつが悪そうに互いの顔を見る三人組。


「それに森の中はいろんなモノが絡みついてくる。その肩のは、ちょうどいい取っ掛かりになるだろうね」

「くっ、カッコいいと思ったのに」

「その感性はどうかと思うぜ……」


 フランシスの心底残念そうな言葉に、クラウドも反論していた。どうやら彼らは想像以上に問題児だったようである。

 なんにせよ、この肩だけは新調させねばならない。もしくは改造して棘だけは取る必要がある。

 しかし彼らは、ぎりぎりの予算で今回の教育を依頼している。装備の新調は難しいだろう。

 そこで俺はガドルスの元へ連れていき、装備を改造してもらうことにした。

 しかし奴は、三人の顔を見て一言で切って捨てる。


「断固として断る」

「それ、わたしの決め台詞……じゃなくて! なんで?」

「ドワーフとしてもその装備の美意識は許せんものがある」

「だから改造してくれって話なんだけど」

「触れたくもない」

「……気持ちはわからんでもない」


 だからといって、放置はできない。

 俺はガドルスの機嫌をなだめすかして、どうにか肩パッドの刺抜き作業に取り掛からせたのだった。

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