第551話 新米冒険者の問題
昔からよく言われたことだった。
仕事仲間からも、ライエルたちからも、常に『お前って妙なところで詰めが甘いよな』と。
こと戦闘に関しては、きっちりと敵を詰め切ることができる。なのにそれ以外のところでは微妙に隙がある。
大抵のトラブルは力ずくで乗り越えてきたのだが、その自身の甘さを今、つくづくと思い知らされている。
「ヒーハァ! 敵だぁ!」
「殺せ、殺せぇ!」
「貴様が肉になるんだよぉ!」
目の前に飛び出してきた角ウサギを目にした瞬間、この有り様である。
セバスチャンを筆頭に剣を引き抜くや否や、飛び掛かっていった。
そもそも角ウサギはこちらに気付いてすらいなかった。だからこそ俺は無視していたのだが、角ウサギはうっかり目の前に飛び出してきた。
俺たちに驚き、動きを止めた角ウサギに、これまた驚愕したセバスチャンたちが無謀な突撃を敢行していく。
角ウサギといっても、その角はそれほど大きなものでもなく、子供が怪我をする程度の脅威しかない。
正直、逃げるならそれでよし。逃げないならば鎧袖一触に討伐できる相手だ。
だというのに、この有り様。正気を失って襲い掛かるなど……しかも俺の指示を待たずに。
「ピギィィィ!?」
「待てゴルルルアアアアァァァァァァァァ!!」
角ウサギは悲鳴(?)を上げて、森の中に逃げ込んでいく。
セバスチャンたちはまるで血に飢えた獣のように、その後を追っていった。
「ちょ、待って。ああ、もう! クラウド?」
「はいはい、連れ戻せばいいんだろ」
「ごめんね。一応監督役だし」
こちらの意を汲んで、即座に三人の後を追っていく。この辺りの打てば響くような意思疎通は心地よい。
俺の教育の成果というより、クラウドの空気を読む能力の高さというべきか。
とにかく、連中を見ていると俺がどれだけ弟子に恵まれていたのかを思い知る。
ミシェルちゃんやクラウド、レティーナたちは、それぞれ性格は違うが、こちらの言葉に真摯に受け取ってくれていた。
だがセバスチャンたち三人ときたら、とにかく血気盛んでこちらの言うことを聞かない。
いや、叱った時は素直に聞き入れるのだが、事が起きるとすっぱりとそれを忘れ去ってしまう。
おかげで森に入ってこれが二度目の暴走だ。さすがに口で言うだけで済ますのも、許されない。
それから十分ほどして、クラウドに連れられて三人が戻ってきた。
「このバカどもがぁ!」
クラウドが連れ戻すまでの間に作った、木の枝を組み合わせて作った棒きれで頭を叩いた。
二本の枝の間にクッションとして綿を挟み、衝撃を吸収するようにしてあるので、痛みはあるが怪我をするようなことはないはずだ。
「いぃってぇ!?」
「なにすんだよぉ!」
「俺たちぁ、ウサギ野郎を退治しようと――」
「それが余計なことだって。相手に敵意はなかったんだし、見逃しても害のない動物だろ」
叩かれた頭を押さえて不平を漏らす三人に、俺に代わって説教をするクラウド。
これには、さすがにミシェルちゃんも渋い顔をしていた。
温厚な彼女にこんな顔をさせるのだから、別の意味でこの三人は大物だ。
「まぁったく。無駄な戦闘なんてする暇ないでしょぉ」
「害のない相手ですし、見逃してもよかったのでは?」
「フィニアさん、こういう相手にはしっかり言い聞かせないとダメだって」
「あ、はい」
ミシェルちゃんは三人にきちんと指導しているが、フィニアはまだ遠慮が残っているようだ。
そんなフィニアをクラウドが説教するという、謎のお説教ループが発生していた。
なんというか、非常におかしな状況である。
「わたしたちの目的は採取なんだから、襲ってこない相手まで戦う必要はないの」
「でもよ、害獣なんだから討伐しておいた方がいいんじゃねぇの?」
「角ウサギなんて、ちょっと厚めの服着ておけば怪我すらしない相手だよ。旅人だって脅威に思ってないよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。それより森の中に駆け込んでいったのは不味い。角ウサギよりヤバい相手がいるかもしれないんだからな」
「例えば……?」
「ラウムのそばでケラトスとか見かけたよ。あとモウルとか」
「ケラトスって、バカでかいトカゲじゃねぇか!」
ケラトスは食用にも適した敵だが、その脅威度は意外と高い。それだけにセバスチャンたちも名前くらいは知っていたようだ。
まさか自分たちがそんな状況に陥るとは考えていなかったらしく、おろおろと狼狽しだす三人。
そんな彼らに、さらに追撃をするクラウド。
「俺なんて、ちょっと脇道に入ったら奴隷商とかいて、護衛の剣士に腕を斬り飛ばされた経験があるんだぜ」
「腕って、マジかよ!?」
「さいわい、ニコルの縁でマリア様に治癒してもらったから、元に戻ったけどな」
「ちなみにどっちの腕だ?」
「右腕」
そういってクラウドは右手で剣をクルリと回す。
剣術としてはそれほど優れているわけではないが、長年使ってきた剣は、彼の手の延長とも言えるほどに馴染んでいた。そこにぎこちなさは欠片もない。
三人はそんなクラウドの腕を、物珍し気に眺めていた。
「そんなわけで、見通しの悪い場所に足を踏み入れると、何と出会うかわかったもんじゃない。だから、より慎重に行動しなくちゃいけないぞ」
「お、おう……?」
今回の依頼、俺ではなくミシェルちゃんたちの指導力を強化する目的なので、俺はできるだけ口を出さないようにしている。
それを理解しているミシェルちゃんとクラウドは、積極的に三人に指導を行っていた。
対してフィニアは、生来の内気さが邪魔しているのか、やや腰が引けた感じに接している。
「うーん、フィニアはもっと強く出ていいんだよ」
「それは……その、わかるんですけど、どうしても顔が、その……」
「顔かよ。まあ確かに怖いけど」
モヒカンはさすがに威圧的に過ぎるので、全員スキンヘッドにさせていた。
あの頭では、依頼人だってドン引きしてしまう。
それと顔に会った謎の入れ墨は実はただのペイントだったので、それも落とさせておいた。
結果として、毛髪も眉毛もないスキンヘッド集団が出来上がったわけだが、それでも以前よりはマシだろう。
しかしマシになったとはいえ、自由過ぎる彼らの指導は、フィニアには難しいかもしれない。
まあ、その辺を含めて彼女にも成長してもらいたいところである。
三十分ほど、ミシェルちゃんたちの説教は続いた。
もっともあまり長く説教していると、行程に遅れが出てしまうので、そこは適当なところで切り上げてもらう。
そうして日が傾きだした頃、彼らを連れた夜営の準備が始まった。
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